中から、「はーい。開いてまーす」という声が聞こえたのを確認して、扉を開ける。そこには、工房の主であるエリーと、妖精たちが3人ちょこまかと働いていた。 「こんばんわ」 「あ、ヒューイさん。こんにち…あ、もうこんばんわですね。プリチェに用事ですか?」 にっこり笑って、そうエリーは言った。錬金術士の卵とはいえ、その作り出すものにはかなりの評価を得ている彼女は、街でもかなりの有名人だ。そんな彼女の工房にヒューイが気軽に行くことができる理由は、1人の妖精のおかげである。 「あ、ヒューイさんだぁ。今日はどうしたの? もしかして討伐場所決まったの?」 「こんばんわ、プリチェ。討伐場所はまだ決まってないんだ。今日はちょっと、ダグラスさんと約束があって」 「ダグラスと?」 プリチェとヒューイの会話を何気なしに聞いていたエリーが声をあげた。その声に、ヒューイはまだ自分が工房の主に何も伝えてないことを思い出す。 「はい。今日はワインを戴きに…時間が合わなかったので一緒には来れなかったんですけど。あとで、ダグラスさんがくることになっています」 「そうなんですか。どうなんだろう…ダグラスご飯食べてくのかなあ?」 エリーの言葉に反応したのはプリチェだ。エリーの服の裾をひっぱって、ねえねえと尋ねる。 「じゃあさ、じゃあさ。おねえちゃん、ヒューイさんも晩御飯一緒でもいい?」 「いいわよ」 肯定の返事を受けたプリチェが、今度はヒューイのそばにやってきて、ズボンの裾をひっぱった。 「ねえねえ、ヒューイさん。一緒に晩御飯食べようよお」 「え…でも…」 ヒューイは視線をプリチェからエリーに移す。エリーは、その視線を受けて微笑んだ。 「もしよかったら、どうぞ。自信はあんまりないですけど」 「よろしいんですか? じゃあ、いただいていこうかな」 寮に戻っても、待っているのはいつものご飯である。ここは、ご好意に甘えようとヒューイは言った。 「じゃ、腕によりをかけてつくりますね」 袖をまくりながら、台所に向かうエリーにヒューイは声をかける。 「あ、手伝います」 「いいですよ。プリチェ達と遊んでてください」 そう返事が返ってきて、ヒューイは苦笑した。 年下の女の子が自分のことを「子どものオトモダチ」として扱っているのを再確認したからである。 どんどん、というノック音が聞こえる。 台所で料理をつくっていたエリーが声をかける前に、扉が開いた。 「よお、邪魔するぜ」 案の定、入ってきた人物はダグラスである。聖騎士の鎧を外した彼は、歳相応の青年に見えた。街を歩いても、あの「ダグラス」と気づく人はそう多くないかもしれないぐらいに、いつもの印象とは異なっている。 「あ、おにいさん。今日、ご飯食べてく〜?」 「食べてってよ〜」 妖精たちがてこてこと歩きながら話す。ダグラスは、しゃがんで妖精たちと視線を合わせると、頭を帽子ごとわしゃわしゃとなでた。その様子を一つとっても、仕事中とは全然違っていて、ヒューイは苦笑をする。初めて会った時に、プリチェが言っていた「違うダグラス」を目の当たりにすると、やはり違和感を感じて仕方がない。 「おう、食ってくぜ。いいか?エリー」 「うん。ちゃんとダグラスの分も作っておいたから大丈夫だよ」 ダグラスの声に、ちょうど料理ができたのか、お皿をもって現れたエリーが答えた。 「ちゃんと来たな」 ヒューイに気づいたのか、こちらを見てダグラスはにやりと笑った。先程のヒューイの態度についてはもう何も考えていないらしい。 「もちろんですよ。約束、覚えてますよね」 「男が一度した約束、忘れるわけねーじゃねえか。ちゃんと覚えてるぜ」 「ヒューイさん、何の話〜?」 ダグラスとヒューイの会話にプリチェが入ってくる。ヒューイはプリチェと視線を同じにして、話しかけた。 「ダグラスさんがね、僕とエリーさんの仲を誤解してたんだ。そのお詫びにエリーさんのワインおごってくれるんだって」 「へ〜。そうなんだ。おにいさん、馬鹿だね」 「馬鹿だね」 「うん、馬鹿馬鹿〜」 妖精たちに一刀両断され、その場にダグラスはうなだれる。 「どうせ馬鹿だよ…。俺は」 そんな様子を見たエリーは、仕方ないなあ、という顔をした。その顔はダグラスにしかしないことは、ヒューイとの短い関係でも知っている。 「はいはい。みんな、ダグラスいじめてないで、料理運ぶの手伝ってね」 『は〜い』 騒々しい夜が更けていく。 |