英国情報−生活全般関係

英国の選挙制度(後編)


英国の選挙制度の、前項では言うなれば「周辺部分」について日本との比較も織り交ぜつつ概観してみたが、今回はその中心の「小選挙区制度(single member constituency system)」について紹介します。

英国の選挙制度は、以前に日本での選挙制度改革の際、お手本としてかなり広く紹介されていた。しかしながら、日本は英国式の単純小選挙区制度ではなく、小選挙区比例代表並立制という一種独特の制度を導入した。これは日本以外では韓国で採用されているぐらいのもの。

選挙制度というものは制度のどういう点に着目するかで分類方法は様々あるが、差し当たって多数制(Prurality-Majority system)と比例代表制(Proportional Representation system)とに大きく分け、その間に準比例代表制(semi-PR)を置き、大きく3つに分けて考えてみよう。因みに、小選挙区比例代表並立制は準比例代表制に分類されるもの。他方、当時よく似た名前の小選挙区比例代表併用制というのも議論されたが、「並立」と「併用」だけの違いではあるものの、実はこれはかなり違うものであって、こちらは完全な比例代表制に分類されるものなんですね。

さて当然のことながら英国の小選挙区制度は多数制の方に分類される。これは絶対多数を取る必要はなく相対多数で足りる。要は他人より1票でも多ければいいわけで、"First past the post"と呼ばれている。要件は単にこれだけなので、日本のような法定得票数は無い(と思う)。

英国全土は659の小選挙区に分割され、それぞれイングランド529、スコットランド72、ウェールズ40、北アイルランド18が割り当てられている。1選挙区あたりの人口は約9万人ぐらいとなり、日本の約40万人と比べてかなり少ないね。

小選挙区制度のよく言われる欠点として、「民意の反映」という点から見て死票が多いという点を挙げられる。小選挙区にはA党とB党の得票率の差の3倍が議席数の差になって現れる「三乗の法則(cube rule)」ということが言われている(則ち、[Va/Vb]3 = Sa/Sb)。これは或る党が勝つ時には勝ちまくってしまうという結果を生み、前回・今回と労働党は地滑り的な勝利(land sliding victory)を納めたのはそういうこと。日本でも平成元年に「山が動いた」とか言う党首率いる党が参院選の選挙区選挙で勝ちまくったことがあったが、それもその一つの現れと言えるかも知れない。日本では比例代表との並立制が導入されたのは、民意の反映や少数政党にも当選の機会を考えてのものでしょう多分。勿論、単なる比例代表制は、小党分立とか政権の不安定さの点で問題が大いにあるところ。政治学のページではないので、これ以上は突っ込みませんが。因みに、日本の以前の中選挙区制は"multi seat constituency system"と英語で言ったりしますが、どちらかと言うと"Single Non Transferable Vote (SNTV)"、訳すならば「単記非移譲式」とされていることが多いので、ご参考まで。

ときに、ブレア政権の地方分権施策の下に設置されたスコットランドとウェールズの議会の選挙は、実は小選挙区比例代表併用制を採用しているのが面白いところ。

あと英国の選挙で面白いのは、候補者のうちのかなりの数が所謂「落下傘候補」、つまりその選挙区とは縁もゆかりも無い候補者ということである。候補者は党の中で選ばれた選挙区を割り当てられて、そこで選挙運動をするという段取りとなるらしい。よって、ここに道路を造れだとか、橋を架けろだとかの陳情はあまり無くて「国会議員は国政」という認識が選挙民にもある、ということ。ほんまか?でも確かに汚職は少ないらしい。とにかく、政党は選挙区事情と候補者を見て立候補する選挙区を割り当てる。新人は勉強の為に絶対勝てそうもない選挙区から出させ、出世すると安定的な選挙区が回ってくる。私がロンドンで住んでいた地区は"Finchley & Golders Green"という選挙区に当たり、この辺は裕福な保守層が多く住んでいる地域であって、以前はあのマーガレット・サッチャーの選挙区だった(今は一代貴族として上院議員なのでここからは出ていない)が、彼女はイングランド中部のグランサムという町の雑貨屋の娘として生まれており、ロンドン出身ではない(後にこの辺に住んでいたのかも知れない。その辺は調査不足)。又、ブレア首相はエジンバラの生まれだが、選挙区はイングランド中部のダーラムの"Sedgefiled"という選挙区。但し、ブレアはダーラムの聖歌隊学校に所属していたことが確認されている。

さてさて、小選挙区制度の下で、近年英国に特徴的に見られるのが「戦術的投票(tactical voting)」と言われるもの。ある候補を落としたいがために、自分の一票を無駄にしないが為、支持してはいないものの通りそうな他の候補に投票するもの。平たく言えば2・3位連合みたいなもので「戦術」という程のものではないかも。1997年の総選挙では、この戦術投票が広く行われた結果、保守党がイングランド以外で議席を失い、代わりに自由民主党が随分と恩恵を被ったと言われている。有権者が誰に投票すればいいかなんてのをどうやって知るのかと言うと、これが実は新聞なのだ。英国の新聞は非常に党派的なので、各紙がそれぞれ支持政党を持っている。よって選挙中には、こいつを落とすためには誰に投票しようなんてことを呼び掛けちゃったりしている。でも、テレビは内規で基準を作ったりして中立を守っていて対照的。

この戦術的投票が可能となったのも、要は英国が階級から即支持政党が決まるという社会ではもはやなくなっている、ということなのだろう。英国は階級社会と言われ続けており、確かにそれは今でもそうなのだが、階級と支持政党に関しては以前からその連結が緩やかになってきている。総中流とまでは言わないまでも、中産階級と呼ばれる部分が大きくなってきており、彼らは自分の階級よりは政策を考えて投票するからである(勿論全員がとは言わないけどね)。

ひとまずおしまい。


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