インペリアル・カジノ 09



 めくられたカードはどちらもジャック。イーブン、引き分けだ。
「なぁんだ。気が合うみたいだねトカゲさん」
「……心にも無い事を」
 エースは、これっぽっちも嬉しそうには聞こえない声色でグレイに笑いかける。グレイは今にも舌打ちでもしそうな態様で、それを切り捨てて手札に向かった。
 次のカードの選択。
 もう少し良く見えるように、とアリスは数歩前に出る。彼らの手札は残り4枚のようだ。ということは、残る対戦は後、3回。
 爽やかに笑いながら相手を逆撫でするエースと、それに悪態をつくグレイ。見詰め合う2人は、どちらもアリスが見ていることには気付いていないようだ。どちらも気配を察知するのは得意なタイプなのに、揃って気付かないのは周囲の雑多な気配のせいか、アリスが少し遠巻きにしているせいか、それとも2人がゲームに熱中しているせいなのか。おそらくは、その全てだろう。
「あれ? 何見てんのアリ……うわ」
 片手を挙げながら近付いてきたのは、行き交う人々を器用にするするとすり抜けてきたボリスだった。怪訝そうに視線を動かし、アリスと同じものを見て顔を引きつらせる。
「すごい組み合わせじゃん。アリス、近付くのは止めておいた方がいい。触らぬ神に祟り無しって言うだろ? あれと同じだよ」
「……そこまで?」
「そこまでだよ。ホラ、騎士さんって、あの性格だろ? なんかトカゲさんのことを気に入ってるらしくて、ときどき勝負を吹っかけてるんだけど、トカゲさんにはウザがられてる。あそこまで苛ついてるのは初めて見たけど」
「あー……」
 まあ、グレイが好きか嫌いかで言えば、嫌いそうなタイプだ。苛々しそうというのも……分からなくもない。今日は特にということなら、更に何かきっかけになるような理由があったのだろう。
 エースはエースで、あれで子供っぽいところがあるからな……。
 まして、解った上でわざと、人を苛つかせるような態度を狙ってくるような節すらある。あの温厚でよくできた大人のグレイであっても、我慢には限界があるに違いない。
 ……ちょっと、同情する。
「おい、それよりお前、あんまりアリスに近付くなよ。大事な身なんだからな」
 いつの間にかボリスはアリスのすぐ隣に寄り添ってきて、それを見咎めたエリオットが口を開く。その姿を、じっと見返したボリスは、ゆっくり目を細めて笑う。
「大事な身って……何? いつの間にかアリスがあんたの女にでもなったっていうわけ?」
「ばっ、ちげーよ! アリスは今日の豪華賞品なんだぜ!? 優勝者以外があんまり近付きすぎるのは良くねーんだよっ」
「……ふーん。それ、あんたもじゃないの? 俺がダメなら、あんただっておんなじだろ? いや、参加者ですらない分、もっと悪いんじゃない?」
「お、俺はいいんだよっ。俺はアリスの護衛だからなっ」
 覗き込むようなボリスに、エリオットは頬を膨らませて反論している。傍から見ていると、ボリスがエリオットをからかおうとしているのは明らかで、それを真に受けて白黒しているエリオットは……。
(……可愛いんだけどね)
 放っておけば短気なエリオットのことだ。銃をぶっ放しかねない。エースやグレイ達とは違った意味で危険の度合いが高そうな気がする。
「そういえばボリス、あんた勝負はどうしたの?」
 話を逸らそうとして、そういえばボリスはディーやダム、ピアス達との勝負に向かったことを思い出す。ああ、それなら……と、ボリスは向こうの一角を指した。
「俺、一抜けしちゃったんだよね。だから別の相手を探そうと思って」
 そこではディーとダムがボリスと向き合っていた。顔色を見るに、ピアスの方が雲行きが悪いらしい。……そもそも2対1の勝負になっていること自体、対等な勝負ではないように見えるが……あの2人は、2人1組の方がなんとなく納得がいくような気もする。不思議だ。
「ピアス〜、それでネズミ仲間の間で強い方だなんて本当?」
「その顔。顔の変化で全部ばればれ。その右手のカード、ジョーカーだろ?」
「ぴっ!?」
 ……そして、2人1組だからこそ、そのいじめっ子ぶりも普段通りだ……。
「おお! 誰かと思えば、そこでアリスと一緒にいるのは猫、猫ではないか!」
「うわっ……」
