〜病院で過ごした思い出の日々〜

 

分娩室から個室の病室に戻った。 たま と二人っきりのパパは、 たま を窓際でだっこして1人涙してました。
しばらくすると、助産師さんが新生児用のベビーベッドを持ってきてくれました。
「お母さんと一緒のベッドもいいけど、落ちちゃったら大変だから・・・良かったら使いませんか?」
「え・・使っていいんですか?」     「うん。もちろんですよ。」
私から、言ってないのに持ってきてくれた。普通に生まれた赤ちゃんと同じ扱いをしてくれて、すごく嬉しかった。
小さくて少し赤黒いだけで、色が白かったら全然普通の赤ちゃんと変らない。
かわいい。本当に可愛い。出産と同時に沢山の母性も溢れるように生れてきました。

その後、「ネームプレートもお母さん書いてあげてね。」と持ってきてくれました。
お母さん・・・私、お母さんなんだ・・・そう呼ばれた事が嬉しかった。
ネームバンド(母子用)もちゃんと用意してくれて、 たま の細い足にも一生懸命つけてくれました。
可愛いね。可愛いね。本当に可愛い。親バカになっちゃう気持ち分かる。

体も綺麗に助産師さんと拭きなおしました。背中側が上手く拭けなくて、やってもらったり。
その時、たま を包んでいたバスタオルに、黒いものがちょびっとついてました。
「うんちですねー。初めてのうんちは匂いもなくて真っ黒なんですよ。」
そうなんだぁ。うんちできたんだね。おしっこは出ないけど(T_T)うんちは出来たんだね。
そのバスタオルは、洗わず今でも私のたからものです。

母子手帳にも、胸囲、頭囲、その他記入してくれました。あえて、死産のところ等に○がついてませんでした。
分娩中や、入院中いろんな助産婦さんや看護師さんがお部屋にきたけど、誰一人嫌な人がいなかった。
1人まだ朝も早かったし、引継ぎをしてなかったと思われる看護師さんが、分娩室で親子3人で過ごしていた時、
その様子をみて、「おめでとうございます。」と声をかけてきました。
「あの・・いや・・死んじゃってるんです・・」
その後、すぐ察知して泣きながら「ごめんなさい!本当にごめんなさい!」と言ってきました。
普通なら怒るのかもしれないけど、何故だか私達には、当たり前なんだけど、誰にもそれまで言われなかった
「おめでとうございます」と言われた事が嬉しかった。
そうだ。そうなんだよ、たま。 生まれてきたんだもんね。おめでとう!・・・とその時、受取れた。

みんな、 たま の事を触ってくれて、可愛いねとか、氷溶けてない?(保存の為)とか、小さいたま用に、薄い氷の枕を
お手製で作って持ってきてくれたり、段々、黒くなってしまったけど、次の日少し白さが戻った時、
「きっと赤ちゃん嬉しいんだよ。」って言ってくれたり。「素敵なお産に立ち会えて良かったです。」と涙してくれたり。
ギュッっと私を抱きながら、泣いてくれたりした助産師さんもいた。
分娩後も、生きてる間、ずっと頑張りやさんのいい子だね。頑張れ頑張れ!って声かけてくれた。
「たまちゃん、氷取り替えようね。体拭こうね。」って言いながらお世話してくれたり、
自己満足なのかもしれないけども、本当に、感動しました。
看護師さんや助産師さん、主治医、産婦人科部長といろんな配慮がありました。
各スタッフにきちんと伝達がされてました。
死んでしまってるけども、生きてる子と同じように触れてくれました。

そんな中でも、1つだけ嫌なことがありました。
個室のドアを開けて、私のベッド・その奥隣に たま のベッドがありました。生まれたあと、個室で2日間一緒に
過ごせました。途中、何度か掃除のおばさんが来ました。シーツの取り替えや、タオル・ゴミの取り替え等に、来る
のですが、 たま が部屋にいる2日間は、毎回必要なタオルの交換以外、入室しないと出来ないものは、全部断りました。
確か二人ぐらいで、交代で回ってるようでした。そのうち、1人のおばちゃんが凄い嫌だった(-_-;)
 毎回タオルだけなんだし、それ以外は、断ってるのだから、いちいち聞くなとも思ったし、
個室のドアを少し開ければいいのに、毎回毎回超全開して、「交換いいですかぁ〜?」と来るのです。
さらには、私の目を見て「交換いいですかぁ〜?」と言ってるのではなく、
私の体越しに隠れている小さな たま を必要以上に、体を伸ばして毎回見ようとするのです。

