侵略前線停滞中っ!

宇宙人がやってきた


「ワレワレハウチュウジンダ」
 弁当を食べてほっと一息。親友と中庭でのんびりしていると、目の前にそんなことを言いながら現れた奴がいた。
 いわゆるグレイだ。身長は小さくて、灰色の体で目が大きい。思わず帽子およびサングラスおよびコートを着てその手を捕まえたくなる(2人で)、よく見かけるタイプの宇宙人だった。
 ご丁寧に頭上には空とぶ円盤。ぶいいいん、と音を立てている。
「だからなんだ?」
 ウチュウジンの姿格好に驚くことなく晴樹が問いかける。図太いというかなんというか、まあ仕方ないかもしれない。晴樹はそういう奴だ。
 俺は若瀬 祥。高校1年生。晴樹とはクラスメイトで、少し前に親友になったばかり。常識はずれなところがある晴樹に振り回されるとぼやいたら、クラスメイトの女に「あんたも一緒に引っ掻き回してるわよ」と怒鳴られた。結局のところ俺もそういう奴らしい。類は友を呼ぶんだそうだ。
 そんなわけで、驚くとか怖がることをまったくしない俺たちに、ウチュウジンは宇宙光線銃(多分)を突きつけた。そしてお決まりの台詞を吐く。
「コノチキュウヲセイフクシニキタ」
「………またかよ」
 俺はぽつりと呟いた。
 いつもいつもそんなんばかりでやってられない。この学校にはなにかそういうのを引きつける磁力でもあるのか。
 いっそ校長か理事長に訴えてやろうか。学校敷地内の徹底調査が必要です。なんか変なものばかり現れます。なんとかしてください。真面目な一生徒より、みたいなかんじで。無駄かもしれないけどこういうのは努力の積み重ねが大事だと、隣の隣に住んでいる爺さんも言っていたことだし。
 そんなことを考えてると、ウチュウジンはにやりと笑って(推測)光線銃の引き金を引いた。シュパっと光が走り、芝生が焦げる。
 うわ、危ね。あんなんに当たったら死ぬぞ、多分。
「コノチキュウハワレワレウチュウジンノモノダ」
 俺たち危機一髪と思ったのもつかの間。
「うるさい」
 ドカ、という音がしてウチュウジンはあっけなくやられてしまった。晴樹が蹴ったんだろう。いつも思ってるけど、こいつって短気だよな。足癖も悪いし。
 だいたい銃持ってる奴を蹴るとは何事だ。なってない、全くなってない。ここはまず恐怖におびえなければウチュウジンだって可哀相じゃないか。
 バタンキューと伸びたウチュウジンを見るとそう思う。本来なら怖がられて悲鳴を聞くこともできたはずだ。それがどうだ、この様だ。この学校のついでに晴樹の前に現れたばっかりに優越感を欠片も感じることなく倒れていってしまった。哀れウチュウジン。安らかに眠れ。アーメン。
 そんなことを思っていると突然空とぶ円盤から光が発せられた。ウチュウジンを回収するかと思いきや、俺たちが座ってる芝生に当たるとドンと爆発する。いわゆる攻撃というやつだ。……俺のさっきの哀れみを返せ。VS円盤なんてやってられっか。不公平だ、不公平。まったくどいつもこいつもなってない奴ばっかで困る。
 キーンコーンカーンコーン。
 ちょうど戦いの鐘の音もなっている。別名・予鈴。あと5分で授業が始まる。なんとかしないとやばい。
「…・・・よいしょっと」
 その場から起き上がると、俺は倒れこんだウチュウジンを右腕に抱えた。転がっている光線銃をこめかみと思われる部分に突きつけ、円盤に向かって叫ぶ。
「聞け、ウチュウジン。こいつの命は俺次第だ。返して欲しくば、この場からとっとと逃げ帰るがいい」
「悪役だな」
 晴樹の声は無視をして、俺は円盤を睨みつけた。悪役でもなんでもいい。効率のいい戦い方。それが俺に科せられた使命だ。ついでに残された時間で片をつけないと、恐怖の罰当番が待っている。
『ワレワレガチキュウヲセイフクスルタメニハ、ギセイモヒツヨウダ』
 円盤から声がした。つまり右手に持っているウチュウジンごと俺たちを抹殺するらしい。仕方ないので、その場に捨てる。必要なくなったら捨てましょう。バーイ公共広告機構。俺って偉い。
