S to S


「だから、そんなことしてちゃダメって言ってるでしょ!」
 屋上の扉を開けた途端、目の前に入ってきた光景に私は思わず怒鳴ってしまった。今日こそは穏便に話をすませようって思ってたのに。
「そんなことって、どんなことよ。ナオちゃん」
 怒鳴った相手は全然堪えた様子もなく、きょとんと返事をしてくる。それにカチンときて、穏便の文字が頭から消えた。最初からなかったかもしれないけど。
「高校生が屋上で煙草吸ってることよ!」
「あれ、いつのまに」
 びしりと指をさしながら言ってやると、相手    タダノはさも今気づいたかのように驚いた。わざとらしくて、よけいにムカムカする。
「あれー、本当だ。タダノ、煙草吸わないって言ってたのに。ナオ先輩怒るからってさ」
 そう口を挟んできたのは、タダノの腕の中にいる女の子だ。茶色の明るい髪としっかりしたお化粧、それに短いスカート。今時の女子高生らしい格好が似合っている可愛い子だ。
 私は全くの正反対。色なんか染めたこともない髪に化粧のけの字もない顔、ひざ丈のスカートは校内でも珍しいと思う。これで眼鏡をかけて、三つ編みをしていれば昔からよくいる優等生スタイルだ。私はあんまり頭は良くないし、性格も全く良くないけど。
「……アマノちゃんも、寒いのにこんなところいて。風邪ひくよ」
「アタシ馬鹿だから大丈夫だよー」
「そういう問題じゃありません」
 ぴしりと言い放つと、アマノちゃんはやっぱり寒かったのだろう文句もなくさっさと立ち上がった。しかし、タダノの腕は感触が忘れられないらしく名残惜しそうにアマノちゃんの生脚にまだ絡み付いている。それに軽く蹴りを入れてアマノちゃんはタダノを睨んだ。
「エロおやじ。触るなー」
「さっきはお前の方がベタベタしてたくせに」
「さっきはさっき。今は今。しつこい男は嫌われるよー?」
「うるせ」
 ぺたぺたと音をたてながら、アマノちゃんは階下との入り口、つまり私が入ってきた扉へと足を進めてくる。
「じゃ、ナオ先輩。タダノを占領しちゃってごめんなさいー。でも、キスしかしてないから許してねッ!」
「おまっ! それは!!」
 アマノちゃんの告白にタダノが慌てた。それを横目で見つつ、私はアマノちゃんに忠告ともつかない返事をする。
「別に減らないから好きにしていいけど、最近若い子に飢えてるらしいから気をつけてね。あ、あとちゃんと授業に出るように」
「はーい」
 明るい声を残して、アマノちゃんは校舎の中に姿を消していった。


