建築に対しての思い

建築に対しての思い Part.I

いままで、住宅あり、マンションあり、事務所あり、店舗あり、その時々でいろんなこと、考え線を引いて来た。いまも、それらの建物は建っている。その当時に戻れるはずがないが、同じ条件で同じ建物が建ったかというと、それは、”NO “である。その当時の建材も職人の技量も時代とともに、変わってきている。私自信も変わってきている。しかし、その当時の建築物を見ても恥ずかしくないし、若き自分の悩み、自信の無さが、それに対抗するがごとく、建物に力強さを出しているようにも、見える。私は、独立して、はじめての仕事で逃げ出そうと思ったことが、あった。ある地方建設会社が施工をやると言うことで、設計士がいなかったので、その会社の専務とその施主に会いにいった。店舗併用住宅で、それから、何度かプランを持って打ち合わせにいったが、中々プランが決まらなかった。

そのうち、建て主が私の知らないうちに、紹介建設会社とその他の2社の競争入札で行われる事になっていました。私は設計をお断りしたが、設計士の知り合いはいないということで、私は設計を続けることになりました。建て主はすべての材料に品番をつけて、物の確認をしたいということで、松下電工等ショウルームに、時には家族全員とお供することになりました。家は3件目、今回はこだわりたいということで、設計士をいれたのかもしれない。図面が出来て、見積もりをして、建て主と空けてみると、1億4千万、1億3千万、一億、と4000万の差が出てきた。すべてに品番を入れて図面を書いたのに建主ともどもビックリした。わたしは、持ち帰り見積もりをチェックした。最低価格業者は、かなり見積もりが抜けていたり、物が勝手に変わっていた。見積もりをみて、この業者には、このこだわりの建物は出来ないと感じた。次に建て主に合ったときは、この業者にやらせたいし、図面どおりにつくると業者に確約を取っていた。当初7000万の予算であったから、当然のことであったろう。私は、見積もりが出来ない業者には責任はもてないと言い張った。そして、結論は見合わせることになった。はじめに構造計算料だけは、貰っていたので、ただ働きでもよいと思いあきらめた。それから、数日後、減額の設計変更と見積もり2番目の業者とのすり合わせを依頼され、最終的に1億2000万になった。設計料は予算の金額ベースで契約、工事アップによる増額どころか、アップした分、設計料は削られた。工事自体あきらめていたので、うれしかった。

うれしいのは、つかの間、工事が進むにつれて、施主と奥さんの電話が夜遅く鳴る日が続きました。かたづけが悪い、床を貼る前にゴミがあった等さまざま、それらの問題をひとつひとつ、かたづける、変更もあった。すぐに話し合い変更できることはすぐ対応した、コストに関わることは、翌日には見積もりを出すようにした。変更の見積もりが変更を少なくした。毎週月曜日は電話がかかってくる。よく聞くと奥さんのお父さんは大工さんで、休みには足を運んできたらしい。一番困ったのは、鉄骨も立ち上がり、階段の幅もかえられない状態で、階段の幅が狭いと言われた。私も十分な広さで無垢檜を使用し、これ以上ないと言えるほど自信のある階段だが、そういうのである。なんどか説明したが、聞き入れてもらえない。若い設計士の弱みであったか、強みであったか。できて気に入らなければ壊して造り変えます。としか説得できなかった。階段ができて、すてきな階段と気にいられても、私は、うれしいよりはほっとし、力がぬけた。竣工式に挨拶を頼まれた。挨拶などしたこともない。あいさつの中で、わたしは、こう話した“外装タイルは施主が決めたものです。メーカーから使ってある建物を聞き、朝、夕方、天気のよい日、曇りの日、雨の日、何度も何度も足を運び施主が最終的に決定されました。・・・・

照明、暖炉、設備機器、すべてにこだわった家、12 年間設計をしてきましたが、あのはじめての現場での経験は建築のすべてだったかも、知れません。逃げ出そう。設計料もう要らないから、断ろうと仲人さんに相談したこともありました。仲人さんは、可愛い子供のためと、我慢しなさいとはげまされました。そんな自分がはずかしくもありますが、これがきっかけでいままで逃げることがありませんでした。建物を造るとは、建主、建築士、関わるすべての人の真剣勝負その物だと、いまでも思っています。

建築に対しての思い Part.II(オープンネット会員事務所紹介文より)

〜住宅に対する思い〜
家を壊して、新居を造る。住み慣れた住居から、新居に移る人もいるだろう。父親、母親、祖父母と代々住んできた家を解体し、造る新居は子に継がれ、孫に継がれる。家とは家族の歴史の舞台である。私は木造平屋で生まれ、木造2階建てで育った、結婚し、大手メーカーのアパートに住み、公団住宅に移り、木造中古住宅を購入12年間住んで、2000年7月住宅を建替え住んでいる。引越しや、家を造るとは大変なことである。金銭面の他、年寄りにとっては、寿命の縮む思いである。しかし、私も含め、人は安全で、経済的で快適な理想の家を求め住宅の改築、建て直しをする。様々な家族の舞台造りの手伝いを、建築士という立場から応援できたら幸いと思います。オープンシステムはそれを遂行するための良い手段であると考えております。

先日、若い素敵なカップルから、家の前で妻に“どこでこの家建てたのですか。”と声をかけられたそうです。“主人が建築士なんです。よかったら中もどうぞ”と答えたらしいのですが、女性は入りたかったようですが、男性は“僕たち、土地も、お金もまだ準備できてないんです。”と行ってしまったとのことです。後から聞いた話ですが、いつか、そのカップルに会って話が出来る機会もあるかもしれません。住宅を建てる事、マンションを購入することは、若いカップルにとっても、私の場合でも自宅を持つ事は、長い人生で一回限りでしょう。

〜事務所ビル、マンション、店舗建設に対する思い〜
代々引き継がれた土地に、店舗、賃貸マンション、事務所等を造る。事業用ではあるが、儲かろうとして造るのではない。固定資産税、相続税、社会変化に伴い、生活を守るために造らざるを得ない人が多いのだろうと感じています。事業が成功するということよりも、失敗してはいけないという方たちに、建物という形を通して協力出来ればと思います。

設計し関わった建物は戸建住宅、マンション、事務所ビル、店舗等ありますが、それぞれの建て主にとってはかけがえのない建物に違いありません。私にとっても、住んではいませんが、一つ一つ愛着があります。「他人事として造らない専門業者」、「他人事として設計しない建築士」、「他人事で造っては困る建主」―そんな関係つくりを念頭に置き、取り組ませていただきます。