西武鉄道の踏切を越えるとすぐ
札所十五番 母巣山 少林寺 (ははそざん しょうりんじ)

 昔、近江の商人が東国へ行く途中、湯尾峠へさしかかると「近江の国に疫病をはやらせようと思ったが、定朝が観音像を作った為、その霊験で思うような事ができず、近江に見切りを付けて、東国へとゆくとしよう」と話している不思議な声を聞いた。商人は、たいそうおどろき、定朝にこの話をした。すると定朝は「それは大変だ。この観音像を東国へ持っていき疫病から救ってやりなされ」と言った。商人は像を抱いて東国を訪れ、疫病を救う為にと領主に願い出て、母巣の森に御堂を建てて観音像を安置したところ、東国の疫病はことごとく退散したそうである。これが母巣山蔵福寺の草創である。  
 札所十五番は、草創期より、江戸幕府末期までは、母巣山蔵福寺と呼ばれ、秩父妙見宮の別当寺として栄えていた。明治の世になり、排仏毀釈(はいぶつきしゃく)の影響で廃寺となったが、その後、同地 柳島(現東町)にあった五葉山(ごようざん)・ 少林禅寺が、民衆信者の誓願によって民制役所のお許しを得て、札所として母巣山少林寺(寺院としては五葉山少林寺)と認められ、信仰を集めていいる。

              



本 堂

長い階段を登ると本堂
墓地ガあり秩父事件で殉職した
警官の墓がある。

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