全開した扉の先には、個室があって、向かいのドアが開いてたら、完全中が丸見えです。
そこには、無事生まれた赤ちゃんと同室のママさんがいました。幸い、見られることはなかったですが・・・
普通に生んだ人から見れば、同室に死んだ赤ちゃんといるということは、もしかしたら、非常に変なことなのかもしれません。
ましてや、小さいし。人間誰でも興味本位な部分があるのは、しょうがないとは、思いますが、最初の1度で
いいんじゃないの?きっと違うおばちゃんにも、お話したんでしょう・・違う人も見るようになりました・・
完璧、目線が違うのです。これは、同室してた旦那も、実母も同じく感じたことです。
汚い言葉で申し訳ありませんが・・・「あんたらのお茶のつまみにしてんじゃねーよっ!」と思いました。
たま をその人達から、自然と守ろうとしてました。
いくら掃除のおばちゃんでも、一応医療関係に勤めてる訳だし、直接、入院部屋に出入りしている立場の
人間としてはもちろん、普通の同じ人間として、女として、それはどうなのよ?と思いました。
唯一、私にとっては悲しいいというよりも、ムカツク出来事でした。

悲しみもつかの間、火葬の手続きをしなければなりません。 パパもまだ一緒にいたいのだろうけど、
このあと、一生懸命 たま のためにあちこちと動いてくれました。

その間、実母がついていてくれました。
入院前に、一応ポラロイドカメラを持っていってました。迷っていましたが、助産師さんが
「あとでいい記念になりますから、撮っておいたほうがいいですよ。撮らないでのちのち後悔するママが多いから・・・」
とのアドバイスもあって、撮ることにしました。 たま の姿がいなくなったとき、大きな宝物となると思ったから。
幸い、生まれた次の日は、友引なので、1日多く たま と一緒にいられました。友引は、火葬場がお休みなのです。

その後、旦那に連れられて、叔母さん、義母さん、おばあちゃん が来てくれました。
みんな第一声が、旦那に似てるねって。亡くなったおじいちゃんにも似てるらしい。
全部みてくれて、触ってくれた。当時95歳のおばあちゃんも、はじめは生まれて生きてると思ってたらしく、
「小さくて生きていけるのかい?」なんて惚けたことを言ったのだけど、だんだん分かってきて涙してくれた。
「残念だねぇ・・」あまり涙を見せないおばあちゃんが、よろけてソファに座った。
「縁起でもないけど、おばあちゃんがいずれお墓に入ったらおばあちゃん可愛がってね。
教育係だ。お世話するの上手だからおばあちゃんなら安心だ。」って旦那が言った。
「可愛いね。そうだね。」っておばあちゃんは言った。。。
旦那は、まだ手続き等やることがあるので、3人を車で送っていきました。

たま。 可愛いって。みんなに可愛いって言ってもらえて良かったね。

実母は同時に、私の体も心配してる。疲れない?寝てなさい等々。
私と旦那が分娩室にいる間、代わりに色々火葬の手続きの問い合わせもしてくれていた。
棺は、助産師さんが事前に小さな箱に白い布を貼った手作りの箱を作ってくれていた。
だけど、子供用のレースいっぱいな素敵な棺を手配してくれてた。
分娩室から個室に帰ってから、私はベッドの上でずっと座りながら、新生児ベッドに寝ている たま を
触ったり、話したり、ジーッと見ていた。通常の分娩後は、寝て過ごすことが多いみたいだ。

今すごくわかる。その子供に対する心配な気持ち。でも、ごめん。
今しか たま は、ここにいないの。もうすぐ姿は目の前からいなくなっちゃうの。
だから、大丈夫だから、たまにずっと触っていたいの。色々してあげたいの。
帰ったらおとなしくするから。今日も急いでかけつけてくれた。走ってきたの?ってぐらい早かった。
毎日夜遅くまでありがとう。昔からそうやってうるさいほどに心配してくれた。
私もね、今 たま にそうしてあげたいの。

