「君の往来の業績には相応しくない、ただ1人、
ゲータの勇士達の中で、悲しみを耐え忍ぶのは、
戦って倒れるのは。」――ウィーラーフ
「ベーオウルフ」でひとつ解せないのは、主人公が常に一人で敵に立ち向かうことである。
RPGなら苦難を耐え忍ぶのに仲間はお約束だろう? と思うのに、目立つ仲間はおろか、家族すらほとんど登場しない。
なぜ、彼はひとりだけで戦わねばならないのか。
なぜ味方や親しい者がほとんど登場しないのか?
最後の戦い、火竜退治に一人で赴いたことは、多くの本で言及されているが、実は、それ以外のシーンでも、彼は常に単体で戦っている。
グレンデルとの戦いでは、部下が右往左往しているところ、たった一人で怪物を組み伏せる。
その母である水魔との戦いでは、ただ一人水の中に飛び込む。
そして、竜との戦いの時は、老いたる身でありながら、単独、竜に挑むのである。
それぞれの場面において、部下がいなかったわけではない。
グレンデル討伐時は、15人の部下と一緒だったと書かれており、他にもロースガールの部下たちがいたはずだが、彼らの活躍の場はほとんど無い。
ずば抜けてベーオウルフが強かったから、というのもあるだろうし、あるいはベーオウルフ自身が一対一の決闘を望み、部下たちをとおざけた可能性もあるが(何しろ、武器を捨てて素手で怪物に挑むような御方だ)、それにしても、折角の部下が頭数出されただけで細かい描写は全く無し、というのも寂しい。名前が出てくるのは、ロースガールの家臣だけだ…。
水魔との戦いの時は、もっと酷い。
部下たちは、ロースガールおよびその家臣たちとともに岸辺で見守っているだけ。戦いの場にすら同席しない。水面が赤く染まり、ベーオウルフが死んだかもしれない、という時になっても、まだ見ているだけなのだ。
これも、甲冑来たまま水に飛び込めるような人間ばなれした人間がベーオウルフしかいなかったから、という理由もあるだろうが、せめて一人くらい同行を申し出ても…と、いうか、自分とこの大将がたった一人で行こうとしてるのを、止めるくらいしたっていいだろう…。
さらに火竜との戦いの時は、ついてくるだけついてきたもんの、部下たちは遠巻きにしているだけ。ウィーラーフ(ウィーグラフ)に「これじゃダメだ、オレたちも戦おう」と、言われても動かない、
何て薄情な家臣たちなんだ!!
確かにベーオウルフは類稀なる強力の持ち主、30人ぶんの力を備えていると記述があり、部下が10人少々いたからといって、大して役に立つかどうかは分からない。しかし、王は今や年老いて、それほどの力は無かったかもしれない。
しかし、だからって見てるだけでいいわけがない。
戦場に散ることは最大の名誉のはずの戦士が、「あいつはスゴイから任せちゃおう」「怖いからイヤだ」ってか。
ベーオウルフには、そんなに人望が無かったのだろうか。それとも、部下たちの気に入らないところがあったというのか?
彼は良き王として王位にあったはずであり、よい政治をし、何度も国の危機を救っている。もし、部下たちが真に勇敢でありさえすれば、どの戦いも、かくも孤独なものとなる理由は無かったはず。
ならば私は言おう。ベーオウルフに否があったわけではない。彼の人徳なさが、孤独な戦いの原因では無いのだと。
そう―――
ベーオウルフの最大の悲劇は、部下に恵まれなかったことだ。
365歩ほど譲って、ベーオウルフが、猪突猛進型の「止めるヒマもなく突っ込んでしまう人」だったとしよう。
それでも、目の前で主君に突っ込まれたら、フツー後に部下も続かないか?
いや続くだろう。なぜ続かないのだ。
あまり血の気の多い若者ばかりだと国が滅びてしまう気もしないが、あまりに戦わなさすぎだ、ベーオウルフの部下のみなさん…。
せめて家族だけでも出てくれば、ベーオウルフ孤独じゃなかったんだ! と、安心できるところ。
家族といったら、養母のヒュグド、亡き祖父、一族最後のひとりウィーラーフ…。
ギルガメッシュ・サガよろしく、同じくらいの力を持つ親友がいれば! とか思うところ、親友ブレカは前半にちょろっと回想されるだけ。
グレンデルは、罪を犯したゆえに「人と交わる喜びを絶ち、孤独のうちに生きねばならなかった」。
だが、ベーオウルフに、孤独の辛酸を舐める理由が何処にあったというのか?