3×3 番外編
今泉久生に関する一考察


 友人から見た今泉久生は、観察のしがいがある人間と言っても良い。
 容姿の面では文句のつけようはあまりない。特に高いというわけではないが、身長もそこそこだ。初対面でも愛想はいいし、交友関係は広いと思われる。その関係に男女差はあまりないから、特定の女性としか仲が良くない自分や、まわりの女日照りに喘いでいる男どもには尊敬やら憧憬やらの対象になっている。
 ただ、意中の人に対する行動は、見ているこちらが心配になってくるようなものだった。ようやく最近付き合うようになったらしいけど、危なっかしい印象が付きまとっている。今までしていた彼女に好意を寄せる男に対してのあからさまな牽制や妨害が多分原因だと思われるけれど。ついでに付き合うことになった日のゴタゴタも起因しているかもしれない。
「まったく、言葉がたりないのよ。幼馴染だからって甘えちゃってるのよね」
 とは、そのゴタゴタに巻き込まれた(というか勝手に首を突っ込んだ)自分の愛しい少女の発言だ。自分のことはともかく、人のことはよく見えるというのは本当だと改めて感じたことは本人には言えなかったけれど、彼女も自分で気づいているだろう。

 今日の久生は、ひどく落ち込んでいた。
 最近、心配になるほど浮かれていたのでその反動かと思ったのだが、そういうわけではないらしい。ただ、休み時間のたびに目の前にきてため息をつかれるのは止めてくれと思うのは、自分も人間だから仕方ないだろう。
「……はぁ」
 昼食を食べながらも、朝からの憂鬱を引きずったままだ。
「いい加減しつこいんだけど、久生」
 缶コーヒーを飲みながら抗議すると、弱々しい笑みを久生は返してくる。
「悪い。でもさ、朝からあの現場にあっちゃうとさ。やっぱり……」
「だからきっと何かの知り合いなんじゃないの?」
 久生が今朝遭遇した現場はいたってシンプルなものだ。望月さんが自分の知らない男と喋っていた、だけである。ただ、いとしの彼女が自分が紹介したときに「幼馴染です」としか言わなかったとか、その相手が高校生ではなくてどこで知り合ったかわからないような社会人だったとか、そんな諸事情が重なったのが原因らしい。ついでに、その男がこちらを見て馬鹿にしたような笑みを浮かべたとか、望月さんが自分の存在を疎ましそうにしたとか明らかに被害妄想が入っているようなことも言っていたけれど、要はただの嫉妬だ。
 そんなに気になるのだったら、その男と別れた後、望月さんに誰かと訊けば話は早いはずなのに、最悪の結果が怖くて何も言えないらしいのだ。付き合い始めてわずか2週間。傍から見ればそんなわけあるはずないのに、恋する男は臆病だ。久生が特別という気もするけど。
「でも、相手は歳いってたぜ? だいたいどうして高校生が社会人と知り合うんだよ」
「そりゃあ、従兄弟とか」
「あいつの従兄弟はみんな年下だ」
 即答されて、ため息をつく。こういう時、幼馴染というのは便利なのか不便なのかわからない。
「それじゃあ、塾の先生?」
「内部組なのに? というか、先生っていう雰囲気じゃなかったんだよ」
「じゃあどんな感じ?」
 その言葉に久生は首を傾げる。
「……会社いってる感じ」
「………」
「遥奈の態度も先生に対してじゃなかったし。どっちかと言えば近所のお兄さん的なかんじで」
「じゃあ、近所のお兄さんじゃないの?」
「ありえない」
 恋人に対する情報量が多いとかえって不幸かもしれないと心の中で思う。自分の目から見ても望月さんが心移りした様子はないし、その男は本当にただの知り合いなんだろう。けれども、久生は自分が知らないことがかなりの恐怖になっている。普通なら気のせいだろうですむようなことまで、猜疑しなければいけないのだ。
「じゃあ、訊くしかないじゃん」
「だけどな」
「あのね」
 久生の言葉を遮る。
「はっきり言うけど、今の状態ってただ嫉妬してるだけだよ」
 友人の好意として真実を告げると、久生はきょとんとした顔をしていた。自分では気づけなかったらしい。
「………」
 怒鳴られるかなと思ったけれど、久生は黙ったままだ。こちらもそれ以上話すことがなかったので、ただ黙々とパンを口に運んだ。
「………そっか」
 呟かれた言葉は意外にも納得するもので、視線を久生へとやる。それに答えるかのように久生は笑った。
「さんきゅ。なんでだろって思ってたんだって。そっか、嫉妬か。それだったら納得がいく」
「そう? よかった」
「おう」
 笑顔のままで、久生はコーラを飲み干す。それを見ながら、パンのごみを片付けた。ゴミ箱に捨てに行くついでに空き缶を受け取る。「さんきゅ」ともう一度言われ、今度は頷くことで答える。
「それだったらさ」
 そんなに距離もないのですぐに席に戻ると、待っていたとばかりに久生が口を開いた。
「なに?」
「そういう時ってどうすればいい?」
「………は?」
 言われた意味がわからなくて問い返すと、だからと久生は苦笑いを浮かべる。
「嫉妬する時ってさ、どうすればいいんだって。綾人、そういうの得意だろ?」
「……どこから突っ込んだらいいのかわかんないんだけど」
 脱力するというより、疲労を感じた。誤解を解くのが先なのか、久生の変な思考回路を正すのが先なのか。よく考えるまでもなく、前者を選ぶ。
「とりあえず、あのね。僕、嫉妬ってしたことないよ」
「は? だっていつもしてんだろ。柚麻ちゃんもてるし」
 まず嫉妬という言葉を教え込まなければいけないかもしれない。自分の行動のどこをどうとったら嫉妬になるのか説明をしてもらいたくなったが、面倒くさいのでやめた。
「別にもてるのは知ってるけど、柚麻がそれに揺らぐとは全然思えないから嫉妬する意味なんかないし」
「そんなもんなのか?」
「そうだよ」
 そのうち望月さんも同じ心境になるかもね、と心の中で付け足す。ただ、自分の場合は第三者で彼女の場合は当事者だから時間はかかるかもしれないけど。
「まあ、男の嫉妬なんてみっともない以外にはならないからね。そうならないうちに素直に聞いておいたら?」
「そうだな」
 そう言うと、久生は頷いて鞄から携帯を取り出した。
「………なにそれ」
 何をするのかわからずに、携帯から視線を離さずに問えば、当たり前のように答えが返ってくる。
「え。だから、メールで訊こうかなぁと」
「直接言ってこい」
 思わず出てしまった突っ込みに、久生は少しびっくりして――望月さんのところへと行くために席を立った。怪訝な顔をしていたのも、そこまでだ。
 ほんの少し緊張しながら彼女を誘うと、そのまま2人で教室から出て行く。残された自分と、彼女の友人は視線を少し合わせて苦笑した。心配することは何もないのだ。
 そのまま2人は帰ってこずに5限をさぼったことは別の話で、1週間後に同じようなやりとりが繰り返されるのはまた別の話。

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