お昼ご飯が出た。もちろん祝い膳なんかは、出てこなかった。三色ご飯だった。
パックの牛乳がついてきた。たま のベッドの頭のところに置いた。
一口食べる。また一口。あんなに気持ち悪かったのに、あんなに吐いたのに、食べられる。
美味しい。・・・・・・・・・・・・・この時、1人だったので、一気に涙が出てきた。
お隣に聞こえてもいい。声を出して泣いた。
何でこんな時なのに、食べれるんだろう?横では、死んじゃってる赤ちゃんが寝てるのに。
自分が嫌になった。
この世の中に美味しいご飯いっぱいある。この子は、おっぱいさえ飲めなくて、死んでしまった。
死なせたと言われれば、それまでだけど・・・でも、そんな気持ち1ミリたりともない。
これはね、黄色と緑と茶色なのね。だから三色ご飯っていうんだよ。あ、ご飯もまだ知らないか・・・
ご飯っていうのはね・・・・いっぱい説明してみた。だけど、寝ちゃってる。生き返らない!

その後、義弟くんが会社の前に一人できてくれた。
口数は少ないけども、彼なりの心配がすごく顔から伝わってきた。
同居してた頃は、一緒に同じ屋根の下で住んでいたんだもんね。わかる。表情で。
同居解消の時も、義弟くんがいたから今、こうやって夫婦仲良く暮らせてる。
あのままだったら、離婚という道もあり得たのかもしれない。一番優しい子。
触ってくれてありがとう。きっと可愛がってくれただろうに・・・

 そして、死亡届・火葬の予約等一通りおえて旦那が帰ってきました。
「パパ完璧にやってきたよ たま。早く会いたかったよ。」
たま の為にパパ頑張ってきたよ。頼りになるね。

夜、看護師さんの誘導で、葬儀社で頼んだ棺が部屋に届いた。
他の患者さんとすれ違わないように、真っ黒のベルベットの布をかけてそれは届いた。

冷蔵室に入れてる訳じゃなかったので、だんだん生まれた時より、黒くなってきていた。
それでも、ひとちぼっち冷蔵室に保管されるより、一緒にいたほうがいいと思った。
夜、Rちゃんが来てくれた。疲れが今になってドーッと来たのか、プルプルクラクラしてきたので、ベッドに寝ながらだった。
いっぱい触ってくれた。旦那に似てる〜ってやっぱり言われた。ほんとそっくり。
帰り際、寝ている私の手をギュッと握っていってくれた。毎日ありがとう。
幼なじみのRちゃん。家が実家と目と鼻の先。実母と一緒に自宅に帰っていった。

夜中の23時ごろ、当然面会時間は、過ぎているけれど確認をとったら許可が出たので、
義妹夫婦が、義母に子供2人を預けてかけつけてくれた。見たいと言ってくれて、そして触ってくれて、
全身見てくれて、可愛いって。お兄ちゃんに似てるぅって。棺をみてせつな過ぎるねって。ずっと涙してた。
義妹旦那も仕事で遠いところから、急いで帰ってきてくれたんだと思う。一緒にやっと遊べると思ったのに。

旦那は、今晩同室のソファで泊まれることになった。
今晩は、親子3人水入らずだね。 たま。 ただ、すやすや寝てるみたいだよ。いまにもオギャーと泣きだしそう。
よく寝る前旦那と話してた。3人川の字で寝ることが夢だった。
お腹の中にいる時も、川の字だったけど、 たま が生れてはじめての川の字。
嬉しいけども、暗闇も手伝って、悲しさいっぱいこみ上げてきた(T_T) 

3人の夜。明日は、病院の冷蔵庫に預けてしまう。今は、沢山触れて たま を直接感じる事ができるけど、
明後日、火葬されてしまう。信じられない!このまま保存できるものならば、保存しておきたい。
眠れない。一秒たりとももったいない。自分のベッドから、たま の横顔をいつまでも見ていた。

そして、生まれた次の日。ふと7:00に目が覚めた。昨日のこの時間。どーしてた。こーしてた。
と たま に話し掛けていた。 そして7:30・・・たま はきっと苦しかったかなと思うと涙がこみあげてくる。
7:40・・・ たま が出そうになっていた頃。 7:47・・・一日遅れだけど、昨日言えなかった言葉・・・
「 たま!  お誕生おめでとう!」 と旦那とセーノで言った。
たま いっぱい頑張ったね。部屋のカーテンをさーってあけると朝日がたまに降り注いだ。
この光景!! 当時のたまご日記にも書いてたけど、たま の反応が出たときに、みた夢と似てる(T_T) そっくり。
こんなことが、正夢になるなんて。こういうことだったなんて・・・思いっきり泣いた。

