この季節、その村の近くの野原にはいろいろな色の花が咲き乱れ、ちょっとした観光スポットになっている。日帰りとまではいかないが、ちょっとした小旅行にはうってつけの場所だ。 「ねえっ、ダグラスっ」 エリーは自分の前で馬に跨っているダグラスに声をかけた。向かってくる風は強く、それに負けまいと自然と声はでかくなる。 「なんだあ?」 ダグラスも声を張り上げる。それでも聞き取りにくいのでエリーはダグラスの背中に体を寄せた。 「ハレッシュさんたち、今ごろどのあたりだろう」 「しらねえよ。もう、ついてるのかもな」 ハレッシュたちとは、ザールブルグを出てすぐに別れてしまっている。 「よっぽど、フレアさんが大事なんだよねぇ」 エリーが笑いながらそう言った。 「そう言えるお前がすごいと思うぞ」 ダグラスは呆れ声だ。その声につられるようにして、エリーはそのときの事を思い出した。 ザールブルグを出て一時間ほどしたころであろうか。突然、一匹のぷにぷにが現れたのである。 そこまではよくあることだ。 採取に行けばぷにぷになど、腐るほど見る。フレアが足手まといではあるが、ダグラスとハレッシュがいるし、遅れをとることはないだろう、とエリーは考えた。 ダグラスはすぐさま馬から降り戦闘体勢に入ったのだが、ハレッシュは馬の上から移動しなかったのである。 『じゃあ、ダグラス。よろしく頼むな。フレアさんが怪我をすると大変なので、俺は先に行く』 そう言って、ハレッシュはそのまま馬に乗って走っていってしまった。もちろん、ぷにぷにはいつも通りに倒した。一瞬、あっけにとられたダグラスがぷにぷにから攻撃を受けて怪我をしてしまったことを除けばであるが。 怪我は、エリーの持っていたアルテナの水でなんとかなったが、ダグラスはぷにぷにに怪我をさせられたという精神的ショックが大きい。 「あと、どれくらいかなぁ」 エリーはそうダグラスに尋ねる。 「もうすこしじゃねえのか? ったく、迷惑だよなぁ…」 その言葉にエリーの胸がどきん、と跳ね上がった。ダグラスにとって、なにが迷惑なんだろう、と考え、もしかして今自分と二人きりでいることじゃないかという思いに行き着く。 そういえば、とエリーはつられて思い出す。デートに誘った時だって、迷惑そうではなかったか。 「デートしてほしいんだけど」 「はあ?」 ダグラスの呆けた顔が面白くて、エリーはまた笑ってしまった。 「……て、お前、何笑ってんだよ」 不機嫌そうになったダグラスに慌てて、エリーが弁解をする。なんでもないよ、ごめんなさい、と何回か言ってから先ほどのお願いを繰り返す。 「ねえ、それよりデートなんだけど、だめ?」 「それよりってなんだよ、それよりって。まったく、デートかぁ。……って、デート!?」 明らかに動揺したダグラスにエリーは不安を覚えた。自分とデートをすると、何か不都合なことでもあるのだろうか。 ……例えば、恋人がいたり、とか。好きな人がいたり、とか。 「フレアさんにWデート頼まれたんだけど、私相手がいないから。ダグラスが暇だったらお願いしようと思ったんだけど。駄目ならいいんだ」 (本当はよくないけど) 心とは裏腹なことを言っている自分にエリーは少し苦笑した。 「ノルディスかルーウェンさんに頼むから。用事はそれだけ。ごめんね、わざわざ来てもらったのにそんな用事で」 「俺が行く」 ダグラスの言った言葉の意味がわからずに、エリーは聞き返す。 「え?」 そんなエリーの様子にイライラしたようにダグラスがもう一度繰り返した。 「俺が行ってやるって言ってんだよ。わかったか?」 「…え?でも、迷惑でしょ?」 エリーはまだ理解できない。いや、ダグラスがデートに来てくれるというのはわかっているのだが、なんで来てくれるのかはよくわからない。 「わかったか?」 「…うん」 考えがまとまらないうちに、いつもの強い視線で射貫かれ思わずエリーは頷いてしまう。ダグラスはその返事に安心したのか席を立った。 「じゃあな。また日にちと場所、教えろよ」 そう言って、ダグラスは帰っていったがエリーにはまだその真意がつかめていない。少し、いやかなり楽しみだったデートも、心から楽しめないのだ。 (こんなことなら、ノルディスとかルーウェンさんと一緒に来たほうがよかったかも) ダグラスに無理やり来てもらって辛い思いをするより、友達とわいわいしてるほうがいいような気がした。 (でも、それは嘘) 本当は、わかってるのだ。誰よりもダグラスと来たがっていた自分がいることを。でも、相手の機嫌が悪いのに、一緒にいるだけで幸せといえるような大人ではまだない。 不安に押しつぶされそうになる自分の心のせいで、手に力が入る。ダグラスがそれに気づいたらしく、後ろを振り返った。 「……ほら、村が見えたぜ」 少しの沈黙の後かけられた言葉に、エリーは前方を見やる。こじんまりとした村が遠くに見えていた。 |