英国情報−生活全般関係

英国の総選挙結果


6月7日(木)に行われた総選挙の結果は、事前に予想された通り、やっぱり労働党の地滑り的勝利(land sliding victory)となりましたね。先ず考えられるのが、ブレア首相の取ってきた「第三の道」と言われる路線が支持されたということかな。保守でも革新でもないという「第三の道」は、社会学者のアンソニー・ギデンズ(LSEの学長)の著書によっても広く喧伝されているところ。階級差も小さくなり(厳然と存在はするが)、以前の様に単純に知識階級は保守党だとか、肉体労働者は労働党だとか単純に割り切れなくなってきているということの一つの現れとも言える。

では、詳細な分析は政治学専門のサイトにお任せするとして、大雑把に選挙結果を見てみよう。労働党の主張(manifesto)では、市場経済重視とか福祉偏重からの脱却、地方分権の推進等の成果も強調していたが、やはり選挙の大きな争点の一つは欧州政策だった。あ因みに、英国で欧州(Europe)と言ったときには英国を除いた欧州大陸を差す場合があるので注意。「栄光有る孤立」をしていた国らしい。それはともかく、EUとどう向き合うのか、更にはユーロに参加するのかどうかという点が論点。ブレア首相は一応ユーロ積極派であるが、参加するかは国民投票を実施して決めるとしている。で労働党が口当たりのいい政策ばっかり並べるもんだから、困ったのが保守党とウィリアム・ヘイグ党首。ヘイグ党首はまだ30代でブレアよりも若いのだが、いかんせん容貌がいまいちであるせいか、人気がぱっとしない。そのヘイグ党首、「ポンドを守れ」という一大キャンペーンを従前から張っているものの、労働党は国民投票で決めるとしており、真っ向からの対決に持ち込めないで藻掻くしかなかった。以前の保守派が攻撃していた、大きな政府や福祉依存から脱却されちゃった訳ですからね。それで違いを明らかにするため分かり易い保守的な政策を掲げざるを得ず、それが国民にはあまり受け入れるところとならず、議席拡大にはつながらなかったというところかな。

『エコノミスト』の記事では、投票率(turnout)は、1918年以来最低の60%という数字となっており、労働党に投票した人より棄権した人の方が多いという事実は、労働党の勝利に影を投げかけるものだと言っている。実は、労働党が大勝利、大勝利とか言っているが、前回よりも議席を5つ減らしており、一方で惨敗、惨敗と言われている保守党は1議席増やしている。まあ労働党が前回勝ち過ぎたのと保守党が負け過ぎたのと両方ある。LSEのパトリック・ダンリービー教授によれば、前回の労働党の勝因は、第三の道によって労働党が保守党に似てきて、且つ保守党ではなかったという、かなり逆説的な理由で説明されている。その点では「無党派層」なる人々が増殖している我が国と同じような現象なのかも知れない。保守党の長期政権に飽き飽きした国民が、政権を任せても大丈夫そうな、左派を切り捨てた新しい労働党(New Labour)に票を投じた結果が、前回の大勝利・政権交代と言っても過言じゃあないでしょう。余談だが、左派切り捨ての象徴として語られるのが党綱領第4条の改正。昔の第4条は生産手段の国有化を規定していたので、かなり時代がかった代物だったが、これは綱領の核心部分として党員証の裏にも印刷されていた。それが改正されて、「多数者に権力と富の機会を与える」という趣旨のものとなった。労働党はこの新条文がお気に入りらしく、Tシャツにもなっていて通販で買える。

という訳で今回は、純粋にブレア労働党政権の4年間の実績が問われた訳だけども、好景気を背景に財政黒字を達成しているし、保守党が掲げる国家を全面に出した政策よりも、医療・教育・交通の質の向上といった身近で堅実な公約で勝負した労働党が支持されたというのも時代の趨勢か。特に保守党政権で蔑ろにされてきた教育問題を労働党が重視してきた姿勢は評価されて良い。

それでは実際の選挙結果を多少分析してみよう。

下院の定数は659。単純小選挙区制なので、659の選挙区から最多得票の候補が各1名当選してくることによって決まる。全体の結果は次の通り。

獲得議席議席増減得票率
労働党413-640.7
保守党 166+131.7
自由民主党52+618.3
スコットランド民族党5-11.8
UK独立党001.5
アルスター統一党6-4 0.8
ウェールズ民族党40 0.7
DUP5+30.7
シン・フェイン党4+20.7
SDLP300.6
その他10

労働党が大勝利とか言っても、実は議席は減らしてやんの、と言いたいところだが、ま前回が勝ちすぎということでしょう。定数659の413議席は勝利には違いない。逆に保守党もボロ負けしたとは言っても議席は増やしているけど、それでも166議席は少なすぎる。その間をついて自由民主党が6議席を増やした。ケネディ党首も勝利宣言みたいなものをしていたし、躍進と言っていいだろう。議会でもそれなりのプレゼンスは保てるだろうが、かと言って自民党がすぐ保守党に取って代わるかというと、それはまだ有り得ないように思う。自民党には反保守党票を労働党に行かせないようにするだけの力はまだ無い。選挙制度の所で書いたように、争点投票や戦術投票による恩恵を最も受けているのが自由民主党ではあるが、地に足の着いた支持に辿り着くには、もう一山越えたいところ。

