インペリアル・カジノ 11



「さて、何で勝負といこうか?」
「何でも構いませんよ。ですがカードは……これを。イカサマを仕込まれていてはたまりませんからね」
「おやおや、滅相もない」
 ペーターは近くのテーブルから取ったカードを卓に置いた。帽子屋マークが無いところを見ると、どうやら参加者が個人的に持ち込んだものらしい。どうしたものか、とボスであるブラッドの顔をうかがうディーラー役に、ブラッドは気を悪くした様子も無く薄い笑みをこぼす。
「変えてやりなさい。どちらだろうと疚(やま)しい事など何も無いがね」
「はっ、はいー……」
 頷いた使用人は、それまで使っていたカードを片付け、ペーターの指示したカードを広げ始める。その間もペーターの目は鋭くその手元を射抜いていて、イカサマを警戒している。
「ポーカーでいかがかな? 宰相殿」
 そんなペーターを眺めつつ、ブラッドはそう提案した。
 ポーカー。トランプゲームにおける、定番中の定番だ。オーソドックスだが奥深い。カジノでも定番のゲームのひとつと言えるだろう。
「いいでしょう」
 ペーターが頷くのを見、ディーラーが札を配っていく。勝負は全部で5回。先に3度勝利した方の勝ちだと定められる。
「ベッド」
 カードを一瞥したペーターは、コインの入った小袋をぞんざいにひっくり返した。じゃらららら、と派手な音を鳴り響かせて、コインが卓上に散らばっていく。
「宰相殿は随分と思い切りがいいな」
「僕は、ちまちまとした賭けは嫌いなんです」
 くくくと笑うブラッドに対し、ペーターの声はそっけない。眼光鋭くブラッドを睨んでいるのは、それが対戦相手だからというだけでは無いだろう。
「では、私もだ」
 ブラッドは懐からコインケースを出すと、同様に山を作る。ペーターとどちらが一体枚数が多いのか、傍から見ただけでは全く分からない。どちらもたくさん……それだけだ。
(あ、あんなにいっぱい……)
 ペーターといい、ブラッドといい、金銭感覚が麻痺するんじゃないかと思ってしまうほどの枚数。そもそもあのコインは一枚いくらだったかといえば……。
 ……やめよう。
(庶民に理解できるレベルを超えてるわ……)
 ちまちました賭けなどやってられないというペーターの気持ちも分からなくは無いが、そこまで豪快な真似は、到底アリスにはついていけない。そんなペーターに張り合うブラッドもブラッドである。もっとも、ブラッドのことだから、この状況を面白がっているだけかもしれないが。
 そうしてアリス達が見守る中、二人はカードを交換を済ませると、一斉にカードをオープンする。
「ツーペアだ」
「ストレートです」
 より手が強いのはペーターの方。だが、それでペーターの眼光が緩むわけでも、ブラッドの笑みが崩れるわけでもない。
 再び配られたゲームの結果は、ペーターがツーペア、ブラッドがフラッシュ。今度はブラッドに軍配が上がる。
「フラッシュって、結構強い手よね」
「うむ。先ほどのホワイトの手よりも上じゃ」
 ビバルディが少し不機嫌そうなのは、まさにペーターよりも上の手を出してブラッドが勝利したことにあるだろう。成り行き上、ビバルディの代理的な位置付けでもあるペーターが、ブラッドの手よりも下なのが微妙に腹立たしい……そんなところに違いない。
「さて……」
 新たなカードを手に持ち、ふむと考え込むブラッド。その仕草をペーターは注意深く見守っている。表情から手を読む……というのもあるかもしれないが、イカサマを警戒するという意味合いもあるに違いない。時折、ディーラーの方にも視線をやっているのが、その証拠だ。
「2枚だ」
 トレードしたカードを踏まえ、ブラッドは更にコインを賭ける。それもまた、山盛りにだ。
 今までのゲームだって十分な数のコインを賭けていたというのに、それが更に倍へ増えたのだから、周囲がざわめいたのも無理はない。よほど自信のある手なのだろうか? だが、あのブラッドのことだ。ブラフを打った可能性も否定できない。
 ペーターもそれを考えてか、勝負から降りることは無く、淡々とカードのチェンジが進む。そして互いのカードがめくられ、表になったのは。
「ストレートフラッシュ!?」
 ブラッドの手札は見事なストレートフラッシュだった。こんな手、そうそう出たりはしない。アリスだけでなく周囲の大勢がそれを驚きと共に眺めている。
「……仕込みましたね」
「おや、何の話かな?」
 だから多くの人は聞き逃しただろう。ペーターから漏れた低い囁きを。しかし、しっかりとそれを聞き逃さなかったブラッドは、相変わらず笑みを崩すことなくペーターに切り返している。
「……あれって……ブラッド、何かした……の?」
 嫌な予感がする。
 アリスが思わず見上げたのは、傍らのエリオットだ。ブラッドが何か仕組んだのならば、エリオットはおそらく、それに気づいているだろう。
「………」
 だがエリオットは返事をしない。だからこそ分かってしまった。
(やっぱり……あれ、イカサマなのね)
 自然に引き当てたのならば素晴らしい手、驚異的な手だ。だが、それがイカサマだと聞くと……。
 ……イカサマも彼らにとっては技法のひとつ、勝負におけるテクニックのひとつなのかもしれないが、傍から見ているだけでも素直に受け入れられるものではない。当事者、対戦相手であるペーターならば、尚更だろう。
 そのアリスの読みは、ある意味、とても正しかった。

