侵略前線停滞中っ!

校庭に犬が乱入


 まぶしい夏バージョンにそろそろ別れを告げ、すべてを覆い隠す冬バージョンに成り代わろうとしていた9月下旬。それでも、残暑のおかげか、まだ夏用を着用している女子生徒は多かった。ありがとう残暑、ありがとう太陽。
 少し向こうで固まっている体操服の群れ。ハーフパンツから伸びる脚が、俺の心をぎゅっとさせる。白い体操服が、俺の体をぎゅっとさせる。ああ、いい。素敵だ。
 と思っても、別に俺はやばい人間ではない。普通の男子生徒として当然のことだ。まわりのやつらだってみんなそんなことを思っている。まあ、例外というのはどこにでもいるもので、俺の隣で準備体操をしている晴樹はそんな奴の一人だった。
「なあ、お前。本当に何も思わねえの?ぎゅっとかきゅっとかどきっとか」
 膝の屈伸をしながら、晴樹に話しかけたら怪訝な顔をされる。
「………なにを考えてるかしらんが、女は星に戻れば選び放題だ。そんなオレが何故そんなことを思わねばならん」
「選び放題なの? 女の子を?」
「おい、晴樹。まじかよ。うらやましいな。腐っても皇子だな、お前」
「くっそー。俺も皇子に生まれたかった」
 周りの奴が口々に言う。俺も羨ましい。それは俗に言うハーレムじゃないか。
「……てことはさ、亜季ちゃんもそういう一人なわけ?」
 アキレス腱を伸ばしながら、俺たちはもう一度女子生徒のほうへ視線を動かす。その中の一人、亜季という少女は、でるところはでてひっこむところはひっこんでいる美味しい身体を動かしていた。準備体操のようだが、どこか危なっかしい。隣の少女が動きを見ては笑っている。
「亜季は部下だ。そういう女たちとは違う」
「じゃあ、亜季ちゃんを見たらドキドキするだろう、やっぱり。夏の体操服。これは素敵アイテムですよ」
 晴樹はさらに怪訝な顔になり、首を横にかしげた。首の運動のついでだ。そのままぐるりと回す。
「……亜季の普段の格好の方が露出してるから何とも思わん」
「なんだってー!!!」
 思わず全員で大声をあげた。準備体操なんてこの際やってられっか。女子がこっちを見た気がするが気にしちゃいられない。俺たちは晴樹のまわりをぐるりと囲むとその場にしゃがみこんだ。晴樹もつられて座り込む。
「ふ、普段の格好って。ノースリーブにミニスカートとかそういう格好なのか、やっぱり」
「なんだそのノースリーブとかいうのは」
「ああもう、これだから宇宙人は」
 単語を理解しない晴樹にイライラしながらも、クラスで一番絵の上手い奴が地面に絵を描く。ロングの髪は亜季ちゃんを彷彿とさせた。少し際どいノースリーブと短めのミニをはかせて、こんな感じの服と説明をする。
 おお、いい出来。と外野から声があがった。確かにこんな服を着ていたら、それだけでもういいと思うだろう、そんな感じだ。わからない? 知るか。心でわかれ。
「……いや、亜季は一応機能性というか動きやすさを重点においてるから」
 晴樹がポツリとつぶやくと、描かれた絵を修正していく。
「あんまり露出しても防御的にはよくないんだけど、動きやすいらしい。で、そっちのほうが好みらしくて」
 そう言いながら出来上がった絵は、ビキニのようなほとんど布面積がない服だった。
「ちょっと待て、これは水着だろう」
「だから普段着だって」
 ノリノリだった俺たちもあまりの事実に愕然となる。あんなプロポーションでこんな服着られたら俺だったら黙っちゃいない。
 ふつふつと沸いてくるのは怒り。それはここにいる全員が感じているらしく、雰囲気が暗い。ドロドロ、と効果音がでてきそうな感じだ。恨みも入っているかもしれない。
「お前、いつもこんな亜季ちゃんと一緒にいるのかよ……」
「犯罪だ、犯罪者がいるぞー」
「敵だ、俺たちの亜季ちゃんを返せ」
「わけのわからないこと言うな。あれは、オレのだ」
