海に行く訳 

      

 
ウェットスーツを作って初めて行った3月の海は新鮮だった。海とは無縁だった筈の自分が、季節はずれの海に浸かっていると云うことが面白い。ウェットスーツを着て冷たい海中を見ると云うのも、それまでの30年ちょっとの中には無かった世界。異次元空間。これは楽しいなぁ、と思った。この時、未知の扉がひとつ、開いたのだと思う。

 扉が開けば、その先を見たくなる。で、どんどん海に行くようになった。 しかし、そんなにすぐ深く長く潜れるようになる訳はないし、魚だって獲れはしない。モリを持つとあんなに魚が逃げるとは・・・。

 ところが、すぐに次の扉が開いた。

 ウェットスーツを作ってから、ほんの3ヶ月後。まだ5 〜 6m潜るのがやっと。獲物としてはカワハギとかブダイくらいしか獲れなかった頃。ほんの2 〜 3m位の所で巨大なヒラメを発見したのだ。

 今なら、ヒラメは見つけたら勝ち。慌てず確実に仕留める。しかし、当時はヒラメの習性を知らない。いつ逃げるか判らない。あんなに警戒心のないヤツだとは知らなかった。

 まず、その場をそ 〜 っと後ずさり。体勢を立て直し、出来るだけ遠くから、そ 〜 っと潜る。幸い、ヒラメのすぐ近くに大きな岩があった。そこに身を隠し、そ 〜 っと見る。いる! 

 この時のドキドキは凄かった。それまでの人生で最大のドキドキだった。 逃がしてなるものか! と、えいやっ! ・・・しかし、大ハズレ! わぁ、やっちゃった! 逃げられる・・・、あれ? 逃げない。

 ドキドキ、もう一度体勢を立て直し、ドキドキ、もう一度、えいやっ!大当たりぃ 〜 ! その暴れること! こっちも必死だ!・・・

 その晩は当時の定宿でヒラメ三昧! 同宿の客達から賞賛の言葉を浴びて、有頂天! 去年までライフベストが欠かせなかった男がこれだ。

 人生、変わろうってもの。

 この先にはまだもっと何かありそうだ。もっと扉を開けてみよう。

 そう思った。 

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