MOUNTAIN「?」MOUNTAIN「!」
〜5〜






「なんだろね…」
 ヒューイは山道を登りながら、そうつぶやいた。一週間前には想像もしなかった光景が目の前に広がる。いつもと違ってエリートの集団の中にいる自分に戸惑いながらも、自分の仕事を必死にこなしていくヒューイを見て、周りの人間も次第に話し掛けてきてくれていた。
「ヒューイさん…。やっぱり、ヴィラント山は怖いですね」
 何故か隣を歩いているプリチェがそう話し掛けると、ヒューイものんびりと答を返す。
「そうだねえ。ヘーベル湖とは全然違うね…」
 ははは、とお互いに笑っている姿を見て、補給班の面々が話し掛けてくる。
「平和だなぁ…。お前らって」
「そりゃ、ヒューイくんとプリチェくんだからねえ」
「仕方ない、仕方ない」
 さすがに戦闘班であればここまで余裕はなかったであろう。しかし、彼らは補給班である。エリートと言っても、戦闘に関係しないのでその役職はさほど重要視されていない。そのため、余計なライバル意識はなく、皆仲がよいのだ。逆に、剣の腕などの技量面では劣るし、その向上に努めたりはしない。実はこの補給班では、たまにダグラスに稽古をしてもらっているヒューイが一番腕がたつ。
「お前ら、あんまりはしゃぎすぎると他の奴らからにらまれるぞ」
 班長――今回はアリカではなく、ベテランの兵士である。出世を諦めたらしく、部下達の行動にもあまり口出しはしない。しかし、この騒ぎはさすがに目に余ったらしい。
「わかってますー」
 あまりわかってなさそうな声で、返事をする。それが通用するのも補給班ならではだろう。
「すみませんっ」
 ヒューイは班長のもとに駆けて思わず謝った。プリチェと一緒にいること自体でもともと班長に迷惑をかけているのだ。これ以上の迷惑は避けたい。
「いいって。お前さんを怒ったわけじゃねえんだから。プリチェのことも隊長自ら頼まれたし…。それにしてもエンデルク隊長と知り合いなんて、お前もすごいな」
 すっかり感心した口調で言われ、ヒューイは首を横に振る。
「すごいのは、プリチェの雇い主ですよ」
「…あのお嬢さんな。人は見かけによらないとはよく言ったものだ」
 そう言われて錬金術士の少女を思い浮かべた。確かに、彼女の姿からは想像もできない数々の逸話が語り継がれている。海竜退治や、武闘大会優勝など到底アカデミーの学生には達成できないような話だ。しかし、それが真実だということは街のすべての住民が知っている。
「だからこそかもしれないがな。あんな人の彼女ができるんだから」
「ははは」
 あんな人とはダグラスのことである。10代の若さで聖騎士になった彼は、ベテランと言われる年代の人たちから見ると、「違う世界の人」というレッテルが貼られている。もう少し若ければ嫉妬やひがみに、同年代以下になれば尊敬されているが、ここまで歳が違うと自分と比べることはなくなるらしい。少々態度が乱暴だということを除けば、礼を欠くということはないし、剣の腕も武闘大会で証明済みだ。彼らは若いエリートを自然に受け入れていた。
「…ん?」
 そんな無駄話に興じていたせいか、前の方で騒ぎが起こっているのに気づくのが遅れた。慌てて班長はその騒ぎのもとに走っていく。ヒューイも見に行きたい衝動にかられたが、荷の番のこともある。その場に留まっていた。そこに、プリチェがとことこと歩いてくる。
「ヒューイさん。ヒューイさんは行かないの?」
「うん。みんなはいっちゃったか…。しょうがないね。二人で留守番しようか」
「そうだね」
 にっこりと二人が微笑を交わした瞬間、前方で爆発音がした。突然の出来事に、ヒューイもプリチェも思わずパニックに陥る。
「わあ!?」
「な、何だ!?」
 その爆発音は一発だけでなく、何発も聞こえてきた。その音にある記憶が結びつき、思わずヒューイは声を上げる。
「この音、フラム!?」
 フラムの音がするということは、この騒ぎは人為的なものだ。
 そう思った瞬間、ヒューイの頭の中には疑問とそれに対する解答が瞬時に浮かびだす。
 どうしてこの補給班を狙ったのか?
 この部隊は補給班が最後の班である。ということは、補給班を狙った攻撃ということになる。
 ――つまりこの「補給」が奴らの狙い。
「プリチェ、なんかアイテムある?」
「うん、けっこう。おねえちゃんがいろいろ持たせてくれたから」
「ちょっと見せて」
 そう言って、プリチェのかごの中身を見て、目的のものを探す。
「なにするの?ヒューイさん」
「いいこと」
 そう言って、ヒューイは意地悪く微笑んだ。


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