S to S side AMANO


「じゃ、ナオ先輩。タダノを占領しちゃってごめんなさいー。でも、キスしかしてないから許してねッ!」
「おまっ! それは!!」
 ナオ先輩が動揺するかと思って言った台詞に反応したのはタダノだった。
 あいかわらず馬鹿だなぁと顔を見ずにそう思う。だいたい言われたくなかったらしなきゃいいのだ。しておいて黙っておこうなんて方が間違っている。
「別に減らないから好きにしていいけど、最近若い子に飢えてるらしいから気をつけてね。あ、あとちゃんと授業に出るように」
「はーい」
 ほら、ナオ先輩は余裕だ。これじゃ、いつまでたってもタダノはナオ先輩に敵わない。それが面白くって、私は笑いながら屋上から戻った。
 タダノとの付き合いは中学の頃から。
 ナオ先輩よりも、もちろん長い。
 だからといって優越感なんかはない。タダノはああ見えても一途だし、ナオ先輩も最初はともかく今はすごく好きなはず。アタシの目からみたらお似合いのカップルだ。先生たちからしたら、不釣合いのカップルかもしれないけど。
 タダノがナオ先輩を本命なように、アタシも本命は別にいる。他の学校だからいつも会えないのが悲しい。
 だから、タダノに遊んでもらってるのだ。タダノもナオ先輩が構ってくれる時が少なくていつも暇してるしさ。
「あら? アマノさん」
 階段を降りきると、そこは1年生の教室が並んでいる。ぼんやりと自分の教室へ向かおうとしてアタシは声をかけられた。
 振り返ればクラスメイトの女の子。ちょうど非常口に隠れるようにして立っている。
「ちわ。どしたの?」
「上に先輩いるの?」
 明るく声をかけたのに、すごい顔で睨まれた。
    彼女もいわゆるタダノの関係者。アタシとは事情が異なり、本気モードだけど。
 なんでも夏休み前にタダノに優しくされたんだかなんだかで、それ以来ずっと追っかけてるらしい。ナオ先輩が彼女になったのは、秋も深まった去年の文化祭終了後なので、「私の方が先なのに」と息巻いている。
 まったく、タダノも優しさ駄々漏れ機能をなんとかしないと、そのうち刺されるかもしれないよ、ほんと。
「タダノ? いるけど、ナオ先輩もいるよ?」
「まったく、あの女も図々しいわね」
 鼻息も荒く屋上をねめつける。
「えー。どっちかっていうと、ミナミさんの方が図々しいと思うよー」
「そんなわけあるはずないじゃない。タダノ先輩も私みたいな子を望んでるはずよ。あんな目立たなくて真面目なだけがとりえの女」
 確かにミナミさんは、アタシともナオ先輩とも違って、男が守ってあげたくなるタイプかもしれない。少し思い込みが激しいし、計算高いから女子からは敬遠されがちだけど。
「ナオ先輩、そんなんじゃないと思うしー」
「アマノさん、あなたはあの女の何を知ってるっていうの?」
「えー、いろいろかなぁ」
 だらりとしたアタシの喋り方は彼女にとってはイライラの原因みたいだ。ミナミさんのつま先の揺れが大きくなる。
「私はあの女と同じ中学だから、あなたよりも付き合いが長いのよ」
「でも、タダノと付き合うまでほとんど知らなかったんじゃないのー?」
「だからあんな女って言ってるでしょ。人の噂にも上らない女がタダノ先輩と付き合おうなんて身分がすぎるのよ」
 守ってやりたいと言っているクラスの男に見せてやりたい表情。嫉妬だらけで女って怖いなあ。
「でも、タダノはナオ先輩好きだし。仕方ないじゃん。早くあきらめたらー?」
 ぐっと押し黙るミナミさんを冷ややかな視線で見下ろして、アタシは教室へと向かった。少しして後ろを振り返ると、ミナミさんが屋上をまた睨んでいる。
「こっわー」
 何か起こりそうな、嫌な予感がする。けど、それでどうしたらいいのかはアタシの頭ではわからなかったので、代わりの相談相手にメールを送るべくポケットから携帯電話を取り出した。


