英国情報-名所旧跡関係

大英博物館

British Museum


British Museum
 ここにきてようやくロンドン観光の目玉の一つであり、映画「ハムナプトラ2」では宿敵イムホテップが蘇った場所としても知られる「大英博物館」を取り上げてみることにする。ここぐらい有名な観光地になると、一般的な情報はいっくらでも手に入ると思うので、本稿では私の勝手な感想を中心に述べてみる。

 先ず名前だが、英語名は"British Museum"なので、単に「英国博物館」でもいい筈なのだが、御丁寧に「大英」になっていますね。単に昔の名残というだけだろうが、あまり指摘されたことがないと思うので、ここでは指摘しておく(と言うか指摘するにとどめる)。

 次にお値段。大英博物館を訪れた人は多いと思うので御存知だとは思うが、これだけの博物館でありながら入場料が無料なのである。全く有り難い話だ。私などは無料なのをいいことに、今日はエジプトの日とか、今日はギリシアの日とか決めて、何回かに分けて見物した。そもそも、それぐらいしないとじっくり見られない。広すぎる。

 しかし、よくよく看板を見てみると、無料だが最低£2は寄付しろという看板があっちこっちに有る(画像左)。そして館内に日本語の説明などないくせに、こういう金に絡むところにはちゃーんと日本語で「どの国の通貨でも結構です」と書いてくれている(画像中)。実際、日本の紙幣か放り込まれているのを確認した(画像右)。尚、随時企画展をやっており、そっちは有料である。

 さて、一応展示されている品を少し見ておくと、やっぱり大英博物館と言えば「ロゼッタ石」でしょう。ロゼッタ石は、古代エジプトの象形文字の解読される切っ掛けとなった、それはもう貴重な石なのです。売店に行っても、ロゼッタ石マウスパッドとか、ロゼッタ石文鎮とか、色々グッズが取り揃えられていることからも、その人気が窺い知れる。ところが、私が最初にここを訪れた1996年、ロゼッタ石は画像の如く展示されていたのである。

 流石にこれを見て、最初は複製品なんだろうと思った。だって画像にも少し写っているが、社会見学に来ている子供達がぺたぺた触ったりしているからである。あの貴重なロゼッタ石がこんな剥き出しで展示されている訳がない、という常識があの当時の大英博物館では通用しなかったのだ。だってこれが本物だったのであるから。

 しかし、再度訪問した4年後の2000年には、ちゃんとガラスケースに入れられていた。大英博物館もそこまで阿呆ではなかったようだ。左の画像はガラスに反射して多少見辛いが、同じくロゼッタ石である。(どうでもいいが、誰にも読めない古代文字を解読したという人は、自分の解読が正しいということをどうやって証明したのかがよく分からない。)

 そしてこのロゼッタ石を含むエジプトコーナーが館内でも人気の高いコーナーとなっているようだ。お土産の品々も大体がエジプト絡みである。が、それは入って一番最初に有るからという立地も多分に関係していると私は睨んでいる。奥の方に行く頃には疲れ果てていて、ろくろく展示なんか見ちゃいられないからである。

 それでもやっぱり凄いのは事実で、例えばこの有名なラムセス2世の頭部。こんなものを作らせたエジプトのファラオの力はめちゃめちゃ強かったということがよく分かる。そして更にこの場合には、こんなどでかい石像をエジプトから英国まで運んできた、ということについても想起すべきである。普通なら、エジプトに博物館を作るよねえ。よっぽどエジプトを信用していないか、自分ところに置いておきたかったのか、とにかく、丸太で転がしてえんやこらとロンドンまで運んだのだから御苦労様なことである。

 そもそも大英博物館には英国のものなんて殆ど無くて、残りは世界各国から簒奪してきたものばかりである。泥棒がその盗品を展示しているようなものだ。当然、各国からは返せという声が常々上がっており、何度か外交案件にもなっている。そりゃあそうだろ。まあ一方では、世界中の珍品をいっぺんに見られて便利だとは思うが、やっぱり現地で見るべきと言えなくもない。

 一方、英国に言わせれば、英国が発掘してきちんと保管してあげているからこそ多くの人々が鑑賞したり研究できたりしているのだ、と全く悪びれている様子はない。まるで「人類代表」気取りである。確かに、現地ではその価値を認識されずに放置されていたりしたものもあるらしいから、大英博物館が一定の役割を果たしていることは事実である。しかし、きちんと保管と言いながら、実は1930年代に大英博物館のいい加減な清掃作業により、エルギン・マーブルが傷付けられ、それが隠蔽されていたことが3年ほど前に分かった。大英博物館側もこの「スキャンダル」を認めている。

 「エルギン・マーブル」とは、エルギン卿(Lord Elgin)がギリシアのパルテノン神殿から英国に運んだ大理石の彫像等のことである(因みに、本国ギリシアでは「パルテノン・マーブル」と呼ばれている)。 18世紀末、ギリシアはオスマン・トルコの支配下にあった。トルコはイスラムなので、異教徒の大理石の彫像等にはあんまり興味は無かったらしく、ギリシア駐在の英国の外交官だったエルギン卿は何のかんのと理屈を付けてそれらを英国に持ち込むことができた訳だ。そしてそれらは大英博物館の為ではなく、単にエルギンの私物として英国に持って来られたというのだ。流石にそれには英国内でも批判が高く(その急先鋒は詩人のバイロン)、しょうがないのでエルギンから大英博物館に譲渡されたという経緯がある。

 そういう訳で、この手の返還論争は今後も止め処もなく続くんでしょうなあ。ギリシアに残っている他の彫刻群の保管状態はあまり良くないみたいだから、「スキャンダル」があったとはいえ、約200年間保存して研究してきた大英博物館の労力は多としたい気はするが、まあ一概にどっちが良いとは言いにくい。

 その他の見所としては、アッシリアの浮き彫りやミイラなんかでしょうか。東洋コーナーはやはり手薄の感がある。尚、中央の中庭には2000年の秋に大英図書館の閲覧室が再オープンしたらしいが、出来てから行ったことがないのでよく分からない。しかも本館機能は別の場所に移っていることだし、大英図書館については、改めて別の機会に書きます。

場所 The British Museum,Great Russell Street,London WC1B 3DG
Holborn, Tottenham Court Road, Russell Square, Goodge Street
電話 020 7323 8181


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