「よう、いらっしゃい。・・・なんだお前か」 飛翔亭の扉を開けると、そんな声がダグラスにかけられた。その方向に目をやると、カウンターにはディオとクーゲルがいつものようにグラスを磨いている。 「俺で悪かったな」 憎まれ口を叩いて、店内に入る。見渡すと、ハレッシュが視線だけであいさつをしてきた。 「ダグぅ。ここどこ?」 ダグラスの後からエリーが入ってくる。辺りをきょろきょろしているが、怖さは感じていないようなので、とりあえず胸を撫で下ろした。ここで泣かれたら対処方法がわからない。 「おい、ダグラス。子どもをこんなところに連れてくるな」 クーゲルが苦い顔で言った。ダグラスは思わずエリーを見下ろす。 「子ども・・・。ま、とりあえず飯くれよ。2人分。ほら、おいで」 難しい説明は後に回して、とりあえず腹ごしらえをするために注文し、カウンターに腰を下ろした。隣を見ると、エリーが椅子に座れずに苦戦している。ぴょんぴょん跳び上がって椅子の上に乗ろうとしているが、真上に跳んでいる所為でいつまで経っても座れる気配をみせない。 「危ねえぞ、ほら」 身体を持ち上げて、椅子に座らせる。「きゃあ」っとエリーは小さく悲鳴を上げたが、無事に座れたのを確認すると、ダグラスに「ありがとう」とにっこり微笑んだ。 「ほら、できたぜ」 ディオが簡単な料理を2人の前に差し出す。ついでにクーゲルが、ヨーグルリングをエリーの前に差し出した。 「そんなん頼んでねえぜ」 ヨーグルリングを視線で指しながら、クーゲルに問い掛けるとすました顔で「サービスだ」と返される。口では迷惑そうなことをいいながら、実際にはこの小さな客が気に入ったのだろう。矛盾した行動にダグラスは小さく笑った。 「おいし〜い」 エリーが目を輝かせてヨーグルリンクを飲む。その様子を見ていると、「ダグラスも飲む?」と差し出されて、苦笑いをしながら辞退した。 そのまま、料理に手を伸ばす。 「ところで、ダグラス。その女の子は誰なんだ?」 ディオが尋ねて、ようやくダグラスは飛翔亭に来た本来の目的を思い出す。口の中のものを飲み込んで、ディオに顔を向けた。 「フレアさん、いる?」 その問いに、ディオは怪訝な顔をする。 「いるが。何のようだ?」 たいした用事じゃなければ呼ばないと言外に忍ばせてくるディオに、ダグラスは苦笑いを返す。 「この子に関係あるんだよ。頼むから、呼んでくれ」 その言葉を信じたのか、ディオはカウンターから姿を消した。クーゲルは興味はありそうな顔をしているが、直接聞いてくるようなことはしない。 ダグラスは少しの間、食事に専念した。 「ダグラスさん。いらっしゃい」 フレアの登場で、店内にざわめきが生まれた。店番でもないのにフレアが表にでてくるのは皆無に等しい。その事実に敏感に反応したのはハレッシュである。 先程まで、まったく興味がないようにエールをあおっていたが、フレアが顔を見せた途端、ダグラスの横を陣取った。 「なんだよ、ハレッシュ。お前には関係ねえだろ」 ダグラスが追い払おうとするが一向に動く気配をみせない。ディオも睨みをきかせていたが、全く反応がないのをみると諦めたらしく、ダグラスに視線を向けた。 「で、私に用事って何かしら?」 フレアがダグラスに本題を切り出す。その問いを受けて、ダグラスはエリーに視線をやった。 「エリー。このお姉さんに、自己紹介しろ」 その言葉に、4人が怪訝な顔をする。 「あたしは、エルフィール・トラウムです。おねがいしますっ」 ぺこり、とエリーはお辞儀をした。怪訝な顔は驚愕に変わる。髪や瞳の色は同じであるが、これは標準的な色なので気にしていなかった。しかし、にこっと笑う少女の顔は、彼らの知っている「エリー」にそっくりである。無言で4人はダグラスに説明を求めた。 「いや・・・、俺もよくわかんねえんだけど、妖精たちに言わせるとなんでも調合の失敗でこんな姿になったらしいんだ」 「へえ」や「ふむ」といった肯定の言葉が返ってきて、ダグラスは飛翔亭に「摩訶不思議」なものが浸透していることを再確認する。別に悪いわけではない。どちらかというと、助かったといえよう。ここで、説明をしろ、と言われても何も言えないのは自分でもわかっている。 「それで、こいつ。妖精がいるとはいえ、工房に1人だろ? そこでフレアさんに預かって欲しいと思ってさ」 「それは・・・構わないわよね、お父さん」 「・・・ああ。エリーには世話になっているしな」 ダグラスの頼みを、フレアとディオは了解する。胸を撫で下ろし、ダグラスはエリーの方を向いた。 「エリー。今日はこのお姉さんのお家にお泊りだからな。いいだろ?」 「うんっ♪ わーい、お泊り〜お泊り〜」 無邪気に喜ぶエリーを見ながら、ダグラスは席を立った。カウンターに銀貨を置いて「ごちそうさま」と告げる。 「おう、まいど」 ディオが無表情のまま銀貨を受け取る。その様子をエリーはきょとんとしながら見ていた。 「ダグはどこいくの?」 その問いに、ダグラスは視線を合わせる。 「俺は、家に帰るぜ。また、明日来るからな。いい子にしてるんだぞ」 ぽんぽん、と頭を軽く叩き、その場から去ろうとして扉の方へ歩き出そうとする。しかし、後ろから何かに引っ張られ、それは阻止された。何事かと思って後ろを振り返ると、エリーがダグラスのマントを引っ張っている。 「どうした? 俺が帰れないから離してくれよ。な?」 その言葉にエリーは首を横に振る。ダグラスはディオと目を合わせ苦笑した。ため息をひとつつくと、エリーの瞳を下から覗き込むようにその場にしゃがみ込む。 「明日、一番に迎えに来るから。お願いだから離してくれ」 しばらく時間が経つ。ダグラスがもう一度エリーを説得しようとした時、エリーがようやく口を開いた。 「絶対?」 「おお、絶対だ」 「じゃ、約束」 そう言って、エリーは小指を差し出す。小さい指に自分の小指を絡めながら、ダグラスはにこりと笑った。つられて、エリーも笑う。 「じゃあ、また明日な」 今度は後ろに引っ張られることもなく、扉まで歩くことができた。扉を開けて、エリーのほうを振り返る。一生懸命手を振っているのを見て、微笑み軽く手を振り外へ出る。 夕暮れが迫っていた。 |