『コノホシヲキニイッタ。ワレワレガイチバンニミツケタノダ。ワレワレノモノダ』
「あ」
 少し間の抜けた俺の声は円盤には届かなかった。その前に円盤が破壊されたからだ。
 円盤は今一番言ってはいけないことを言ってしまった。できることならタイムスリップして30秒前に戻って俺が代わりに破壊したい。
 余計なことを増やしやがって。この円盤野郎。
「誰が最初に見つけたと?」
 その場に響く低い声。誰かは見なくてもわかる。晴樹だ。
「おい、晴樹。落ち着けって」
「この星を見つけたのは、オレたちが最初だ」
「知ってるって。あいつらがちょっと間違えただけだよ。きっと。ほら、円盤も壊れたことだし」
「いや、あいつらはわかってない。だいたいこのオレ様に向かって攻撃すること自体間違っているのだ」
 ああ、やっぱり変なモードに入ってる。
「はいはいはいはい。ほら、授業始まるから」
「授業なんか関係あるものか。オレ様を侮辱した罪を償ってもらわなければな。このムルト星の皇子であるオレ様を」
 何をかくそう晴樹も宇宙人だ。3ヶ月前、地球を気に入ったらしく征服しようと手始めにこの学校へやってきた。まあいろいろあって、晴樹と晴樹の部下は転入生として今は生活している。普段は普通の高校生とあまり変わらない。話を聞くと歳も一緒らしいし。一般常識がほんの少し疎くて、ちょっぴり超能力が使えるくらいだ。しかし怒ると、少しとかちょっぴりという言葉がレベルを変える。
 そして晴樹は一番という言葉に弱い。非常に弱い。
 さすがに事実一番の奴に文句を言うことはないが、自分が一番だと思っているものに対して別の奴が名乗りをあげるといろんなことに対して見境がなくなる。
 彼の部下曰く、昔に比べればだいぶマシになったらしいが、それでも普通の地球人から見るとおっかない。破壊そのものもだけど、そのあとの処理の仕方がなんというか一番怖い。
 ちなみに、この前来た宇宙人Xは、乗り物ごと爆破された挙句、現在駅前の土木現場で勤労に勤しんでいる。彼らの賃金の半分は晴樹が乗り物と一緒に破壊した体育館の修理費に充てられ、残りの半分のうちの3分の2が晴樹たちへの上納金だそうだ。借金取立てよりもあくどいな、絶対。
 彼らも一番だなんて言わなかったら今頃宇宙のどこかで茶でも飲みながら「地球は変なところだったねー」なんて話していただろうに。虚しい話だ。
 そんなわけでいつもなら暴走させてその後片付けまで傍観してても支障はないが、今は時間が時間。5限が始まるまであと3分だ。さっさと最終兵器をぶつけてやる。
「晴樹、亜季ちゃんがまってるぞ」
 その言葉に追撃しようとしていた晴樹がぴたりと動きを止めた。「そっか。亜季がな……。仕方ないなぁ」などと言いながらにへらと笑う。だらしのない顔という言葉がよく似合う。けれども、左手の腕時計を確認し、汚れを払い制服を整ると、今までの顔が嘘みたいに優等生の顔になっているのだ。爆破方法とかそんなんよりも、俺はこっちの魔法の方が気になるぞ。
「ウチュウジンも反省しただろう。オレも少々熱くなってしまったな。祥、急がないと授業に遅れるぞ」
 ああもう勝手にやってくれ。
 わかってはいたけど、晴樹のあまりの変わり身の早さに呆れてしまう。まったく亜季ちゃんがいなかったらどうなるんだ、こいつ。神さま仏さま亜季さまさま。あなた、本当にこんな男がいいんですか。
 脱力しながらも俺は教室へと走る。しかし脱力したまま走ってもいつもの速さは出ずに教室80メートル前で無情にも本鈴がなってしまった。優しい優しい古典教師であり担任でもある先生は、俺に罰当番を与える。瞬間移動という裏技が使える晴樹はひとりでちゃっかり間に合ってるし。
「ばっかねー。晴樹くんほっとけばよかったのに。変なところで優しいんだから」
 クラスメイトの女の言葉を背後に受けつつ、
(ウチュウジンなんか滅びてしまえ)
 誰もいない教室を掃除しながら俺は心の奥底からそう思った。



目次