インペリアル・カジノ 02



「どういうことなの、これ!?」
「さっき帽子屋ファミリーの構成員が持ってきたんだよ。私とグレイに一通ずつ。読んでみれば最後の最後にこれだろう? 私だって自分の目を疑ったとも。なあグレイ?」
「ええ。……帽子屋め、なんだってこんな真似を――」
 グレイの顔に静かな怒りが灯る。正直、かなり怖い。
 ナイトメアも余程のことに驚いてアリスを心配してくれたのだろう。さっきの呼び出しは、つまりこれが理由だったわけだ。
「アリスをダシに、我々を集めて『何か』をしたいんだろう。カジノパーティとは書いてあるが、本当にこれが目的なのか別のところに目的があるのか……」
 あの男が相手ではわからーん! とナイトメア背もたれにもたれながら溜息をつく。
 溜息をつきたいのはこっちだ。
「……この様子だと、招待状は他の面子にばら撒かれているでしょうね。俺達だけに配ったとは思えない。そしてあの男がここに、こう大々的に書いたということは……」
「分かっている。グレイ、お前はしばらくアリスの護衛につけ」
 ブラッドは、マフィアだ。
 そして自分が主賓となる催しに「アリスを賞品とする」と書いた以上、どのような手段を使ったとしてもその通りにしようとするだろう。
 ブラッドはマフィアの、ボスだ。
 ……どんな手が有り得るのか、考えたくもない。
 護衛というのも物々しいが、正直、そんなものなど障害になりえないほどの手段を使いかねない男が相手なのだ。これは。
「それからアリス、君はしばらく仕事のシフトはいい。まあグレイが一緒だ、出来る範囲でやる分には構わないがね。いざという時は仕事なんかよりも、必ず君の安全を優先しなさい」
「う、うん」
 テキパキと指示を出し、アリスを気遣ってくれる様子は、普段のへたれたナイトメアを知っていると妙に凛々しく感じてしまう。案外こういう非常時においては頼れるタイプなのかもしれない。
 ……その非常時の渦中にいるのが自分でなければ良かったのに。
 正直、この状況で新発見をしても嬉しくない。
「それにしても、ブラッドったら何でこんなこと……」
 確かに先日、催しを開くための場所の手配を依頼され、それを引き受けた覚えはある。しかしその内容がカジノで、挙句に自分が賞品扱いになっているだなんて、まったくもって予想の斜め上――。
「……あ」
 ふと、気付いた。気が付いてしまった。思い出してしまった。
 もしかして。これ……?
「どうした。アリス?」
「何か心当たりがあるのか?」
 アリスの微妙な変化にナイトメアが気付き、グレイもまたアリスを見る。
「〜〜〜〜っ。やられた。ブラッドってば、最初からこのつもりで人のこと誘導してきたんだわ」
 苦虫を噛むようにしてアリスは吐き出すしかなかった。

