The memory in the lost past

13歳 入隊(1)


「今日、どんな奴が来るのかな」
 城から少し離れた建物の一室で、制服に袖を通しながら男たちは話している。体格の良い男たちが多い中で、ラギンの成長途中の体は目立っていた。しかし、制服を着る動作は慣れたものだ。手早く上着を羽織るとボタンを留め、イヤーカフを耳につける。銀の地に紺で十字架が描かれているイヤーカフは、人差し指にはめた指輪と揃いだ。まわりを見れば、男たちも同じものをつけている。ただし十字架の色は、ラギンの周りにいる数名だけが紺で、残りの多くは黒だった。
 この国トゥールフォートの中枢には6者と呼ばれる者たちがいる。<主君>を中心としたそのその6人が国を動かしているといっても過言ではない。6者には少ないもので100人、多いものでは500人の配下と呼ばれる部下がおり、その証としてイヤーカフと指輪が与えられている。十字架の色は所属や身分を表しており、例えばラギンのつけている紺は副長直属の小隊であることを示している。それぞれの6者によって多少の違いはあるが、黒よりも紺の方が上位であることは変わりはない。
 もう一つ身分を証明するものとして、マント留めがある。これは6者の誰に仕えているかを示すもので、ラギンの持つ赤い石は<戦の者>所属という意味だ。<意志の者>は青、<衛の者>は緑、<癒しの者>は白、<裁きの者>は黒の石を持っている。正装にならない限り身につける者は少ないが、それでも試験に合格し任命された時に授与されるその石をイヤーカフと指輪同様大切にしない者はいない。
「ラギンもようやく勤務?」
 その赤い石でマントを留めた男が、同じくマントを羽織り終えたラギンに話しかけた。実用的というよりも装飾に凝った長剣を腰に差しながらラギンは頷く。
「そうだよ」
「まるまる1年か。それでもまだ13だっけ? 若いねえ」
「俺んとこの餓鬼とそう変わらない」
 歳若の男が唸っていると、30半ばと思われる男が顎鬚を触りながら呟く。その言葉に憤慨して、ラギンは言い返した。
「アーシュの子どもってこの前6歳になったばかりだろ。俺と一緒にするなよ。もう13なんだからさ」
「なにが『もう』だよ」
「そうだ。まだじゃないか」
「うるさいって」
 頭を叩(はた)かれるのを避けるようにラギンが男たちの腕から逃げる。しかし、狭い室内の中だ。後ろで着替えていた人物にぶつかり、少年はあわてて頭を下げた。
「あ、ごめん」
「い、いいえ! こちらこそすみませんでした!」
 ぶつかられた男は、ラギンよりも20歳は歳をとっていただろう。けれど、ラギンに対して直立不動で謝ってきた。それに戸惑って救いを求めるように男の周りを見回せば、敬いとも恐怖ともとれる視線を向けられる。13歳で<戦の者>になったためなのか、次期<主君>であるからなのか。おそらく後者なのであろう。
 ラギンがため息をついたのを、他の仲間たちは見逃さなかった。先ほどのアーシュがポンと思い切り背中を叩いて、緊張しきっている男からラギンを逃す。
「悪いな。子どもだからさ」
 にやりと笑って謝ると、少しほっとした顔をして男は頭を下げた。
 こうして間に入ると、改めて少年と黒の十字架を持つ男たちの間に高い壁が存在することを実感する。紺と黒の間に確執がないとは言えないが、それでもそれほどひどくない。
「子どもじゃないって言ってるだろ」
 拗ねた声を出して、そのままラギンは扉に手を伸ばす。それに被せるように他の男たちが「子どもだろ」と声を上げた。
 それで、緊迫した雰囲気が解ける。
 決して悪い方向に向かってないとアーシュは思う。始めは同じ部屋で着替えることすら彼らはできなかったのだ。それに比べればかなり壁はなくなっている。そのうち、ラギンが望むような関係が築けるかもしれない。
(ま、築くよりも先に偉くなっちまうかもしれないけど)
 13歳で副長直属の小隊員。上を見れば、小隊長と副長と、そして<戦の者>しか地位は残っていない。きっとラギンはあっという間にそれを駆け上がるのだろう。それだけの技能や魅力は持っている。そして、時間が経てば<主君>になるのだ。
 そう思って、アーシュは廊下へと足を進めた。