たま。これが、おひさまだよ。 朝になると登ってきて、お外が明るくなるんだよ。
一緒に初めてのお外の日差し浴びようね。窓もあけていい空気吸おうね。気持ちいね。
昨日の8時過ぎ、パパが到着したんだよね。たま は、奇跡的にまだ絶対頑張ってた。
ありがとう 本当にありがとう。
ママのママも到着して温かさを感じて、かわいいかわいい連発してたよね。 たま 良かったね。
朝起きて、昨日の夜あんなに黒くなってしまっていた たま・・・
でも少し白くなって、お顔がさらに柔らかい表情になって、笑ってるみたかった。
看護師さんに言ったら、「きっと昨晩パパとママと一緒にいられて嬉しいのよ」って。

たま 嬉しいのかな?パパとママの自己満足? たま とこんなに一緒にいられるなんて夢のようだよ。
この病院で本当に良かった。
今日の朝預ける予定だったけど、夜消灯後に預けることになったから、まだ一緒にいられるね。

1つ気がかりだったことを看護師さんに聞いてみた。産科病棟には、子供は入れない。
だけど、実妹とその子供の姪にも来て欲しかった。
病室に来ないと、明日は、火葬。ゆっくり見れないし、ダッコができない。看護師さんに駄目元で言った。
「もうすぐ10歳なんですけど、駄目でしょうか・・・小さいよ。黒いよ。本当の赤ちゃんと違うんだよ。
と確認したけど、それでも会いたい、来たいって言ってくれていて・・・」
看護師さんは、泣いていた。「いいですよ。その代わり、来たら必ず声かけてください。入り方がありますので・・・」
と許可してくれた。そしたら、ママと喜んで行くって言ってた。実妹にも見てほしかった。全部を見てほしかった。
実父は、病室には来れないって言ってたけど、結局、実妹&姪を車に乗せて夜来ることになった。嬉しい。

朝、退院できるかどうかの内診があった。まだ、オロの固まりが残ってるので、もしかしたらまだ出るかもしれない。
ということだったけど、明日退院できることになった。
本当に先生にはお世話になった。いろんな面で波長が合ったのだろうと思う。
「残念だったけれども、妊娠してここまで育てられたということを、励みに変えて頑張って欲しい」と言われた。
本当にそうだと思う。ICSIでしか道は無いと言い切られ、たまごを戻して3回目に出来たということは、
奇跡に近い。もっともっと繰り返し頑張っている友もいる。それも辛いと思う。
私の方が、あなたの方が、と比べることは、みんな辛さや感じ方がそれぞれ違うので出来ないけれど。
前を向いて歩き続けないとこの手に生きられる赤ちゃんは抱く事はないだろう。
悲しみのどん底の中でも、この時、絶対頑張ってまたこの病院に来たいと思った。

昼過ぎ、今日も実母が来た。それと入れ替えに旦那が、たま の棺にいれる御花を買いにいきました。
途中、 たま を実母に預けて、シャワーを浴びにいきました。誰もいないだろう時間を教えてくれた。
けど、1人の産後の方と会ってしまった。幸い話しかけられずに済んだ。
こういう時に、やたら話しかけられる人に会ったら怖い。
久しぶりのシャワー気持ち良かった。
でもすぐに、切なくなった。たま をお風呂に入れたかった。一緒にお風呂に入りたかった。
シャワーしながらその時は、誰もいなかったので、小さくいっぱい泣いた。

旦那が花屋から、帰ってきた。目に涙いっぱいためて。
「こっちは たま への最初で最後の誕生日プレゼントだよ」 って たま のベットにおいた。
ピンク中心の可愛い大きなリボン付の花束だった。
たま には、ピンクが似合う。バラが似合う。と思って買ってきたって。
もうひとつは、カサブランカ等の大きいお花。綺麗。カサブランカは、私達の結婚式でもブーケとして使った花で、私も大好き。
お任せにして少々心配だったけど、なかなかグッドなセンスでした(^^)

あと数時間後には、預けてしまう。信じられない。この目の前からいなくなってしまうなんて。
ずっと触っていよう。歌ってあげよう。お話してあげよう。
途中、売店に たま の棺に入れる赤ちゃん用のお菓子を何種類か買いにいった。
きっと甘いもの好きに違いないと思う。私達二人とも甘いもの大好きだもの。