「というわけでねー、その子がやばそうなんだって」
「ふうん。だから?」
「だからね、どうしたらいいと思う?」
「別に、どうもしなくていいんじゃないの?」
「なんかすごい他人事」
「だって僕にとっては他人事だし」
 公園のベンチで隣に座ったアタシの相談相手は、そう言うと文庫本に目を戻した。アタシはコンビニで買ったピザまんをほおばりながら、薄情者だなあと思う。
「でも、タダノだよ。だってタダノにお世話になったことあったのにー」
「あったけど、それは例の彼女のことでチャラになってるから関係ありません」
「えー。いつの間にー?」
「アマノの知らないところで、アマノの知らない時に」
 ハセは、中学の頃の同級生だ。だから、タダノとも面識がある。
 ただ、ハセはタダノは正反対のところに居た人間だ。どちらかといえば、ナオ先輩に近い。中学校の中でも超優等生。テストはトップが当たり前で、その上運動もできるという嫌味な存在そのものだった。
 まあ、アタシとイロイロあってこうして彼氏彼女のお付き合いをしてるわけだけど。
「でもさー。タダノはどうなってもいいけど、ナオ先輩は可哀相かなぁーって」
「そのナオ先輩に何かあればタダノ先輩が黙ってないだろう」
「そーだけどさー。でも、タダノって基本的に女に甘いし。ハセと違って」
「それでも守らなきゃいけないものを間違えるほど、タダノ先輩も馬鹿じゃないと思うよ。それに、なんで僕を引き合いにだすんだ」
「えー。だって今でも彼女が一生懸命悩んでるのにぜんっぜん親身になってくれないし」
「あのね、僕だって忙しいんだよ。今日だって誰かから緊急事態とかいうメールが入ったから、6限と委員会と部活を休んで電車で1時間もかけてこんな辺鄙な公園まで来てあげたのに、それでも親身じゃないって?」
「うん」
「帰る」
 そう言ったかと思うと、ハセはベンチから立ち上がった。
 鞄の中に文庫本をしまい、腕時計を見ながらぶつぶつと1人で予定を立てている。でも、ここで慌ててとめてもハセの思うツボだ。
 だいたいハセが本気で怒ってたら、アタシなんか置いてとっとと帰っているだろう。だからこれはポーズなのだ。アタシの馬鹿な頭でもそれくらいわかる。
「行っちゃうの?」
「そう」
「本当に?」
「本当に」
「絶対?」
「絶対」
「行っちゃ駄目って言っても?」
「…………!! アマノ、わかってやってるだろう」
 ドスンと荒っぽくアタシの隣に座りなおして、ハセはふいと反対方向を向く。きっと照れてるんだろう。だから、もう一押し。
 もちろん、ナオ先輩のこともすごく心配だし、タダノのことも心配だけど、ただそれだけだったら忙しいハセにわざわざ非常事態なんてメールしない。
 確かにきっかけはそれなんだけど、本当の非常事態はアタシの心なのだ。
「この前会ったの、2週間前だよー? アタシが寂しくないと思ったー?」
「……思ってない」
「ハセが忙しいのもわかるし、なかなか会えないのもわかるけど。せっかく会えたならもっと一緒にいたいのにー」
「僕も……そう思ってるよ」
 ぽつりと呟かれた声。まだこっちは向いてくれない。……不器用だけど優しい声。タダノとはやっぱり正反対だ。
「手、寒いなー」
 手袋をわざと外してそんなことを言ってみる。さっきまで、アタシがしてたのを知ってるはずのハセはどんな反応を見せるだろうか。
 意地悪なのはわかってる。

     けど、このくらい、いいよね?

「………」
 指先が完全に冷え切る前に暖めてくれる確率は、きっとそんなに低くない。


あとがき
初めて読んでくださった方、続けて読んでくださった方、どうもありがとうございました。
恋愛系オリジナルの第4弾(仮)掌編読みきりの『 S to S 』続編『side AMANO』になります。
タダノの腕の中にいた少女アマノ視点のお話。
このお話を出せたのも前回メール等で『続き』と言ってくださった方、あなたのおかげでございます。
本当にどうもありがとうございました。

さて続きは女の子視点でいくか、タダノ視点でいくかちょっと悩み中です。
2話読んだ時点でどちらが読みたいか、ご意見ありましたら、『女の子』『タダノ』など下のフォームからお願いします。
また感想などもありましたら下のフォームまたは掲示板へお願いします。
それでは。
一言
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