侵略前線停滞中っ!

二宮金次郎爆破


 二宮金次郎。天明7年生まれ。勤勉というモチーフとともに、現在日本全国津々浦々の学校で銅像として活躍中。
 学校の七不思議に確実に登場するその姿は、勤勉という文字に相応しいと思われる。他の七不思議と違ってトイレの紙をとってくれと頼んだり、音楽室のピアノをガンガン鳴らしたり、なんとなく理科室で動いたり、美術室で顔を寄せ合い雑談をするという単純活動ではなく、薪を背負って本を読みながら校庭を全力疾走するという、意味があるのかどうかわからない複雑な活動をしている。
 まあ、とにかくそんな話が生まれるような銅像だ。
 この学校にも二宮くんは建っている。
 生徒から言わせると「あったっけ?」などと軽く流されてしまう位置のため、その知名度はとても低かったが、それでも彼はそこに建っていた。


 彼に一番初めに気づいたのは、晴樹だった。
 掃除当番で、掃いても掃いてもきりがない落ち葉を集めていた時だ。突然、晴樹が声をあげた。
「おい、祥。アレは何だ」
 その声がかなり緊迫したものだったので、俺としては急いで現場へ向かう。強盗だろうと大量殺人犯でも動じない晴樹なのに、そんな声をあげるなんてよっぽどのことがあったんだろう、きっと。
「なんだ、晴樹」
 そばによって指差す先を見てみると、そこには一体の銅像があった。
「あれは……どこの施政者だ?」
「シセイシャ……? なんだよそれ」
「どこの偉い奴だ、と聞いている」
「二宮君のことか?」
 そこには、片手に本を持ち、薪を背負いながら勉学に励むと言われている二宮金次郎像があった。俺の小中学校にもあって学校の怖い話にされていたが、この高校にもあったのか。初めて知った。
「ニノミヤクン? なんだか偉そうな名前だな」
「違う違う。二宮金次郎て奴で、仕事しながら勉強するちょっと危ない奴の銅像」
「危ない奴の銅像があるのか? 日本というのも不思議な国だな」
「そうじゃなくて。まあ、先生たちから見ればこういう感じで勤勉になれっていうつもりなんだけど、俺たちからしてみるとさ。仕事しながら勉強ってふざけんじゃねえって感じでさ」
「なるほどな。オレのような奴ということか」
「どうしてだよ」
「オレだって侵略を考えながら勉強をしてる」
 ふふん、と笑ってくる晴樹を見て、俺はそういえばと手を打つ。
「そういや、高校生ってのは仮の身分だったな。最近、忘れてたわ」
 晴樹は地球で生まれたわけではない。いわゆる宇宙人だ。それは忘れることが少ないんだけど、地球に来た目的というのは、最近俺たちの中でも忘れられている。
 あんなにひどいことされたのに。
 俺たちって事なかれ主義っていうか、忘れっぽいというか。
 まあ、そのことを一番忘れてそうな人間が偉そうな顔でこちらに笑いかけているけど。目的は憶えてても、やったことは忘れるんだろうな。こいつは。
「お前に忘れられるほど馴染んでいるのだったら、成功だな」
「皇子もたまに忘れられているでしょう?」
 男2人のむさい会話にさらりと入ってきた鈴を転がすようなかわいい声。持ち主は振り返られなくてもわかる。
「亜季、余計なことは言うな」
「差し出がましい真似とは思いましたけど、あまりにも皇子が嘘をおっしゃられているので」
「あのな……」
 結局のところ、この2人はできているのか。できていないのか。
 それは最近の我が1年A組の専らの議題だ。
 晴樹が亜季ちゃんに対してそういった恋愛的感情を持っているのは確認している。俺たちが亜季ちゃんに対して馴れ馴れしくしたり、告白しちゃったりすると、それ相応の嫉妬の嵐が暴力となって襲い掛かってくることは、始めの1週間で体に覚えさせられたからだ。