ついでに言うと、英国は「二大政党制」なのかということもよく議論になる。因みに、労働党の413/659=62.7%という議席占有率は、かつて日本で中曾根自民党が304議席を取って大勝ちしたときの占有率59.4%を上回る数字である。が私としては、以前ほどではないにしても、二大政党制ではなくなったとまでは言えない段階、というまあ曖昧な表現だが、正直こんなところ。昔はこの2党で90%近くの得票率(議席数ではない)を誇っていたが、近年では各党員数も漸減しているし、有権者の階級から即支持政党が決まるという時代でもなくなっており、二者択一的な雰囲気でもなくなってきているのは事実。

さて、得票率を見てお気づきの通り、労働党が40.7%で413議席、一方の保守党は31.7%を獲得していながら議席数は166議席にとどまっている。こういう結果になったのも小選挙区制ならではと言える。選挙制度のところで述べたとおり、小選挙区制度の弊害としては死票が多いことが真っ先に挙げられ、その一つの現れとしてのキューブ・ルールがある。これはすなわち、甲乙2つの政党があった場合に、(甲の得票数/乙の得票数)の3乗が(甲の議席数/乙の議席数)に等しくなるというもので、分かり易く言えば、得票数の差よりも議席数の差ががんがん開いてしまうというもの。これを今回の選挙結果で見てみると、得票率では、40.7/31.7=1.28 これを3乗すると、2.12。一方、議席数では、413/166=2.49、ということで、キューブ・ルールより更に差が開いているというかなり極端な結果となっていることが分かる。こうした弊害を少しでも和らげるため比例代表的要素を絡ませようと各国が苦労しているところである。

さて本題からはずれるけど、例えば、日本の衆議院で採用されている小選挙区選挙ではどうだろうか。平成12年6月25日の総選挙の数字で同じように計算してみよう。小選挙区だけでは、自民党177議席(40.97%)、民主党80議席(27.61%)。得票率の3乗は3.27、議席数の比は2.21となり、英国ほど極端な開きは出ていないのは興味深い。更に比例代表制が並立して採用されているので、得票率比と議席数比は更に近くなるわけである。併用すればもっと近くなるので、中小政党は併用性の採用を主張していたのは記憶に…もう古いか。

では、英国の地域別の選挙結果を概観してみたい。なかなか興味深い結果となっている。

EnglandScotlandWalesNorthern
Ireland
合計
労働党   3235634 0413
保守党 165 1 0 0166
自由民主党 4010 2 0 52
スコットランド民族党 0 5 0 0 5
UK独立党 0 0 0 0 0
アルスター統一党 0 0 0 6 6
ウェールズ民族党 0 0 4 0 4
DUP 0 0 0 5 5
シン・フェイン党 0 0 0 4 4
SDLP 0 0 0 3 3
その他 1 0 0 0 1
合計  529724018659

先ず労働党がブリテン島の全土でそこそこ当選しているのに比べて、保守党のイングランド以外での弱さが目立っており、一部では「既に保守党はイングランドの地方政党」とする見解が有力になりつつある。ウェールズと北アイルランドでは前回同様無惨にも全滅である。スコットランドでも前回は全滅だったが、今回は何とか1議席を獲得した(Galloway & Upper Nithsdale選挙区)。スコットランドで保守党が全く人気が無いのは、サッチャー政権時代にあの「人頭税(poll tax)」を他地域に先駆けて1年早く導入したからという説が有る。やっぱり税金の恨みは恐ろしい。

イングランド以外では、それぞれ地域の民族主義的な政党が頑張っている。やはり昔は違う国だっただけあって、選挙の土壌が随分と違うようだ。日本ではちょっと前に沖縄社会大衆党という党が国会に議席を持っていたことがあったけど、今ではその議員も他の政党に移籍しており、見る影も無し。

スコットランド民族党は、あのショーン・コネリーが熱心に応援していることで有名で、連合王国からのスコットランドの独立を掲げている。ちょっと前は世論調査でもなかなかに健闘していたが、地方分権が進んで議会が出来たりして、「独立までしなくても分権でいいんじゃないかな」という層を作られてしまい、かつて程の勢いは無い。ウェールズ民族党(ウェールズ語では"Plaid Cymru"、プライド・カムリと読む。最初読めなくて苦労した)も同様にウェールズの独立を求めている。北アイルランドに至っては、主要3政党(労働・保守・自民)は揃ってゼロ行進で、アルスター統一党等のアイルランド関係の政党のみ議席を獲得しているという徹底ぷりである。余談ではあるが、IRAの政治組織であるシン・フェイン党(ゲール語で「我らのみ」の意)のアダムス党首らは、エリザベス女王への臣服の誓いを拒否しているため、97年以来、当選はしたものの下院への出席が認められていない。日本でも、毎度どこかの政党の議員の皆様が天皇陛下をお迎えしての国会の開会式を欠席しているが、別段そいつらを登院停止にするという話はない。このへん寛容だ。

保守党は、今回のボロ負けを受け、ヘイグ党首が辞任を表明し、党首レースが始まっている。当初は「保守党のプリンス」と言われるマイケル・ボーティロ影の財務大臣が有力だった。彼は前回の総選挙で落選したものの、1999年にケンジントン&チェルシーという保守党の楽勝選挙区の補欠選挙で返り咲きを果たしている。選挙中には自ら学生時代に同性愛の経験が有ったことを認める等して必死に頑張っていた。今回も保守党党首の最右翼と言われていたのだが、議員の予備選挙で惜しくも敗退。党員の選挙によって党首が決まるのは9月のこと。候補者はケネス・クラーク元財務相とイアン・ダンカンスミス元影の国防相の2人。対欧州政策のみならずサッチャーとメージャーという元首相の対立まで持ち込まれて、かなり乱戦の模様。

あー何だか長くなってきたので、こんなとこで終わります。


英国情報生活全般関係