 騒ぎ立てる周りにむっとなるムルト星皇子さま。しかし待て、その台詞は聞き捨てならない。オレのとおっしゃったか、貴様は。
「ひどーい。亜季ちゃん可哀相」
「女の子を所有物扱いするのはいくら皇子さまでもいけないと思いまーす」
「いけないと思いマース」
 男たちが盛り上がっているのに気づいたのか、女子がこっちを不可解そうに見ていた。異様な情景こそ男の浪漫。女どもにはわかってたまるか。そうだ、もてることがなんだ。俺たちはあくまでも孤独の戦士。そのためには今ここでやらねばならぬ。やらねばやられるのだ。
 そして復讐に立ち上がった男たちは、晴樹に向かって一言。
「じゃあ、晴樹。女子の集団に向かってダッシュだ」
「なんだそれは」
「いいからいけ、早くいけ。今すぐいけ」
「行かなきゃ殺す」
「そうだ。言って謝って来い」
 殺気だった男集団に押されながら、晴樹が向こうに向かって歩き出す。走れ走れ、という声は無視をしているらしい。だるそうな歩き方だ。
 立ち止まると思い切りブーイング。さっさと女子の前で土下座をしてこい。それまでは我々は敵だ。敵なのだ。さらば昨日までのというかさっきまでの友。また会う日まで。
「よし、これであいつに復讐ができた」
「なんだかよくわからないが、俺たちは頑張った」
「ああ。できることはした」
 俺たちは満足する。お互いに抱きしめあい、自分たちの努力を(晴樹を追いやっただけだが)称えあう。何が何だかわからないが、とにかく俺たちはやったんだ、とその気持ちだけが嬉しい。それにひたりきっていた集団が、その事態に気づくのが遅れたのは仕方ないだろう。
「きゃあああ」
 女の子の悲鳴。さきほどまで集団だったものが、ばらばらに逃げ惑っていた。そこに男が一人。思わずそいつが犯人かと思ったが(すまん、晴樹)すぐに真犯人がわかる。
 一匹の犬が校庭に乱入してきたのだ。
 茶色の遠目から見ても駄犬とわかるその姿がどうしてその場に現れたのかわからない。けれど、犬はいろんな女子生徒に近づいた挙句、最終的には亜季ちゃんとその隣にいた女に愛想をふりまいていた。それを見て、傍にいた男子生徒がぽつりと呟く。
「あいつ、可愛い子見分けてんのかよ」
 それはここにいる男どもの共通の思いだったが、しかしそれよりも大変なのは、その20メートル前に佇む男がいるということだ。さっきまではからかいの対象だったが、現在は恐怖の対象にすり替わっている。
 被害者は、茶色いあいつだ。
「うわ、犬かわいそ」
「怒るぞー。皇子さまのご乱心だぁ」
「今日の体育、中止だな」
 好き勝手に呟いた男たちは、下駄箱へとだらだらと足を進めた。俺もその1人。気づけば女子たちも同じように教室へ戻ろうとしている。さっきまで逃げ惑ってたのに、現金なものだ。
「みんな、ひどいの。結局残ってるのって亜季だけじゃない」
「というお前はいったいなんだ。さっきまで一番近くにいたじゃないか」
 亜季ちゃんの隣で犬に愛想を振りまかれていた女がいつの間にか隣に立っていた。
「あんな危ないところにいつまでもいられるわけないじゃない」
「お前も充分ひどいぞ」
 階段を上る途中、校庭の方で爆発音がする。ふと覗いてみたくなったが、隣にいた女が蹴ってきたので慌てて避けた。
 馬に蹴られて殺されるとかなんとか言われてため息をつく。言われればそうかもしれないが。
「もう少し優しく教えろよ。莱利」
 今度は拳が飛んできた。
 避けるのが面倒だったので甘んじて受けたら「何で避けないのよバカ」と怒鳴られた。じゃあ殴るなよ、という言葉は飲み込む。今までの経験上口答えはしない方がいい。
「はいはい、すいませんねぇ」
 口先だけで謝りながら、晴樹は校庭の請求を誰に突きつけるんだろうと思う。けれど、誰でもいいかと思い直して俺は足を進めた。



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