「言いたいことなんかある?」
「んー。とくになし」
 目の前で仁王立ちして聞いているのに、タダノはへらへら笑うだけだ。
 染めた髪が太陽の下でより青く見える。しなくてはいけないネクタイはきっとポケットの中、代わりに開いた胸元は、人によれば色っぽく見えるのだそうだ。私にはだらしない以外の何ものでもないけど。
 顔は確かにカッコイイのかもしれない。それでなきゃ、アマノちゃんをはじめとする女の子は寄ってこないだろう。
 けど私にはあまり関係ない。
「わかった。それじゃ、やっぱり付き合うのやめる」
 踵を返してその場を去ろうとした私の腰をタダノの腕がつかんだ。そのまま勢いよく引っ張られれば、ぽすりと私はタダノの膝の上に乗っかってしまう。
「離して」
「嫌」
 そのままぎゅうと抱きしめて、話をうやむやにするつもりだろうが、私にも免疫ができているのだ。されるがままになるはずもなく、私はまわされている腕を思い切りつねった。
「痛っ! なにすんだよ、ナオちゃん」
 言葉では痛がるけど、腕の力は変わらない。どうしたら離してもらえるのだろうと思案しながら言葉を重ねる。
「離してって言ってるの」
「嫌です。寒いし、離したくないの」
「彼氏でもない人とくっついてたくありません」
 冷たく宣言してやると、さらに力を入れられた。
「ごめん、すいません。俺が悪かったです。許してください。お前いなくなったら俺に誰がいるのよ、わかるだろ? そこらへん」
「わかんないし、私がいなくなったらなったで、タダノは女つくるの簡単でしょ?」
「簡単じゃないって。俺がナオちゃん手に入れるまですごーく苦労したの知ってるだろ? いじわる言わないでよ、ねえって」
「タダノの趣味はアマノちゃんみたいな子だって言ってたじゃない。私と全然違うし」
「俺は目の前にナオちゃんが現れた時からナオちゃん一筋ですー」
「嘘つき」
 あまりにも調子いい言葉に飽き飽きしてぼそりと呟くと、あのなぁとタダノはぼやく。
「なんでナオちゃんが信じないかわかんないけど、俺はナオちゃんが1番好きだし、愛しちゃってるし、ああいったこととかこういったことをやりたいなぁと心の底から思っているわけだけど、でもでも嫌われるからできないやとか青春を味わっちゃったりしてるのに、なんでナオちゃんはそれを嘘だと言っちゃうかな」
「私と付き合ったら煙草やめるっていったのに」
「う……」
「女の子とも縁を切るって言ってたのに、3年の先輩3人と2組のサカイさんと3組のスエナカさんと6組のマツエさんと8組のイイヅカさんとチカちゃんと1年生はアマノちゃんとあと5人ほどの女の子と続いてると思うんだけど?」
「あ……それはほら、アマノだって彼氏いるし。ね、浮気じゃないんだって、こうやって触ったりしてるだけで」
「付き合ってくださいって言ってたころは触りません話しませんとか言ってたような気がするけど」
「……」
「そうそう、授業は真面目にでるとか言ってた時もあったよね。今日は木曜日だから月曜から今の時点で22時間授業があったと思うんだけど、何時間出た? ううん、言わなくても大丈夫。何故かわかんないけど私とタダノは授業みんな一緒だから私が代わりに数えてあげる」
「………」
「ゼロ。1時間もでてないよね、授業。学校には来てるのに不思議。授業のたびに先生の視線が私のほうを向くような気がして実は針のむしろなんだけど、それも別れたら関係ないっていえるよね」
「ゴメンナサイ」
 マシンガンのように私の口から飛び出した言葉でようやくタダノは手を緩めた。その機会の逃さず私はすっと立つ。そして、後ろをくるりと向いて特上の笑顔をつくった。
「私は別れたくないよ。けど、私と付き合ってタダノが駄目になっちゃうんなら別れなきゃ駄目でしょ?」
「……ごめん」
「謝ってうまくいくんならいいけど」
「ちゃんとする。とりあえず、明日から」
「明日から?」
「5時間目から」
「よろしい」
 手を差し伸べれば、タダノがしっかりと握る。そのまま起き上がらせようとして、逆に引っ張られて私がつまずいた。
「きゃっ。ちょっと何するの、てか、5時間目、始まるし」
 つまずいた時の怖さと抱きとめられた安心から、言葉が泳ぐ。私の動揺がわかったのだろう、耳元で笑う声。
「やっぱり明日から」
「やだってば。離して、ねえ」
「嫌」
 後ろからならともかく、こんなに顔が近ければ免疫が飛んでしまっても不思議ではない。さっきまで何とも思わなかった、あっという間に腰に回されている手が気になって仕方ない。
 覗き込まれた瞳に思わず顔が熱くなる。
「離して。ねえ」
「いーや。だって俺ナオちゃんのこと好きだし」
      ね、だから。

 耳元で囁かれた声。

 それに頷いてしまったのはきっと動揺してたからだろう。
 目を閉じれば唇に熱を感じる。
 ジャケットを握る手に思わず力が入る。それをなだめるように、上から手を重ねられて撫でられた。その余裕が悔しくて。
「アマノちゃんともしたんでしょ」
 パチリと目を開けて言えば、案の定タダノは焦ってしどろもどろ言い訳を始める。その様子が面白くて思わず噴き出すと、憮然とした顔でこちらの顔を睨んできた。
「ナオ。覚悟しろよ、お前」
 そのまま乱暴に抱きしめられて、きつくきつくキスをされる。
 私は文句を言うよりも先に呼び捨てにされたことに驚いて、そしてそれが嬉しくなって。

 あっさりと、5時間目の授業の存在を忘れてしまった。




あとがき
読んでくださってありがとうございました。
恋愛系オリジナルの第4弾(仮)掌編読みきりの『 S to S 』です。
磁石のS極のような2人(別にNでも構わないわけですが)という意味にしました。
感想などもありましたら下のフォームまたは掲示板へお願いします。
それでは。
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