その夜、20時頃から、部屋で棺にいれるお花の準備をはじめた。
そしたら、実父・実妹・姪がきた。姪は10歳。大丈夫かなぁ?と思ってたけれど、ちゃんと受け入れてくれた。
そして全部見て、触って、そして可愛いねっていってくれた。実父は、惜しいな。って。
最後、順番にダッコしてもらった。

最後、旦那に棺の中へ入れてもらった。
紙ナプキンで実母が即席で作ったおしめ。用意しておいた新生児用肌着。
旦那と買いに行った、ホワイトミッキ−の産着を着せました。
子供用の一番小さなものでも、70cmの大きい棺でした。中で、ずれたりさみしくないように、
うちで使ってた二人のタオルや、新しいタオルで厚みを作ったり、頭と足元をガードしたり、
周りにティッシュで包んだ沢山のボーロやウェハス・ラムネ・赤ちゃん用クッキー等のお菓子、
さみしくないようにとキティ天使ちゃんの小さな小さなマスコットを顔の横に添えたり、
唯一1枚だけ、資料請求プレゼントでもらっていた可愛いスタイを頭のクッションにかけて可愛くした。
3人一緒に腎臓の診断が下る直前に行った、ディズニーランドの写真もいれた。
ただぶらぶらしたり、パレードみたりしただけだったけど、楽しかったディズニーランド。
お腹のたまに話し掛けながら楽しんだ。パパとママの顔がわかるように。
クリスマスツリー前でとってもらった、検査結果が良かったあとでホッとしてる顔の写真。
つわりや検査でずっと出かけられなかったから、唯一お腹のたまがいるときの3人での写真。
それを たま の胸に抱かせて。
あと、お互いの髪の毛も一本づついれた。
二人の遺伝子に守られながらまたこの遺伝子に戻ってきてね。と願いつつ。
姪から たまちゃんへの手紙も入れた。 ハートの中に小さいハートがいっぱい入って、☆が書いてあった。
文は、ないけど、きっとみんなの愛に包まれて☆になるという意味なのかもしれない。
10歳。なのに。生れてくることを楽しみにしてた。
女の子だったら、おまごごととか、色々教えてくれるって言ってた。可愛い。

旦那が買ってきたお花もみんなで綺麗に棺に入れた。小さいお顔にガ−べラとバラがとっても似合ってた。
ピンクと白のお花が似合ってた。お花畑ですやすや寝てるようで、本当に可愛かった。
寂しいけど嬉しそうな顔にみえた。
ポラロイド写真をいっぱいとった。みんなもそれぞれ自分でとった。
実父・実妹・姪は、明日の火葬の時間を確認して帰宅した。実母が今日は一緒に病室に泊まってくれる。
お別れ??信じられない。

そして、消灯後、冷蔵室に移動する為に、お世話になった助産師さんが迎えにきてくれた。
助産師さんと夫婦で預けにいった。
銀の台車にのせた棺の上にベルベットの黒い布をかけてお部屋から、検査室にある大きな
冷蔵庫部屋に運ぶ。出ようとしたとき、戻した。
消灯後だったけど、授乳を終えた赤ちゃんとお母さんが前から帰ってきたそうだった。
過ぎ去ってから、お部屋から廊下に、そして裏のエレベーターから検査室に。
検査室のお姉さんも冷蔵庫のドアを閉めるときに、手を合わせてくれた。
大切にしてくれて嬉しかった。

病室に戻るエレベーター前で、泣き崩れた。助産師さんが一緒に泣いてくれた。
細い体で、太い私をギュと支えて抱いてくれた。
「頑張ってきてたからね。赤ちゃんにちゃんと気持ち伝わってると思います。絶対嬉しいはずだから。。。」
こんな人の為にこんなに泣けるなんて、すごい。
なんて素敵な仕事なんだろう。なんて心の広い人たちなんだろう。
本当にここのスタッフには、良くしてもらえた。その事もしっかり言葉で伝えたかった。
この時、泣く泣くだけど伝える事ができた。
明日のお迎えも、この助産師さんが一緒に駐車場まで送ってくれる。