 そこでポイントとなるのが亜季ちゃんの気持ちだ。
 亜季ちゃんと仲が良いクラスメイトに聞いてみると、皇子という立場に対する尊敬の念はあるし、晴樹個人に対する好意は持っているらしい。ただし、どちらが上なのかはわからないという結論だ。尊敬が上位にくれば、好意はただの好意で終わってしまう。
 晴樹はそれを知っていて、そしてそれを狙っていて直接アプローチをしないのかもしれない。一介の日本人にはわからないが、身分差というものもあるだろうし。
 日ごろの傍若無人さとは別に、晴樹の亜季ちゃんに対する態度はとても紳士的で、かつ線引きをしているように見えるのだ。あれほど自分のものだ宣言をしているのに。
 まあそんなことを言っても、俺たち男の子からしてみれば「それでも上手くやりやがってこの野郎」でしかないんだけど。
「亜季ちゃん、元気?」
 声かけとして及第点な挨拶をすると、亜季ちゃんはにっこりと笑ってこちらを向いてくれる。 「はい。祥さまもお元気そうで」
「お前ら、同じクラスだろう?」
 呆れたように言ってくる晴樹を無視して、俺は亜季ちゃんと会話を続ける。
 同じクラスだからといって、会っている時間が多いかと言えばそうでもない。今日だって、6限の授業のうち、同じ教室で受けたのはたった1時間だ。ついでに言えば、きっかけをつくって話しかけるなんてことは隣に立つ男が怖くてできない。
 だからこうやって話をするのも、ほとんど3日ぶりくらいだ。本当に。
「晴樹も駄目だよな。嘘なんてついちゃ」
「はい、そう思いますわ」
「お前ら……」
 自然に亜季ちゃんの加勢に回る。親友と可愛い女の子がいたら、当然のことだと思うぞ、俺は。晴樹だってそうだろう。だから、口には出すが、手は出してこない。
「なんだよ、晴樹。自分が嘘ついてたからってそんなに恥ずかしがってちゃ駄目だろ」
「祥! ………っ!!」
「うわっ!」
「きゃ!」
 怒鳴り声とともに起こったどーんという爆発音。発生源の方をみると、そこには二宮くんの残骸があった。ぷすぷすとまだくすぶっている炎を見ると、今し方爆発が起こったことがはっきりとわかる。
 それを見て、俺は晴樹の肩をたたき、亜季ちゃんはため息をつく。
「晴樹、これはいくらなんでも」
「やりすぎですわ」
「ちがーう!」
 間髪いれずに否定する晴樹に、俺はいやいやと首をふる。
「俺たち、親友だろ。大丈夫。晴樹が二宮くんを破壊したからって俺たちの友情は変わらないさ」
「私も部下として、皇子についていくことには変わりありませんわ」
「お前ら……」
「偉いね、亜季ちゃん」
「そんな、祥さまほどではありませんわ」
「オレじゃないと言っているだろう!」
 晴樹はぜいぜいしながら大声で否定をした。違う? この学校に二宮くんを破壊するくらいの力をもってるのは晴樹くらいしかいないと思うんだが。
「お前、だって前科もちだし」
「あれはあれ。今回は今回だ。だいたい、オレがこんなことをして何の得がある」
「ストレス解消」
 間髪いれず否定をすると、晴樹は言葉に詰まったらしい。
 本当のところを言えば俺としても、晴樹がストレス解消の一環として二宮くんを爆破するとは思えない。
 けれど、あまりにもタイミングよく爆破が起こったということは否定できない。怒鳴った瞬間に、なんて言えばこの学校の8割方の人間が、晴樹が怒りにまかせて爆発させちゃったんじゃないか、と思うと思うし。それだけの力持ってるんだからさ。
「…………」
 怒りが浸透したらしく、ひどく冷たい眼になりながら晴樹はこちらを向いた。なんだよ、やる気か?
 お前の方が強いかもしれないが、こっちにも戦法というものがある。頭を使った戦闘なら俺の方が上だ。それでもやるんだったら、やってやるぞ?
