The memory in the lost past

12歳 出逢い(1)


「まあったく、あんなことなんでやらなきゃいけねえんだよ。ラダムのじいさんのばかやろう」
 そうぼやきながら、少年は川沿いを歩いていた。
 日に透かすと赤と見紛う茶色の髪。同じ色彩を持つ意志の強そうな瞳。しかし、今は歳相応の不貞腐れた表情をしている。腰には幼い顔つきに似合わない長剣。しかし、本人は気に留めた様子もないことから、最近佩(は)わせたばかりではないことがわかる。
 少年の名は、ラギン・ファイ・トゥールフォート。若干12歳にして職名である“ファイ”を授かったこの少年は、本来なら今城の中で大人しく講義を受けているはずだ。しかしながら、ラギンは半刻前にそれを放棄、こうして城の外へ逃亡している。
「ラギン・トゥールフォートだな」
「………誰だよ。あんたら」
 突然、少年の前にゴロツキ風の男たちが立ちはだかった。陽を遮られ、訝しげな表情を見せたラギンは、恐れることなく無遠慮に言葉を返す。
 城からは少し離れた場所で周りに何もないため、人の通りもほとんどない。第3者が騒ぎを聞きつけても、この場に駆けつける頃にはすべて終わるだろうと男たちは思っていた。何しろ、こちらは5人いるのだ。相手は子ども1人だけ。勝負は見えている。
「誰でもいいじゃねえかよ。俺たちゃ、雇われただけさ」
「坊やを殺してくれってよ」
 けけけと笑いあう男たちに、ラギンはため息をついた。雇った人間が誰かわからないが、とりあえず相手が引くことはないらしい。
「えーと、言うだけ無駄だと思うんだけど、一応いい?」
「冥途の土産か? 何でも聞いてやるぜ」
 勝利を確信しているのか簡単に承諾がでた。それを受けて、少年は口を開く。
「あのさ、嫌なんだけど俺って一応次期<主君>ってやつだからさ。こういうのって反逆罪になるんだ。反逆罪って結構罪重いよ? いいの?」
 その言葉に男たちは笑い出した。
「なんだ、坊や。俺たちの心配か?」
「お前が<主君>の息子だってことはわかってやってるさ。金もちゃんと貰ってるから安心しな」
「……だったらいいんだ。前にさ、そんなこと知らないって人がいたから確認しただけだから。んじゃ、そういうことで」
 すらりと剣を抜いたラギンに向かって、男たちはそれぞれの獲物を取り出す。その行動を静かに観察しながら、少年は剣を構えた。
 刹那、ラギンに向かって右からナイフが飛んでくる。それを半歩下がって避けると、投げた男の元に駆け寄った。そして一振り薙(な)ぐ。予想以上の速さで行われた攻撃に反撃できないまま、男は倒れた。
 それに逆上した別の男が襲い掛かってくる。振り下ろされた剣を、自分の剣で受け流れを逃がし、そのまま懐に入り込んで、鳩尾を剣の柄で殴った。殴られた男は激痛に耐え切れず、膝をつき倒れこむ。
 その時には、ラギンはもう次の相手に向かっている。さしたる抵抗もできないままに、3人目が倒れた。残るは2人。息をあげることなく、ラギンは次へと斬りかかる。
 右、左、右と攻撃してくる少年をかろうじて受け止めながら、男は舌打ちをした。こんな腕がいいなどとは聞いていない。雇い主は、ただの生意気な子どもだと言っていたのに。
 動揺は命取りになる。それを見逃すことなく少年は剣を叩きつけてきた。男は衝撃に耐え切れず、剣を地に落とす。これまでかと思った瞬間、少年の後ろにいる仲間が見えた。その口が動いている。声はここまで届かないが、やろうとしていることはわかった。奥の手を使うのだろう。自然と不敵な笑みが浮かんだ。
「バスカール」
 名前を呼ばれて男は少年の視界から姿を消す。驚愕した表情が少年の顔に浮かんだが、それを楽しむだけの余裕はない。少し遅れて、炎がラギンの立っている場所を襲った。
 爆発音と白煙。炎の精霊、サラマンダーが襲った跡だ。ただ、召還者の魔力が少ないためにサラマンダーをそのまま保つことはできない。一発勝負だったが今はそれが大事だった。煙が晴れれば少年が倒れているはずだから。
「馬鹿な!」
 しかし、ラギンはその場に立っていた。しかもどこにも傷は見えない。それには、魔法を使った男も、もう一人の男も驚きで棒立ちになる。
「……おっさんたち、俺のこと本当に知ってるの?」
 呆れたような少年の声。同調するように「きゅう」と鳴いたのは少年の足元にある炎の塊だった。いや、それはラギンを襲ったはずのサラマンダーだ。
「ば、化け物……」
 思わずこぼれた言葉は本心だった。魔法を食らいながら無傷でいることなど常識ではありえない。敵が放った精霊を、自分のものにする人間がいるなど考えたこともない。
 少年が一歩前に出た。
「改めて自己紹介をしようか? 俺の名はラギン・ファイ・トゥールフォート。たまに“炎の王に愛されし子”なんて呼ばれるけどな」
 男たちは愕然とする。ファイという職名は<戦の者>配下である証。武術に優れた者の中から選ばれる精鋭の1人であることを意味する。
 そして“炎の王に愛されし子”という噂も聞いていた。炎の魔法に対する絶対防御を持ち、この国一番の召還者<意志の者>でも難しいとされる炎の王を召還することができる人間。そんな奴はいるはずがないと、ただの噂だと思っていたが、今目の前に立つ少年がそうだと言う。
 恐怖が全身を走り抜け、男たちは本能のまま逃げた。
 男たちは子どもだからこの依頼を受けたのだ。身分が高くても子どもは子ども。だから簡単だと思ったのだ。<戦の者>配下であるばかりか最高の召還者に対して戦うなどとは思っていない。
「まあ、反逆者ってやつだからさ。……サラマンダー」
 ラギンが声をかけると、炎の塊は何倍にも膨れ上がり男たちを襲った。さきほどよりも大きい爆発音が聞こえる。その規模に少しばかり眉をしかめて少年はため息をついた。
「やべぇ。やりすぎた」
 城の方が少し騒がしくなっている。ここを見つけられるのも時間の問題だろう。
 少年はできるだけその場から自分の痕跡を消すと、いつも出かけるのとは違う方向に向かって走り去った。きゅうい、とサラマンダーがその後を追いかける。



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