愛の証明 07


 血の臭いが届かない場所まで離れると、エリオットは腰掛けられそうな塀にアリスを下ろし、そっと優しくロープを裂いた。切れ味の鋭い先端は、うっかりすればアリスまでをも傷付けかねない危うさがあるが、エリオットは決して、アリスに傷をつけない。
「痕になってるな……痛むか?」
「ううん、平気」
 固定されていたのが解かれ、体の緊張が抜けて楽になる。ロープが無くなればもうその存在も気にならない。痕だってじきに消えるだろう。
「そうか……」
 ずっと強張ったままのエリオットの顔が、ようやく少し和らいだ……かと思えば、次の瞬間、ぎゅっと強く抱きしめられる。
「無事で良かった。あんたに何も無くて、本当に……」
「うん、無事よ。ありがとうエリオット。助けに来てくれて」
 声と腕が震えている。こんなに大きな体が小刻みに揺れているのを感じながら、アリスはぎゅっとエリオットを抱き返す。
「……ごめんな、怖い目に遭わせちまった」
「だから、大丈夫だってば」
 くすくすと笑う。
 本当に怖い目に遭ったのは、一体どちらなんだろう。

 つい、とアリスがエリオットの耳に指先を伸ばすと、震えが止まる代わりに体が固くなる。
 耳を思いっきり引っ張られて、おしおきでもされるのかと思っているのだろうか。アリスはくすくす笑い続けながら、エリオットの耳を優しく撫でた。
「あんたって……やっぱすげーな。肝が据わってるっていうか……」
「そう? だとしたらエリオットのせいね」
 エリオットがいれば大丈夫。
 客観的に見て、どれだけ危険なシチュエーションだったとしても、エリオットさえ一緒にいてくれれば大丈夫。
 何があってもこうやって、助けに来てくれて守ってくれるから。
(私は助けてなんてあげられないし、ただエリオットに迷惑をかけているだけだけど)
 アリスにとってエリオットは、とてもとても可愛くて……頼りになる、格好いいウサギの王子様だ。
 ……恥ずかしいから絶対に口に出して言ったりなんかしないけど。
「俺のせい? 俺……何かしたか……?」
「ふふ」
 ええっ? と耳をへにょりと折るエリオットを見ながら笑って誤魔化す。
 辺りはすっかり夜の闇に覆われてしまっていた。アリスが気を失っている間に、完全に時間帯が変わってしまったらしい。
「――お店、行きそびれちゃったわね」
「ああ……なぁアリス、やっぱり、あの店は止そう」
「どうして?」
「この辺りは連中のテリトリーに近いんだ。しばらくは近付かない方がいい。あんたを心配させるのもどうかと思って黙ってたんだが……先に言っときゃ良かったな」
 その言い方にアリスはピンと来た。
 そうだ、エリオットは店の場所を聞いた時、行くのを渋っていたじゃないか。
 あれはおそらく、この事を危惧していたからなのだろう。敵対ファミリーのテリトリー近くを歩く危険性を、エリオットが考えないはずが無い。それでも行こうと言ってくれたのは……アリスが本当に行きたがっていたから、何とか連れて行ってやりたいと、そう思ってくれたせいなのだろう。
 本当に本当に、このウサギさんといったら!
「そうね、なら今度は屋敷の近くのお店にしましょう? 近くにも行ってみたいお店があるのよね」
「わかった。近所ならちょっとした休暇の時にも行きやすいしな」
 エリオットはほっとしたように笑うと、嬉しそうに耳を揺らして頷く。
 どちらにせよ帽子屋屋敷に一度戻らなければいけない。仕事を代わってもらった挙句に、すっかり戻る時間が遅れてしまっているのだから……というか、そもそも今、結構な人数の同僚が、この場に来てしまっているわけで……。
 ……帰ったらその分まで、しっかりと働かなければ。
「? どうした?」
「ううん、なんでも……帰りましょうか、エリオット」
 自分がいても、こういった後始末の役には立てない。ならその辺は同僚に任せてしまって、屋敷での仕事を頑張ろう。そう立ち上がったアリスにエリオットは笑顔で頷き返す。
「帰りは離れんなよ」
「はーい」
 アリスは気の無い返事をしながらエリオットの左手を掴む。
 ぎゅっと、手を繋いで歩けば、エリオットもそれを握り返した。

「……そういえば、さっきのシモーネさん? って、どんな知り合いなの?」
「ああ、気に入ってるバーの支配人なんだ。すっげえ美味いにんじんカクテルがあるんだぜ!」
 帰り道、どうしても気になってしまい、思いきって尋ねたアリスは、その返事に思わず噴き出した。
 目がきらきらしている。ああ、いつものウサギさんだ。怪しいところなんてこれっぽっちもない。疑ってしまった自分が、ただ子供で嫉妬深いだけだと思い知らされる種明かし。
 エリオットを、もうちょっと信じればいいだけの話だったのに。
「今度一緒に行こうぜ。アリスもきっと感動するぜ!」
「え、あ……でも、あの辺りは危ないんでしょ……?」
 目をキラキラさせたまま誘ってくるので、アリスは頭をフル回転させて理由を探す。
「あ……そっか。そうだよな。残念だな……。じゃ、代わりに色々なところに出かけて、美味しいもののある店、探そうぜ」
 もちろん、出かけるのは安全なところだけだと笑うエリオットは、どうやら誤魔化されてくれたようだ。
 アリスはにっこり頷き返しつつ、にんじん料理とは無縁なお店をピックアップしておかなくちゃ……と、次の休憩の予定を脳裏にメモするのだった。

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2011/09/02  エリオットED後、「エリオットの話にはマフィア分が足りない!」と思った末に「なら自分で書いちゃえばいいじゃない!」と書き始めた作品。書き始めたら、うじうじしているアリスを書くのが楽しくなってきちゃって、どこかのエースさんみたいな気分でついついたくさん書いてしまいました(笑)タイトルは「あいのあかし」のつもりです。