 ボリスが隣で顔を引きつらせる。振り返る前から声の主は分かった。
 やはり間違い無い。ビバルディだ。そのすぐ後ろにはキングもいる。彼もまた、いつもの王様スタイルではなく、服装を改めていた。
(……いたんだ)
 こう言っちゃ悪いかもしれないが……おそらく、さっきもビバルディ一行の中にキングはいたのだろう。いたのだろうが、アリスはすっかり気付いていなかった。
 決して顔無しではなく、れっきとした役持ちのひとりだというのに……濃い面々と比較すると、どうにも存在感の薄い人だ……と、ついついアリスは思ってしまう。
「なんじゃ猫も来ておったのか。そうと知っていれば極上のキャットフードを用意しておいたものを。そうじゃ、今度お前をペットショップへ連れて行ってやろう。猫缶でも服でも首輪でも、好きな物をねだるがいいぞ」
「あー、いや、俺そういうのは足りてるから……はは」
 ビバルディの瞳が輝いている。その一方でボリスは顔を引きつらせ、逃げるようにしてふと、目が留まったキングの方へつかつか詰め寄っていく。
「そ、そうだ王様。俺さー、ゲームの相手がいなくて困ってたんだー。良かったら一勝負相手してよ。な、なっ? いいだろ? 王様だってプレイ相手を探してたんだろ? 決まり決まり! そうと決まったらプレイしよう!」
「へ? いや、わしは……」
 どうやらゲームが始まればビバルディもそうそう邪魔はしてこないだろうという読みらしい。強引に、無理矢理にキングを誘ったボリスは、空いていた席に着いてカードの準備を始め出す。
「そうだゲームはブラックジャックにしよう。5回勝負でさ。親は王様でいい」
 ほらほら、早く早くと促すボリスに、諦めたような溜息をついてキングは点を切り、2枚ずつカードを配った。片方は表に、もう片方は伏せ。2人は残りのカードをめくり、その内容を自分だけ確認した後、手を考え込む。
「ねえ、ビバルティ。キングってこういうの得意なの?」
 率直に言わせてもらえば、キングはあまり、こういったゲームが強そうには見えない。むしろ誰よりも弱くてボロボロに負けて、最下位になっても存在感が薄くて皆に忘れ去られ、黄昏ていそうなイメージすらある。
「いや。わらわとの勝負であやつが勝ったことなど、数えるほどしかあるまい。たとえリードしていたとしても、いつもいつも最後の詰めでポカをやらかし、あやつは負けてしまうのだ」
 ああ、やっぱり……。
 ビバルディの言葉に、人のイメージとはそうそう外れないものだと、アリスは深く納得する。
「そのような奴が相手だ、決して手強くは無いぞ。猫、お前が買ったら、後で褒美に最高級のキャットフードを山のように届けてやるからな」
「そ、それはどうも……」
 ビバルディはすっかりボリスを応援するモードに入っているようだ。そこまでいくと、ちょっとキングが哀れにすら……いやいや、やめておこう。これ以上口にすると悲しくなってしまいそうだ……。
「んー、俺、このままでいいや。王様は?」
「1枚いただこう。……ブラックジャック」
「えっ!?」
 オープン。6に8、それから7。キングの手札は見事に21。鮮やかなブラックジャックだ。
 これには対戦相手のボリスだけでなく、ビバルディもアリスも度肝を抜かれた。今キングはさして強くないと聞いたばかりでこの結果だ。ビギナーズラックの類だとしても、あまりに凄すぎる。
「いやあ、助かった。確率的にはバーストしそうだと思っていたのだが……君が自信満々に降りたようだったから、スタンドしても負けるんじゃないかと思ってね」
 ふう、と汗を拭うような仕草で安堵の様子を見せるキング。
 確かに14は微妙な数字だ。勝つにはちょっと厳しいが、かといって1枚引くとバーストしかねない。そこで勝負に出て、見事に成功させるとは見事な采配だ。
 ……まったくの偶然の産物だとしか思えないけど。
 実際、次のプレイは欲張ったキングが5・6・4・7でバースト。5と4に上手くジャックが重なり、そこでスタンドしたボリスに勝敗があがる。
「では次を配ろう」
 ボリスのカードを一応表にめくりつつ流し、山から新たなカードを配る。オープンで配られたカードはボリスが7でキングが9。ボリスがドローを宣言すれば、すぐさまキングもドローを重ねる。
「え。王様も引くの?」
(……あら?)
