〜漣〜
―第十八章―
コツン、コツン、コツン・・・
普段人の使う事のない階段に、生気のない靴音が響く。
自分はどうしたいのだろう。自分はどうすればいいのだろう。
そんな迷いの中でも、足だけは一歩一歩階段を上り続ける。足だけが機械にでもされてしまったかのように。
何もかも喪失してしまった気がする。頼れる、親切な恋人も、仲の良かった親友も、そして、自分の意志すらも。
薄暗く、埃っぽい非常階段。そんな場所が今の自分には似合っているような気がした。
時々、チカチカと明滅を繰り返す蛍光灯。今の自分は切れかけたフィラメントのようなものだと思う。
コツン、コツン、コツン・・・
細長い空間に響き渡る靴音が、やけに反響する。
思えば、全てこの靴音から始まった気もする。
あれが、ただの自意識過剰だとしたら、自分は取り返しのつかない事をしてしまった。
人の命を一つ、私は奪ってしまったのだ。例えそれが、望むと望まざるとに関わらず。
屋上でのやりとりから、全ての黒幕が尚哉である事は容易に想像がついた。
2日前、男達に襲われたのも、それを追い払ったのも、全て自作自演の茶番だった。
そして、どうやらその男達が親友が死んでしまった事にも関係があるらしい。
警察・・・中でも親友の父親に全て話せば、重要な証言として捜査も進展するかもしれない。
が、そんな気力はもう残ってはいなかった。
自分が余計な事に巻き込んだから、自分のせいで彼女は死んでしまった。その真実に胸が・・・心が潰されそうだった。
どこで間違ったのだろう?
自分は、ごく普通の、ありきたりでも幸せな日々を望んでいたはずなのに。
いつでも仲間と楽しく買い物やおしゃべりをして、ちょっと仲間に自慢できる彼氏がして、平凡でありふれた、しかし笑いの絶えないような日常。
そんな些細な幸せが、今はもう手の届かない所に燦然と輝いてるようだった。自分の居場所は、もうその中にはない。
コツン、コツン、コツン・・・
徐々にではあるが、確実に上へ上へと向かう。
目指す先にあるもの、それが何であるのかわからないまま、虚ろな瞳でただひたすらに階段を上り続ける。
もしくは、無意識的には何を求めているのか既に感じていたのかもしれない。
コツン、コツン、コツン・・・
音のない世界。聞こえてくるのは自身の足音だけ。
否。その足音すら『聞こえている』のではなく、『耳に届いている』だけなのかもしれない。
コツン、コツン、コ・・・
足音が、止まる。
永遠とも思われる空間を上り続けて辿り付いた最上階。
目の前には、つい先ほどまでいたところにあったのと同じような黒い鉄製の扉・・・赤錆が全面に浮き上がっているせいで、元の色が本当に黒だったのかどうかわからないが。
丁度目の高さには「危険。関係者以外立ち入り禁止」の貼り紙。
しかし、立ち入り禁止と書いてある割には扉に鍵等がかかっている気配はなかった。この扉の存在自体、忘れられて久しいのかもしれない。
しばしの逡巡。
そしてその手がドアノブをつかみ、ゆっくりと回してゆく。
ギィ〜〜〜
思ったよりスムーズに開く扉。途端に扉の中で淀んでいた空気が流れ始める。
そして今、少女の目の前に、血の色のようなどす黒い赤から夜の紫へと変わり始めた空の色が広がっていた。
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<続く>