「ええと・・・ねえピコ。そこの瓶取ってくれない?」 その時、調合は緑の属性から青に変わる瞬間だった。いつもの変化とは少し違う様子を見せている。どうしてもその反応から目が離すことができずに、エリーは妖精に次のアイテムを頼んだ。 「うん。これだね。はい、どうぞ」 ピコは2年前から雇っている。2年もあれば、この工房の隅々まで知っているだろうとエリーは思って頼んだし、それは事実であった。 しかし、エリーのミスをカバーするほどの経験は積んでいなかったのである。 「ありがと」 受け取ってろくに確認をせず、エリーはその瓶の中身を注ぎ込んだ。すると、青色を確立しようとしていた調合物が、みるみるうちに濃紺に、そして灰色を帯びてくる。 「え?」 思わず呟いて、エリーは瓶を確認した。みるみるうちにその顔色が青くなる。 「あ、アンコクスイ?」 今やすっかり真っ黒な物体と化した調合物からは、白く異臭を放つ煙が上がり始める。 「ピコ、ポエポエ、逃げなさい!」 火にかけていないのに、底から沸々と気泡が沸く。妖精たちの安全を確保し、エリーが自分も逃げようとして扉に向かった瞬間、その場につまずいて転んだ。 いつもならただの失敗だが、今日は最悪の失敗である。 「うう・・・ついてない」 調合物は臨界点を迎え、エリーを巻き込んで爆発した。 ダグラスは、その時飛翔亭に向かっていた。 ドンという鈍い音。 もくもくと上がる白煙。 その位置を確認して、ダグラスは走り出した。 心配しなくても、彼女はあっさり逃げているような気がする。前にもあった。息を切らせて、慌てて彼女の工房に行ったのに、あっけらかんと「何しに来たの?」と言われたことが。 またそうなるかもしれないが、しかしダグラスは走らざるを得ない。 (ちくしょう) どうしようもなく惚れていることは自覚している。致し方ないとも思う。だが、あまりにも最近振り回されていると思うは気のせいだろうか。 角を曲がって、彼女の工房が見えた。 いつもの爆発だと思ったらしく、あたりの人もあまり気にしていない。 (また、俺の思い違いかよ) ダグラスは拍子抜けして、力を落とした。しかし、ここまで来て何もしないのも癪なので、とりあえず茶だけも飲んでいこうと思い、扉をノックする。 「・・・・・・」 返事がない。先ほどの爆発からして、中にエリーがいるはずである。居留守を使われたか、と思ったが、調合は爆発で終わっているはずだから、その可能性は薄い。 もう一度叩く。 「・・・・・・」 ノブに手をかけまわした。ノブは抵抗することなく、ゆっくり回る。 (開いてるじゃねえか) 「おい、入るぞ」 薄暗い部屋の中に足を踏み入れた途端、足元に何かがぶつかってきた。 「おにいさ〜ん」 「おねえさんが、おねえさんがぁ」 妖精たちが口々に何かを言おうとする。その様子から尋常ではないものを感じ取り、ダグラスの顔に緊張が走った。 「エリーに何かあったのか?」 「うにぃ〜。おにいちゃん、誰〜?」 女の子がダグラスを見上げていた。茶色の髪、茶色の瞳。どこかで、見たことがあるが思い出せない。よく遊ぶ子ども達の中にはいないはずである。もし彼らの中にいるのだったら、少なくとも自分のことを誰とは言わない。 「お前こそ、何処からきたんだ?エリーと知り合いか?」 視線を合わせ、優しく問い掛ける。しかし、彼女の口から出た言葉はダグラスの想像を脱していた。 「あたしエリーだよ。おにいちゃんは?」 「は?」 「あたしエルフィール・トラウムっていうの。おにいちゃんは?」 その言葉に、説明を求めようと妖精に視線を移した。その視線を受けて、2人が口を開く。 「あのね、おねえさん調合に失敗してね」 「どーんってしたのさ」 「僕達は逃げたんだけど、おねえさん逃げ遅れちゃって」 「たぶん、転んだんだのさ」 「それでね。おうちの中が静かになったから、入ったの」 「しーんってなったからさ」 「そうしたら、おねえさんがいなくなってその女の子がいたの」 「泣いてたのさ」 「な、泣いてないもん!」 妖精の言葉に女の子が赤くなって怒鳴る。その様子はいつものエリーと重なって、なんとなく信じても良いような気がした。あまり、難しく考えるのは性に合わないし、たぶん錬金術の失敗でこうなってしまったのだろう。 「そうか、泣いてないんだな」 ダグラスはにっこりと女の子、エリーに笑いかけた。 「・・・うん」 たぶん彼女は泣いていたのだろう。しかし、それを他の人に言うほど、負けず嫌いではないということだ。 「お兄ちゃんの名前は?」 にっこり笑った笑顔は知っているものと変わらない。 「俺か? 俺はダグラス・マクレインだ」 「ダグラス・マクレイン? ダグラス、ダグラス、ダグ・・・ダグでいいよね?」 「いいぜ。じゃ、ちょっと外にいこうか。おなか減っただろ?」 「うん!」 |