「ねえねえ!」
 睨み合っている俺たちに場違いな声がした。そちらを見てみると、爆破された二宮くんの傍に女子が1人いる。亜季ちゃんに関する情報源のクラスメイトだ。
「なんだよ、莱利」
 晴樹の方に気をつけながら(なんか攻撃をしかけられるかもしれないし)、そっちに叫ぶ。亜季ちゃんも気になるようで、声をかけている。
「どうしたの?」
「なんか変なものがあるんだけど!」
 その言葉に俺と晴樹の緊張が解けた。相手よりも変なものが気になったからだ。敵から親友へ。あっという間にシフトをすると、顔を見合わせて頷いた。二宮くんに向かって歩く。その3秒後。
 いきなり二宮くんの爆破跡に白煙があがった。そして大きな地鳴り。
「きゃ!」
 さらに、莱利の悲鳴が聞こえた。思わず叫ぶ。
「莱利! 大丈夫か!」
「莱利!?」
 風が煙をなぎ払って、ようやく視界が開ける。その光景に愕然とした。
 二宮くん(銅像)に捕らえられている莱利がそこにいる。二宮くんは背中に薪は背負っているが、右手の本は何故かナイフ(だけど銅像)に変わっていて、莱利の腰に左手をまわしていた。
「莱利!」
 亜季ちゃんの声が悲痛に響く。俺たちも二宮くんを睨みつけた。
「酷い奴だな」
「ああ、本当に。何を考えてるんだ」
 喉がからからと乾いている。声を絞り出すようにしているから、唸っているように聞こえるかもしれない。
 俺たちの視線は一点に集中していた。確認しなくてもわかる。晴樹もきっと同じことを考えているはず。俺たちは、親友だし。
「あの左手……」
「なんて……」
 視線の先は、二宮くんの左手だ。ただそれだけに注がれている。
「なんて羨ましい奴なんだ」
「俺だってあんなことまだしてないのに。畜生、二宮め!」
「祥! はやるな、オレだって思ってた」
「俺が、俺の腰が……」
「誰の腰だって?」
 気がつくと、エキサイトしていた俺たちの言葉に囚われの姫君は思いっきり冷たい目を向けていた。銅像に捕らえられたショックよりも、そっちの方が強いらしい。
 背中を冷たい汗が流れる。やばい。最上級にやばい。ここで怒らせるのは得策ではないことくらいは、怒りに燃えた俺でもわかった。しどろもどろになりながらも言い訳をしていく。
「いや……莱利。まあ、落ち着け。俺の腰なんていってないぞ、俺は。それは、ほら、晴樹の心の声で」
「おまっ! 祥! オレはそんなこと言ってもないし考えてもない。すこーし羨ましいと思っただけだ。そんなこと思うのは祥しかいないだろう? ……莱利くん、すまない。今助けるから許してくれ。お願いだ」
「なんだよ、お前。親友を売るのか? 俺とお前は一心同体だろ?」
「わけのわからないことを言うな! お前の罪をどうしてかぶらなければいけない!」
「あのー。ちょっといいですかー?」
「よくない!」
 俺の声と同時に晴樹の力が爆発して、声をかけてきた対象を壊した。ほらみろ、お前はそういう暴力的な奴なんだ。今みたいにさっきも二宮くんを壊した………あれ?
「……けほっけほっ」
 莱利が咳をしているが、隣に立っているはずの二宮くんはいない。亜季ちゃんがあわてて駆けつけている。
 やっちまったか。
 俺はため息をついて隣に立っている晴樹を見た。その顔は、こちらをみて苦笑いしている。
「祥。今の声は……」
「わかんねぇよ。知らないからな、俺は」
「まあいいとするか」
「しとけしとけ。壊しちゃったんだからどうにもならないしな」
 それよりも大事なことは、女性陣へのフォローだ。
 掃除は俺たちだけでやらなければならなくなるだろう。帰り道には、何か奢らなければいけない。それで機嫌を直してもらえるなら安いものだ。
 それでも、このだだっ広い場所の落ち葉掃きの大変さと財布の中身の行方を想像して、俺は泣きたくなった。秋の風が、身に染みる。
 裏庭の二宮金次郎像が夜中にこそこそ泣き続けるという怪談ができたのは、それからしばらくしてからだったが、まあそれはどうでもいい話である。



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