3×3 番外編2
聖夜に奇跡を


「え? 遊べないの?」
 クリスマスイブから2日前。終業式の終わった高校からの帰り道で、遥奈は幼馴染の少年に尋ねた。自転車に乗りながら心底申し訳ない顔をして、久生は頷く。
「悪いんだけど、その日、バイトが入っててさ。本当だったら、遥奈とデートしたいんだよ? だけど、さ」
 バイトの話なんて聞いてないよ、とは言えない。久生はいつもそうだ。
 自分のことは遥奈にほとんど言わない。けれど、遥奈が隠し事をしようと思うととても怒られる。いつもいつもそんな感じで、でも遥奈が追求しようとすると「好きだから」の言葉でごまかされた。秘密主義なのもいい加減にして、と思わないでもない。けど、言えない。
 遥奈が久生を好きだからだ。
(けど、こんなので良い訳ない)
 対等でありさえすれば良いというものではないのもわかってる。ただの幼馴染ではないのだから。
 男は格好つけたがるもので、それを笑って受け止めてあげる必要があるのだと、滔々と友人に説明を受けた。それも理解できる。けど、遥奈は笑っているだけでいいよ、と暗に言われて従うほど馬鹿ではない。
 遥奈だって、思うところもあるのだ。
 たとえば、とてもとても久生が好きだ、とか。
 それを伝えたいのに、うまく伝えられない、とか。
 いつも久生のペースで面白くない、とか。
 せっかくのクリスマスイブ。お洒落をして、久生をドキドキさせて。彼のペースではなく、遥奈のペースで恋人のイベントを過ごして、そして頑張って素直になろうと思ってた。
 だけど、結局はすべて、おじゃんだ。
 色々考えが過ぎったけれど、それでも我が儘は言えなかった。
「そう。じゃあ、仕方ないよね」
 たったそれだけ。
 ほんの少し曇った顔が、口で言えない事を言ってくれただろうか。言ってくれたとしても、多分言われた相手は気づかないだろう。
 相手は、久生だし。
「ごめん」
(ほら、気づかない)
 口ばかりの謝罪。本当は悪いなんて思っていないんでしょう? なんて意地の悪いことまで思ってしまう。
「でも、クリスマスプレゼントは奮発してね」
 にっこりと笑って、言ってやる。
 それに対して久生はうんざりした表情と、そしてほんの少し安心した顔をした。
(あなたは気づいてないんでしょう?)
 そんな顔をしていることなんか。
 ずっと見続けてきた表情の変化くらい、遥奈にだってわかるのに。気づかないと思っている方が悪い。
(知らない、知らない。………知らない)
 それから、遥奈は久生に会っていない。


 メールの音がする。
 12月24日。午後11時20分。
 何度目かはわからなかった。
 だけど、相手はなんとなくわかる。久生だ。バイトも終わったんだろう。
(でも、今日は知らない)
 今日だけは、返事もしないでおこうと思った。メールだって、電話だって気づかないふりをする。けれど、電源を切れないのは多分自分の弱い心のせい。久生が自分を思ってくれている、そんなことを改めて感じられるからだ。
「大好きなの」
 独り言。
 だけど、それが真実の言葉だった。
 頭を冷やそうと窓を開ければ、しんと冷たい空気が入ってくる。視線の先の部屋には明かり。自分の部屋が真っ暗なせいで、よけに暖かく見えた。
「久生、寂しいよ」
 窓際にもたれて、ぼんやりとその風景を見る。どこかの家のイルミネーションがピカピカと光っていた。
 メールを見れば寂しさも和らぐだろう。けれど、見れない。見たくない。
「ジングルベール」
 歌いだす声も寂しげだ。
 辺りを照らしていた月さえも雲に隠れてしまっている。
(ついてないなぁ)
 友人は今頃何をしているだろう。そう遥奈は思った。恋人がいる友人は今頃幸せだろうか?
 自分だって彼氏がいるのに、この寂しさは何だろう。それも相手は、目の前に点いている灯りの下にいるのだ。
「あ」
 遥奈は声をあげた。
 考え込んでいた遥奈の前に舞い降りたのは、一筋の氷の結晶。
 先程から感じていた冷たさは、このせいだったのだろうか。
 雪、だ。
「ホワイト、クリスマス?」
 誰もいないのに訊ねるように言ってしまって、1人で遥奈は赤面をした。雪の降る、こんな夜は素直になれるかもしれない。
 携帯を思わず握り締める。
 さっきメールを受けたのは何分前? 灯りは点いてるから起きているはずだ。今ならまだ間に合うかも。
(でも、どうして無視したのって言われたら)
 そう考えて、心はしぼむ。
 相手は近いけれど遠い。遠くしたのは自分だけれど。
 明日、メールをすればなんとかなるだろう。久生はバイトだろうけど、少しくらい会ってくれるかもしれない。
 それくらいに好かれている自信はある。
 そう思って、遥奈はにっこりと笑った。
「メリークリスマス」
 心はとても澄んでいた。
 それこそが、ホワイトクリスマスの奇跡を起こす方法だったのかもしれない。
 その証拠に、遥奈はサンタを捕まえた。
 するすると、灯りの点いている窓が開く。
「……遥奈?」
「久生?」
 のぞいた顔は遥奈に気づいて驚いた声を出した。遥奈も同様だ。
 ちらちらと2人の間に雪が降る。この調子だと積もるかもしれない。
 数秒後、先に我に返った遥奈が口を開いた。
「ねえ、久生。今からちょっとだけでも、会えないかな?」
「もちろん! すぐ下行くから」
 意気込んで言った久生はすぐに窓を閉めた。あっという間に部屋の電気も消える。
 遥奈も急がなければ久生をこの寒い空の下待たせることになってしまうだろう。それはしたくない。
 慌てて窓を閉めて、コートを羽織り、マフラーを首に巻いた。内緒で買ったプレゼントも手に持って。
 なんで無視したの? と言われたら。
 どうして会いたかったの? と言われたら。
(そんなことを言われるより先に、キスで口を塞いじゃうのはどうかしら?)
 とびきり物騒なことを考えながら急いで部屋を出る。けれど、親に気づかれないように足音には気をつけて階段を降りた。
 こんなに夜遅く家から出るのも、自分からキスのことを考えるのも。本当にいつもなら考えられないことだ。
 それすらも、クリスマスの奇跡かもしれない。
 不器用な彼女に、サンタが贈ってくれた奇跡。
 そしてこの雪が止むまで、きっと奇跡は続くのだ。

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