ジグザール城内にある食堂で、ある青年がそう言った。その言葉にまわりの同僚らしきグループが考え込む。この食堂を利用するのは、ジグザール城で働く事務官や職員などの宮仕え、または騎士、兵士などの戦闘要員であるが、どうやら服装などから判断すると、彼らは後者のようだ。 「そうだな、ヘウレンの森なんかよくないか?」 「俺はへーベル湖でのんびりしたい」 「うーん。とにかく近くの森以外だったらなんでもいいよ」 「そうだよなぁ。近くの森だと毎日毎日城と森を往復をしなきゃいけないしな」 「休みも少ないし」 「僕は、ヴィラント山がいいな」 その声に一瞬誰しもが動きを止めた。言った相手をもう一度確かめて、お互いに顔を見合い、 どっと笑いがおこる。 「おいおい、何言ってんだよ」 「お前なんかがいけるわけないだろ」 「ヴィラント山は、補給班と言えども選抜制だよ。夢見るのはやめた方が」 「いくら出世のチャンスだからって。我慢しろよ、ヒューイ」 ぼろぼろに言われた青年―ヒューイはため息をつく。別に出世や、名誉を望んでいたわけではない。ただ、彼の友人が今度ヴィラント山に行くと言っていたので、一緒だったらいいなぁと思っただけなのである。 「ま、そんな夢見たいなことを言ってると、彼女にも振られちまうぞ」 その言葉にヒューイは思わずむせた。けほけほとやるその背中を仲の良い友人がさすってくれる。 「…けほっ…。な、なに、それ…」 「なにって。お前、最近例の錬金術士のところいってるだろ? だから噂になってるぜ? なんだ違うのか」 確かにヒューイは、休みになると錬金術士の工房に行っている。しかし、それは工房の主への用事ではなく、主に雇われている一人の友人に会いに行っているだけだ。それを説明しようとして、ヒューイはあることに気づいた。 「ねえ、その噂ってどこまで広がってるの?」 その言葉に、さきほど噂の話をした青年が考え込む。 「かなりじゃねえの? とりあえず、城ん中にいる連中はみんな知ってると思うぜ」 なあ、とまわりの青年たちに尋ねると、うんうんと皆うなずく。 ヒューイは血の気がひいていくのがわかった。 この状況はかなりまずい。彼は知っているだろうか。城の中にいるのだから、たぶん知ってるだろう。彼に弁明しなければならない。いや、彼は弁明を受け入れてくれるだろうか。その可能性はあまりないような気がする。では、どうしたらいいか。工房の主に打ち明けて、彼女から彼に説明してくれればいいかもしれない。いいに決まっている。それがだめならどうすればいいのだろうか。 考えがまわるが、それ以上のことは思いつかない。 ちょっと行ってくる、と言おうとしてヒューイは食堂の中がざわめいているのに気づいた。 「おい、こんなとこに聖騎士さんが来てるぜ」 隣に座っている青年がそうヒューイに言う。その言葉に嫌なものを感じ、食堂の入り口に目をやると、予想通りの人物がそこに立っていた。 「なに探してんだろう、ダグラス様」 探しているものはヒューイにはわかっていた。ダグラスと目が合った途端、にらまれたのを感じその予想は当たっていたというのも理解する。 ダグラスは、ヒューイの姿を確認すると、そのまま姿をひるがえす。 「なんだったんだろうな」 誰かの声を背に、ヒューイは椅子を立った。 「どこ行くんだよ」 「ちょっと…地獄まで」 そこに残された同僚たちが顔を見合わせて、ヒューイの後を目で追いかける。その姿は、入り口に消えていった。 |