ため息、をひとつ。
それがダグラスの気にさわったらしい。剣呑な視線をエリーに向けた。
「………なによ」
長年の付き合いで、そんな視線などものともしなくなっている。反対に睨み返す。
「何でもねえよ」
ダグラスの声は視線と一緒で剣呑だ。だが、声を聞いて、少しエリーは落ち着く。視線だけのダグラスより声が入ったダグラスの方が怖くない。
妖精たちは、机の上の食事に夢中で、この雰囲気には気づいていない。どうして、ここまで図太くなったのだろうか。
心の片隅でエリーは思う。
たぶん、ダグラスも思っているだろう。
「聖騎士さんって偉いんだね〜」
スプーンを持つダグラスの手がぴくりと震えた。エリーは表向き妖精に対して言っている。だが、実際は、ダグラスに対してということは、手にとるように分かった。
わざとそうやって言っているのだから、わかってもらわなければ困る。
「そうだよ〜。だって聖騎士さんなんだから偉いよ〜。すごいね〜」
妖精がそう答える。今日はその無邪気さがダグラスにとって変に憎たらしい。
「そうだよね〜。でも、やっぱり聖騎士の中でいっちばんカッコイイ人ってエンデルク様だよね〜」
エリーがさらに言い募る。ジロリの睨む目は、今度はさらりと無視された。
(畜生)
ダグラスは胸の内でそう思う。
エリーは今何と言った?
一番かっこいい人は、俺ではなく隊長だと?
(そんなことあるわけねえじゃねえか)
確かに、尊敬できるような人だと思う。強さも本物だ。顔だって良い部類に入るだろう。
だがしかし。
自分の方が、かっこいいに決まっている。
「うん。エンデルク様かっこいいよね〜。この前、持って来てくれたケーキも美味しかったし」
「そうだね〜。エンデルク様、美味しかったよね〜」
むっとしたようにダグラスは顔をしかめると、ワインをジュースのように一気に飲んだ。
がたん、と荒々しくグラスをテーブルに叩きつける。
「………そんな話、聞いてねえぞ」
「言ってないもん」
机の上を殺気が走る。
「美味しいね」
「うん、美味しいね」
対角線上をのん気な声が通過する。
おかしな四角形ができていた。
食事は進む。
食事の量は、お互いにいつもと同じである。スピードも変わらない。
気をゆるませると、今自分たちがどのような状況にあるか忘れてしまうくらい、普通の雰囲気のもと食事は進んでいる。
少しだけ手元が乱暴なのと、交わす言葉がないのは特徴といえば特徴だ。
しかし、妖精に対しての会話はいつもと同じである。したがって、妖精はこの雰囲気には気づかない。
「……で、何、怒ってんだよ?」
食事が一段落したところで、ダグラスがエリーに訊く。
「………なんでもないよ」
「何でもないわけねえじゃねえか。口も利かないで、そんな顔をしてるんだからさ」
テーブルの上に肘をついてダグラスはエリーを見やる。
「………そんな顔ってどんな顔?」
「変な顔」
むっとしてエリーはダグラスを睨みつける。
「もっと変な顔」
視線を外して横を向く。すると、興味津々といった様子でこちらを見ている妖精と目が合った。
バツが悪くて視線を元に戻すとにやりと笑っているダグラスと目が合う。
「なんで笑ってるの……」
仕方なしに下を向いて尋ねる。
「変な顔だから」
「変な顔じゃないよっ!!」
きっと上を向くと、相変わらず笑っているダグラスがいた。頭に血が上って、手が思わず出る。
エリーの手がダグラスの頬に届く寸前、笑いながらダグラスが手首を掴んだ。
「痛いよ。離して」
「じゃあ、教えろよ」
「嫌」
「じゃあ、俺も嫌」
「子どもみたいなことやめてよ」
「嫌」
ようやく現在の状況が飲み込めたのか、妖精が椅子の上から降りて、入り口の扉へ歩いていく。
「どこ行くの?」
「ちょっとお外〜。今日中には帰ってくるからね〜」
エリーの問いに、朗らかな声で妖精は答えた。
どうしてあの雰囲気には気づかないのに、こういう雰囲気には気づくのか。雇い主が不利の時に限って彼らは出て行く。ダグラスと何か契約してしているのではないか、と深読みまでしてしまうくらいに。
「………」
「…………」
しばらくの静寂。
「離してよ」
「嫌」
「離して」
手首から手にダグラスの手が移り、こんな時なのにドキドキしてくる。
怒ってるんだから。怒ってるんだから。
心の中で繰り返し呟く。
ダグラスの手の誘導で、エリーの手が、ダグラスの頬に触る。
ピクン、と震えたのがばれてしまっただろうか?
「何怒ってるんだよ」
「だって、ダグラスが……」
「俺が?」
「誕生日おめでとうって言ってくれないんだもん」
思わず小さくなってしまった声と赤くなってしまった頬が恥ずかしさを増殖させる。
ダグラスがぷっと吹き出した。エリーは、緩んだ手から自分の手を逃がす。そしてこの場から逃げようかそれともダグラスを睨もうか、少しの間逡巡したのが間違いで。
テーブル越しに身体を引っ張られて、バランスを崩したエリーの耳元でダグラスが囁く。
「…………」
「………馬鹿っ」
慌てて体の体勢を整えて、ダグラスに怒鳴りつける。
「言ってくれたら言ってやるぜ?」
ダグラスは、何でもないように言ってきた。悔しい。何とかしたいけれども。
でも、「おめでとう」の一言で幸せになるのがわかっているから。わかってしまっているから。
今日は、負けということでも勘弁しておいてあげよう。
手招きすると、ダグラスが嬉しそうに顔を寄せてきた。エリーは小さく深呼吸をする。聞こえるか聞こえないかギリギリのラインで小さく呟く。
「………………」
最上の笑顔をダグラスの顔に浮かんだのがエリーにもわかった。
「誕生日、おめでとう」
言い返された言葉で、エリーも笑顔になる。
喧嘩の内容も、今までの言い合いも、恥ずかしかったことも、勝ちとか負けとか何もかもどうでもよくなってしまう極上の時間。
今年は、最上のバースデイ。
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