 同じ建物の一室に、男たちは集まっている。
 皆一様に紺の十字架をつけていた。人数はおよそ20人ほどだ。若すぎるラギンを除いても、平均年齢はそう高くはなく、30代前半といったところであろう。ちらほらとだが、20代前半だと思われる青年もいる。
 総じて背の高い男が多いが、それでも全員ではない。筋骨隆々とした者もいれば、一見くみやすしと思わせる者もいる。ただ少しでも武道を嗜んだ人間から見れば、ここにいる人間に戦いを挑もうとは思わないだろう。彼らは<戦の者>副長直属の小隊員、すなわちこの国の戦士の中でも最強の集団なのだ。
 ラギンがこの小隊に入隊したのは3ヶ月前のことである。本来なら入隊試験後すぐ普通の小隊員から始まるべきなのだが、周りに及ぼす影響も考慮されて、9ヶ月は所属なし、その後は副長直属の小隊に配属が決まった。技能的なことを考えても甘いところは多々あるものの問題はなかったし、なによりも普通の小隊長には御することは難しく思われたからだ。
 次期<主君>の入隊に、さすがの男たちも最初は戸惑った。本来なら守るべき側である人間が自分たちの後輩として入ってきたからである。しかし、訓練を通しこの子どもが逸材であることを確認すると、男たちからすぐ戸惑いは消えた。今ではすっかり慣れたもので、軽口に「<主君>のくせに」と交じらせることすらある。
 ただ、年齢が年齢であるということ、帝王学を始めとする勉学を修める必要があることから、ラギンが実際に勤務にでるのは今日が始めてだった。先程の更衣室での件で最高とまではいかないが、それでもラギンの気分は高揚している。
「まあ、そう緊張するな」
 からかうようにアーシュが言えば、それに追随する形でまわりの男たちから声が飛ぶ。
「どうせ大したことはしないんだから」
「様子見、様子見」
「緊張なんかしてないってば!」
 男たちの言葉に余裕をなくしてラギンが怒鳴ればそこから笑いが起こった。普段ふてぶてしい子どもが普通に緊張しているのが面白いらしい。
「まあ、普通の警備で何かが起こることが少ないしな」
 腕を組みながらアーシュがそう言えば、周りも頷く。しかし、怒っていたラギンはきょとんとした。
「今日は入隊選抜日だろ? 何で普通なんだ?」
 その言葉を男たちは盛大に笑い飛ばす。
「俺たちはお呼びじゃないんだよ。中央の奴らの管轄だ」
 副長直属以外の小隊は中央と地区と呼ばれる2つのグループに大まかに分けられる。城の周辺一帯を管轄する中央と、その外側を管轄する地区だ。首都を出れば地方ごとにわずかな<戦の者>がいるが、地方出身で希望を出したとか、違反を犯したという理由がない限り、派遣されることはほとんどない。
「でも、今年はわからないって話。去年より希望者が倍増してるらしいし」
 内緒話をするように、男の1人がそう言った。先程の更衣室でラギンに話しかけていた人物だ。
「倍増? 本当かよ、ミルハ」
「確実。事務のお姉さんに聞いたから。ま、誰かさんのせいでしょ」
 ちらりとミルハの視線はラギンに注がれた。その視線に合わせるように男たちもラギンを見ると、合点がいったらしく各々頷いている。1人わからないのが当のラギンだ。
「何だよ。何の話?」
「…………」
 生ぬるい笑みを返されるだけで答えは返ってこない。ラギンはさらに問いかける。
「ねえって。何の話なんだよ。答えてよ、ミルハ。なあって、アーシュ!」
「まあ、ね」
「何事にも普通が1番ってことだな」
 名指しされた2人も曖昧にしか答えない。
「余計わかんないって!」
 その時、部屋の扉が開いた。
 そこから1人の男が入ってくる。それを確認した男たちは、今までの会話を打ち切り、すばやく隊列を組み始めた。緩んでいた空気が、瞬間的にぴんと張り詰める。
 ラギンも納得しないまま、雰囲気に従い、列の後方へと急いだ。



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