 がうんっ!

 ペーターの手が懐中時計へ伸びた次の瞬間、それが銃へ姿を変える。いや、アリスが「姿が変わった」と認識した時には、もうその指は既に引き金を引いていた。
 だが、銃口が向けられていたのはブラッドでも、ディーラーでもない。それは、目の前の卓へ叩きつけられた。弾丸にあおられて、場に捨てられいたカードが震え、派手に引っくり返る。
「ああ〜っ!?」
「やっぱり。思った通りです」
 ディーラーが慌ててカードを集めようとするが、それよりもペーターの手がカードを抜く方が早い。その手が掴んでいるカードは2枚。スペードの……8が、2枚。
 1つのトランプでゲームをしているのに、同じカードが2枚もあるはずがない。それは、明らかなイカサマの証拠だ。
「……客に証拠を掴ませる隙を与えるとは、たるんでいる」
「す、すみません〜」
 小さな溜息と共にブラッドの叱咤を向けられ、ディーラーが縮こまっている。しかし、露呈したものはしてしまった。ここまでの証拠があれば、もう言い逃れなどできない。
「このような手を打つとは、まったく姑息ですね」
 言いながらペーターは、カードの端を軽く爪ではじいた。するとそこからカードが剥がれ始める。
 ペーターはそれを一気に引き剥がした。8の柄は完全に取れてしまい、かわりにダイヤの、全く違うカードが現れる。
「シール???」
「ええ、そのようですね。この手ならばカードを選びませんから、使ったのでしょう」
 目を丸くしたアリスへペーターは頷いてみせた。確かにこのトランプは、帽子屋ファミリーの物ではないから、カードを入れ替えるなどするイカサマは使えないだろう。
 しかしトランプというものは、裏面の図柄はトランプごとにまちまちであったとしても、表、スートと数字が描かれている面はそうそう違わない。こちらの面は大抵同じように描かれているから、うまく別のカードの図柄をかぶせてしまえば……。
 とはいえ、ここまで精巧に偽装できるとは。ブラッドが手馴れているのかもしれないが……見事なものだと、いっそ賞賛を送りたい気持ちにすらなってしまう。
 もちろん、イカサマをしたことを許す気にはなれないが。
「……卑怯」
「そう言わないでおくれよお嬢さん。大体こうでもしなければ、君の身柄をそこの宰相殿に奪われてしまうところだったんだ」
「……は?」
 思わず呟いたアリスは、意味ありげに見てくるブラッドに戸惑う。
 それは…………?
「そこの宰相殿は、君の事となると本当に限度を知らないらしい。今のゲームのような調子で、散々うちの連中からコインをせしめてくれてね」
「そうなの!?」
 これには驚いた。ブラッドの口ぶりからすると、つまり、ペーターはとんでもなく優勝に近い場所にいたということになる。思わず視線をペーターの方へ移せば、
「勿論です。大切なあなたの身柄がかかっている勝負ですからね。これくらい当然のことです。すべては、愛。愛の成せる力ですよ」
 ペーターはにっこりと甘くアリスへ微笑みかけてくる。しかし、その表情は長く続かない。先程までの張り詰めた表情を取り戻し、すぐさま鋭く、ブラッドを見やったからだ。
「先日あれだけの痛手を負わせたというのに、まだ懲りていないようですね? アリスをこのような茶番に巻き込んだ挙句、汚らわしい手を弄してアリスを囲い込もうとするなど……。やはり最初から、商品として渡すつもりなんて無かったんですね。このような方法でアリスを手に入れようとするとは……」
 へ? と驚いたのはアリスだ。
 囲い込もうとした? 商品として渡すつもりなんて無い……?
 だとしたら、ブラッドはアリスをどうするつもりだったのか。ペーターの邪推はたくましい。そう思わずにいられないアリスだが。
 しかし、それを否定も肯定もせず、ブラッドはただうっすら笑っている。……それが、妙に不気味だ。
(まさか……ね。そうよ、まさか……)
 しかし、アリスの思考は長く続かない。

「――万死に値しますよ、帽子屋」
 冷ややかな声と共に、銃声が鳴った。



 続く