愛の証明 06
思わず見開いた目に、驚く男達の姿が映る。弾丸は一発や二発では済まなかった。息をつく暇もなくドアの外から内へと次々に撃ち込まれる、おびただしい弾丸の群れ。色めき立った男達はすぐさま応戦を始めた。
「娘を連れて来い。盾にしてやれ」
冷ややかな声がアリスに突き刺さる。頷いて、下っ端の男がアリスへ近付こうとする――が。
何かが爆ぜるような音がして、床が揺れた。続けざまに至近で銃声が吼える。
――何で分かっちゃうのかしら。
誰かが天井を突き破って降りてきたのだ、と頭が理解するよりも早く、瞳が捉えたものがアリスに確信を与える。金色の穂先のような色をしたブーツの踵。それだけで、誰なのか分かってしまう。
「誰を盾にするって……?」
声は驚くほどに冷めていて、アリスは背筋がぞっと凍るのを感じた。頭が割れそうなほどの銃声の中、それなのに声だけはくっきりと聞こえる。冷酷としか言いようが無い響きなのに、それでもアリスは安堵を覚えずにはいられない。
銃撃の微かな合間にエリオットの腕がアリスを掴み、一気に引き起こすと抱え込んだ。
「ちょっと乱暴かもしれないが、我慢してくれ」
エリオットはそう言って左腕一本でアリスの体を支えたまま銃身を小刻みに動かし、引き金を連射し続ける。弾が切れる直前にドラム缶と木箱の奥へ転がり込むと、アリスを手放さないまま器用に、かつ素早く弾丸を入るだけ装填し、追いかけてきた男へぶっ放す。
銃声で頭が割れそうでも、悲鳴が鳴り響いていても血飛沫が舞い続けていても、怖くはなかった。
エリオットは絶対にアリスを守ってくれる。
アリスに怪我が無い事も、乱暴の痕跡が無い事も見て分かるからだろう。エリオットは何も言わず、ただアリスを抱いて銃を撃ち続けた。
その腕が微かに震えているのは、銃の反動のせいなのか、それとも。
(ちょっとでも疑った自分が恥ずかしいわ……)
銃撃戦の真っ最中だというのに、妙に落ち着いた心でアリスはぼんやり思う。この状況下でぼんやりできるんだから、自分って、ああなんて大物なんだろうと苦笑してしまう。
「なんでだ? 三月ウサギは確かに、帽子屋屋敷を1人で出たぞ!?」
「上手く部下と合流したってこったろ……!」
「その程度の策略も見抜けんとは間抜けがッ!」
遠くから、悔しげな響きが聞こえてくる。おそらく彼らはエリオットが脅迫通りに動くかどうか、探りを入れるために尾行をつけていたのだろう。それを上手く謀って、アリスを助けに来てくれた。
それが――嬉しい。
入口から立て続けに弾丸を撃ち込み続けているのは、どうやら同僚達のようだ。入口付近にいた構成員をぶっ倒した彼らは倉庫内に突入し、更に派手にドンパチやっているらしい。その対角に位置する敵対ファミリーの面々は、自然と次第に入口へ近付く格好となり……。
「チッ、引くぞ!」
出した被害の大きさと、それによる劣勢を悟り、敵は一気に入口から飛び出し逃げていく。
「ふ~~~~~。おーわーりーましたぁ~」
どうやら同僚達の狙いはそこにあったらしく、逃げる敵を追いかけることはしなかった。ただそのまま銃を下ろし、今の猛攻が嘘のようにゆるゆるだらだら、いつも通りの様子に戻る。
「エリオットさーん、アリスさーん、無事ーですよね~?」
「ああ。平気だ」
辺り一帯は割と普通に血の海だが、アリスにもエリオットにも傷ひとつ無い。エリオットが猿轡を解いてくれると、アリスはすぐに「ありがとう、大丈夫よ」と同僚達に礼を告げた。
「みんなの方は?」
「だーいじょーぶですー。まあ、かすり傷程度ですよー」
皆が正面から突入し、その一瞬の隙を付いてエリオットが屋根を破ってアリスを確保するという作戦だったのだろう。派手に撃ち合った同僚の怪我が心配だったが、彼らもさほど大きな傷は負っていないようだ。
自分が捕まったせいで、皆にもしもの事があったら、どう申し訳すればいいのか。
……そのような事にならずに済んでホッとする。
「それより誰か、綺麗なナイフ持ってねぇか? 寄越せ」
「あー、これはひどーいー」
エリオットの言葉にひょこっと顔を出した同僚の1人が、ロープでがっちり縛られたアリスを見て顔をしかめると、腰から鞘ごと外したナイフをエリオットに渡した。
血の染み1つ無いそれを受け取ったエリオットは、ベルトの適当な隙間にそれを挟むと、ひょいっとアリスを抱き上げる。
「とにかく外へ出よう。ここはあんたが長居するような場所じゃねぇからな。――お前ら、後は任せた」
「はぁーい」
血塗れ血みどろ死体の山。それをアリスが踏まないように抱き上げて、アリスがこれ以上見なくていいように、自分の体で視界を覆うようにして、エリオットはアリスを運んでいく。
それはまるで……というか、まさに『お姫様だっこ』そのもの。
こんな状況だろうとそれを恥ずかしいと思ってしまうアリスだが、アリスがそういう性質なのを知る同僚たちは、いい具合に視線をそらして見ていないフリをしてくれた。
でも、その優しい気遣いが……余計に恥ずかしいと言ったら、さすがに我侭だろうか……。
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