今夜は、旦那は明日のこともあることだし、たま も病室にいないし、ゆっくり寝てもらうことにした。
その代わり、実母が病室に泊まってくれた。
さっきまで、隣にいた たま が今いない。寒くないかな?寂しくないかな?寂しいよ。たまに会いたいよ。
夜中ママは、たま に手紙を書いた。涙が止まらない。横で寝ている実母が、また心配してる。
パパにも同じ便箋を渡しておいたから、今頃書いてると思う。
隣の個室の方が、生れたみたいだった。昨日まで気にならなかった赤ちゃんの声がちょっと辛い。
でも、たま の為に泣いてくれてるかもしれない。たま の分まで、元気に育ってほしい。
たまは、泣かないけど、ママには聞こえる気がする。たまの泣き声。
でもどんな声してたんだろう?ママぁ〜パパぁ〜と口からの声が聞きたい!
女の子かぁ、可愛い洋服いっぱいあったのに。ママとパパと一緒におでかけいっぱいしたかったね。

夜、おっぱいが張ってたからみてみたら、少しおっぱいが出た!あげたかった・・・
朝方、さすがに疲れたのか少し眠れた。ずっと入院する前日から眠れなかった。
たま が寝させてくれたのかもしれない。
朝方、2回ぐらい病室のドアをトントンとたたく音がして、はいと返事したものの、だれも入ってこなかった。
もしかして、たま かな? 冷蔵室で寂しくて来ちゃったのかな?
信じてもらえないかもしれないけど、本当に、トントンと音がした。
       
そして火葬の朝。涙いっぱいの旦那が朝7時過ぎ病室に到着。
火葬に行ってまた戻ってきて、清算も大変だから・・ということで、昨日の時点で入院の清算等は、すでに済ませていた。
旦那の書いた たま への手紙を読む。私の書いた手紙も読む。二人で大泣きだ。
それとともに旦那から嬉しかった言葉が。。
「たま を生んでくれてありがとう。頑張ったね。」
たま のおかげで、たま からも旦那からも愛を沢山もらった。

少しして、Rちゃんが来た。たま へのプレゼント。ピンクの頭につけるぼんぼん。
丁度ぴったりそうな小さな たま の手サイズのミニ手袋がオマケについている、大人用のRちゃんと私のお揃いの手袋。
何かいいものないかなぁと選んでいる時に、偶然見つけた手袋だそう。
棺の中に入れてほしい。と持ってきてくれた。3日間毎日毎日ありがとう。

最後に、助産師さんがへその緒を持ってきてくれた。
たま にもきちんと処理してあるへその緒がついている。
私の胎盤の方にくっついていたへその緒を乾燥させて持ってきてくれた。
「少ししかないんだけど・・・乾燥させてみました・・・記念になるはずだから・・・」
嬉しい!
無いものかと思って諦めていた。嬉しい。たまと繋がれてた唯一の証拠。

そして、助産師さんと夫婦・Rちゃんと昨晩預けた冷蔵室に迎えにいった。
昨晩、預ける時に手を合わせてくれた、二人の若い女性検査室の方がまだいた。夜勤だったのだろう。
また手厚く手を合わせて見送ってくれた。「どうもありがとうございました。」と精一杯の気持ちを伝えた。

お葬式は出さないので、葬儀屋さんに頼まなかった。自分たちの車で火葬場まで移動なので、
地下の駐車場まで たま を運んでいった。車のトランクに乗せた。
実父・実母・実妹・姪も駐車場に来た。火葬場に着いたら、そのまま逝ってしまうので、
ここで最後のお別れになると思っていたので、暗い駐車場の中で、棺を開けて最後のお別れをした。
「たま、おはよぉう。寒かった?寂しかったよね。昨日ママんところに、来たでしょ?トントンって。
ほっぺた冷たくなっちゃったね。」順番に触れながら一声かけていった。

蓋を閉める時になった・・・旦那と二人で・・・
「蓋なんかしめられないよぉ〜〜(T_T)閉めたくないよぉ〜〜(T_T)」と号泣しながら、ギリギリまで棺の中の
たま をのぞきこみながら閉めていった・・・

また助産師さんが泣いてくれた。何かあったら。。。と携帯の番号とアドレスを教えてくれた。
いつでも連絡してね。と。最後に体をギュッとしてくれた。本当に、いい人ばかりだった。

いつも泣き顔を見せない実妹も泣いていた。分かってる。その気持ち、忘れない。

火葬場に予約している時間が迫ってきた。火葬場まで車2台で一緒に行った。
寒いけど、空は雲ひとつない、綺麗な空の日だった。