 ――お嬢さん、当日はお嬢さんも協力してくれるだろう?
 ――え? ええ、まあ……私に出来ることなら何でも手伝うけど……。

 なるほど、確かにアリスは「私に出来ることなら何でも手伝う」と言った。言ってしまった。しかしアリスは決して、そんなつもりで言ったわけじゃない。その『何でも手伝う』の中に、自分がゲームの賞品になるだなんてことを含むとは、一体誰が思うというのだろう!
「……人の揚げ足や隙をネチネチと突くのが好きな男だな、あいつは」
 そしてアリスの思考はどうやらナイトメアに筒抜けだったらしい。事情を理解したナイトメアは不快感をあらわにして吐き捨てる。
「しかし、という事は言質を取られてしまっているのか。厄介だな……」
「言質? どういう事だ、アリス」
 俺にも分かるように説明してくれ、というグレイに、アリスは溜息を何度もつきながら経緯を話す。
 あらましを聞いたグレイの反応も、おおむねナイトメアと同じだった。つまり、難しげな顔をして、考え込んでしまう。
「……厄介ですね、これは」
「ああ。たとえアリスにそのようなつもりが無かったとしても、向こうはアリスの言った内容を盾にして、押し切るつもりだろう」
「でっ、でも……!」
 常識的に考えて有り得ない。
 いくらなんでも、あの一言だけで人を賞品として扱うだなんて……!
 …………そうだった。この世界に常識なんてありはしない。ましてあのブラッド相手に、常識がどうこうだなんて考える方が間違っている。
「こう出て来たという事は、アリスの言った内容は録音され、完全に押さえられていると考えた方がいいでしょうね」
「アリスの知らない証人がいる可能性もあるな」
 グレイとナイトメアが相談しあうのを聞きながら、アリスは自分の迂闊さを呪うしかできない。
 確かにどちらも、ブラッドならばやりそうだ。
 しかし、だからといって大人しく賞品になれるはずなどない。どんな人間が優勝して自分の身柄を手にし、どのような目に遭わされるのか分かったものではないのだから……。
「そ、そうだわ。部屋の貸し出し自体をキャンセルしちゃうのは? そうしたらこのイベント自体が開催できなくなるわよね。中止に追いやってしまえば……」
 職権乱用、公私混同。そんな言葉が浮かぶが、自分自身が掛かっている今、なりふりなど構っていられない。そう提案するアリスだったが、ナイトメアもグレイも、とても悔しげな顔をしながら首を振る。
「ダメだ、アリス。それはルールに反してしまう。この世界において、ルールは絶対だ」
 何とかしてやりたいが、どうしてもその手は取れない。そうナイトメアに言われても、アリスは責める気になれなかった。だってナイトメアは、とてもとても辛そうな顔をしていたから。それは、隣のグレイも同じだ。
 彼らはどちらもアリスを助けようとしてくれている。それは間違いない。どこからどう見たってそうだ。しかし、そんな彼らにだって、出来ないことはあるのだ。アリスにはよくわからない、彼らの「役持ち」としてのルールが、それを縛っている。
 彼らがいかにルールと役割を重んじているのか、十分によくわかっている。それなのにここで我侭を言って、彼らを困らせることなど、できない。
「……まあ、向こうがそのつもりなら、ルールに則って何とかする方法は一応あるがね」
「え?」
 どんな方法だろう。アリスにはまったく思い浮かばない。だが隣のグレイも「そうですね……」と溜息混じりに頷いているのを見る限り、彼らはどちらもその方法に思い至っているようだ。
「ど、どういうこと? どんな方法なの?」
 ナイトメアとグレイを候補に見ながら問うアリスに、ナイトメアは小さく息をついて口を開く。
「勝てばいいんだよ」
「勝つ? って何に……あ!」
「そう。君は賞品なのだから、私かグレイがそのカジノパーティとやらで優勝してしまえばいい。そうすれば君の身柄は今まで通りだろう?」
 おっしゃる通り。
 何故自分はそんな単純な答えに行き着かなかったのだろう。確かに2人のどちらかが勝ってくれれば何の問題も無い。もちろんカジノだからそう簡単には勝てないかもしれないが……んんん?
「ねえ、ナイトメアなら楽勝なんじゃないの? 考えている事が読めるんだから、相手の手なんて、すぐに分かっちゃうでしょう?」
「そうだな、その通り。だがそうじゃない、そうじゃないんだよアリス。問題は、その事を知っているはずの帽子屋が、私にも堂々と招待状を出してきているということだ」
「ナイトメア様の力だけでは優勝できない何かがある……と考えるのが自然だろうな」
 …………確かに。
 天然イカサマ師のようなナイトメアを、わざわざカジノに招待したのだ。そのイカサマを封じる手段を
既に見つけており、バッチリ対策してあると考える方が自然だ。
 ナイトメアの力に頼ることは出来ない。
「まあ、安心したまえ。こう見えても私は割にポーカーフェイスが得意なんだ。何で勝負するつもりなのかは知らないが、君を守るために全力を尽くそうじゃないか」
「君がそのような卑劣な輩に屈する必要は無い。俺たちが何とかしてみせるから安心しなさい」
 二人はそう力強く言ってくれる。それはとても嬉しい。嬉しいのだが……。
 ……根拠に欠けるので、どうにも不安だ。……などと思ったら失礼になるだろうか。
「いざという時には奥の手もあるしな!」
 はっはっは、と胸を張るナイトメアを見ていると、更にどんどん不安になってくるような気がする。不思議だ。
(……なんて思ってること、読まれちゃ不味いわよね……)
 だが幸いにもナイトメアはアリスの内心に気付いていないらしく、ほっと密かに安堵する。

 コンコンコン。

 そんな三人の耳に聞こえるノックの音。
 はて、誰だろうか。塔の同僚のものにしては何だか控えめだし、それに用があるなら同僚達は返事を待たずに入ってくるはずだし……。
「誰だ? 何の用だ」
 訝りながらグレイが声をかけると、
「はい、あの……」
「俺だよトカゲさん。夢魔さんやアリスもいるんだろう? 入って、いいかな?」
 うわずった女性の声が何かを言いかけようとしたのを遮って、喋り始めたのは3人もよく知っている人物の声。
 真っ赤な外套と胡散臭いくらいに爽やかな笑顔が特徴的な、ハートの城の騎士。
 エースだ。
 こんな時に一体何事だろうかと、三人は顔を見合わせた。



 続く