お昼時の飛翔亭。酒場としてはまだ早い時間だが、ちらほらと人影がある。昼間から酔っ払っている者や、冒険者。そして、今カウンターの前で声を上げた錬金術師などである。 「……本当なんですか?」 錬金術士―エリーは、カウンターの前にいる人物に向かって話しかけた。そこにはいつもいるディオではなく、一人娘のフレアが立っている。そのフレアがにっこり笑ってエリーに依頼をしてきたのだ。 それだけならば、いつものことである。エリーは飛翔亭からの依頼で生計を立てているのだから。フレアからの依頼も初めてではない。しかし、内容があまりにも違いすぎる。 「そう…。依頼なんて言うと大げさかしら。私からのお願いなんだけど」 「そんな事言ったって。ディオさんが許してくれないんじゃ…」 フレアの頼みごとにエリーは困惑気味だ。それもそのはず、フレアからのお願いは、“Wデート”をしてもらいたい、というものであった。そんなことディオが許すはずがないとエリーは思う。ディオの猫かわいがりぶりはあまりにも有名で、そしてそれはほとんど真実だからである。 「お父さんにはエリーちゃんとおでかけするっていっておくから大丈夫よ」 「え…というか」 事実がバレた時が怖いとは言えず、思わずエリーはクーゲルのほうを向いた。 目が合ったクーゲルは、困ったように肩をすくめると首を横にふる。俺は無関係だ、といいたいらしい。 「エリーちゃんは武闘会準優勝者だし、お父さんもきっと納得するはずよ。遠出はしないから、ね?」 う、とエリーは言葉に詰まった。確かにおととし、エリーは武闘会で決勝戦まで勝ち進んでしまったのである。 「わかりました…。でも、私相手いないですよ?」 エリーの言葉にフレアが驚いた顔をした。 「そんなことないじゃない。彼がいるでしょ?」 「ち、ちがいます!! ダグラスとはそんな仲じゃありません!!」 慌てて否定をするエリーにフレアはにっこりと笑う。 「あら、私、ダグラス君なんて一言も言ってないわよ?」 その言葉にエリーは顔を真っ赤にした。よくあるひっかけなのに、こうあっさりひっかかってしまう自分が情けない。 「それじゃ、お願いね? 日にちはダグラス君のあいてる日でいいから」 「はあ」 なし崩しのように事が決まっていく様を巳ながらエリーは思わず嘆息する。 (フレアさんに対する印象を変えなきゃいけないかも) 今まで見てないだけだったのか、それとも恋は女を強くするのか。エリーにはまだよくわからない。 「ありがとうございました」 フレアの笑顔とクーゲルの同情に見送られ、エリーは飛翔亭を後にした。 結局、あの後城門まで行ってみたが、ダグラスの姿は見えずエリーはそのまま工房へ帰った。 午後のお茶と称し、ミスティカティを飲みながらボーっとしていると、突然ドアがノックされる。木鶏に頼らなくても、その叩き方ですぐに誰かわかった。慌てて椅子から立ち上がりながら声を上げる。 「はーい。あいてまーす」 その言葉が終わらないうちに、ドアが開き、想像どおりの人物が入ってくる。今日は仕事ではないのか鎧を装備してなかった。 「よっ」 片手を上げながらあいさつする姿一つとってもいつもと違い新鮮で、エリーは少しドキドキする。 「うまそうだな、俺にもくれよ」 テーブルの上に置かれているお菓子を見て、ダグラスはそう言った。エリーがもう一つのカップを用意している間にダグラスは椅子をもってきてエリーの向かい側に腰掛ける。お茶を注ぎ、テーブルの上に置くと「さんきゅ」と声がかけられた。一口、口に含んでダグラスは驚きの声を上げる。 「うめーじゃねえか。お前、また腕上がったんだな」 素直な誉め言葉にエリーは思わず微笑んだ。嘘とか御世辞とかは絶対に言わないダグラスだけにその言葉はとても嬉しい。 「えへへ、ありがと。それより、今日はどうしたの? 依頼は今、ないよね?」 「ああ。あのさ、おまえ今日城に来たろ? 何だったのかな、と思ってさ」 エリーはきょとんとする。確かに城へは行ったが、それは結構遠くから見た程度で、誰かに話し掛けもしなければ、話し掛けられもしなかった。 遠くから見ても、城門にダグラスがいるかいないかくらいは判別できるので、それでさっさと帰ってきてしまったのだが。 「何で知ってるの?」 その場にいたのならどうしてわからなかったのだろうとエリーは首をひねる。 「早番の奴が帰り際におまえを見かけたっていうからよ。俺は非番だったし、そいつが教えてくれたんだよ」 ダグラスの答えにエリーは納得する。そういえば、騎士隊の人の姿を見た記憶があった。 「ダグラス、今日非番だったの?」 ダグラスの言葉の中に気になる単語を見つけて、エリーが言葉を反芻した。 「ああ、というか。一週間非番なんだよ、俺。消費休暇ってやつ」 「消費休暇って…。一週間もお休みなの?いつから?」 「あ? 昨日からだぜ。春の討伐休みと去年の秋の討伐休みがまだ残っててさ。隊長に無理休みとらされた。上の奴が取らないと、下の奴が取りにくいだろうって」 休みとると体が鈍って嫌なんだよなぁ、とぼやく姿を見て、エリーは笑った。お金より何より体の鍛錬のために仕事をやっている人間は少ないだろう。義務というより趣味である。 「じゃあ、あと九日あるんだ。いいなぁ」 「カリエルに帰るには短すぎるし、ぼーっとするには長すぎるから妙に厄介だぜ?」 休みに対して文句を言う人間も珍しいだろう。 「あ、そうだ。じゃあ、おねがいがあるんだけど」 エリーはフレアとの約束を思い出す。休みが取りにくいと思ってたダグラスにそれだけ時間があるのなら、場所の候補は一気に増える。 「ん?なんだ?」 「デートしてほしいんだけど」 「はあ?」 そういったダグラスの顔が面白くて、エリーはまた笑ってしまった。 |