 ボリスの口から咄嗟に思わずこぼれてしまったらしいその反応から、キングの引きは、どうやらボリスの予測から外れていたらしいことが分かる。
 アリスには意外だった。ボリスはこういったゲームに強そうなイメージがある。現に、ディーやダムとも、ピアスともピアスともプレイした結果、一抜けしてきているくらだ。
 しかし、キングの手を前に、こうも意外そうな反応を見せるだなんて。
 ボリスの読みが外れるとは、キングの腕がいい……とは思えないので、ゲームが弱すぎる影響で、手を予測しづらいということなのだろうか。
「あー、しかも引きが悪いし。スタンド」
「わしもだよ」
 苦笑しながらキングが開いたのは、9に5、それから4で18。辛うじて19を出したボリスが勝利する。再びカードを流して仕切り直し、新たなカードはボリスが3、キングがQ。
「ヒット」
「スタンド」
 1枚引いたボリスは苦い顔をし、しばらく悩んで更に1枚引くと……だああああっ、とカードを放り投げて悔しげに突っ伏した。
「3、K、J……あらら」
 合計22。10としてカウントするカードの枚数的にこうなる可能性は十分あるとはいえ、なんとも残念な引きだ。対するキングも、おそらくはQに加えてなにか10でカウントするカードなのだろう。そうアリスは思っていたのだが……。
「ああ、今回は用心して正解だったよ」
 そう表にされたカードは、たったの2。
「なんじゃと? たった12でスタンドしおったのか」
「ここまで10以上のカードはロクに出ていない。そろそろ引いてしまうかもしれないと思ったんだよ」
 あまりの手札にビバルディも目を丸くし、ボリスなど声も出ない様子だ。いやあツイていた、と何の気なしに喜ぶキングが、なんだか急に……得体の知れないギャンブラーかのように見えてくる。
 弱弱しく見せておいて、急に牙をむいて対戦相手を絡み取る策士……。
 ……無い。
 無いわ。さすがに小説の読みすぎよ、私ったら……。
 アリスが思わず溜息をついている間に、キングは次のカードを配っている。ここまでの勝敗は2勝2敗、次に勝利したほうの勝ちだ。
 ボリスの圧勝、全勝にすらなりかねないと思っていた対戦カードだったが、意外にも最終ゲームまでもつれこむとは。しかし、これもゲームの醍醐味と言えるのかもしれない。
「ボリス、頑張って」
 友達を応援したい心理から、アリスがそうエールを送ると、ボリスはにっと笑って頷いた。
 ボリスの前には10が。一方のキングの前にはKが置かれ、もう1枚が伏せて並べられる。
「王様にキングか……すごい引きだよね」
 なんだか色々考えちゃうな、とぼやいて、ボリスはスタンドを宣言した。



 続く