愛の証明 03


「似合ってるぜ、それ」
「そう? ありがと」
 特に気にしていない様子でさらっと、アリスはエリオットの言葉を受け流す。
 真正面から、じっくりと受け止めれば、ただ恥ずかしくなるだけだと知っているからだ。
 今日のアリスの服装は普段のものよりもシックに纏められ、いつもよりもやや大人びている。髪のリボンから靴、身に着けるアクセサリーまで、全身くまなくコーディネートされているこの一式を、プレゼントしてくれたのはエリオットだ。
 白よりも黒、青よりも赤。
 いつもとは全く異なる色調だが、妙に心地良いことは内緒だ。
 恥ずかしいから、あまり頻繁に着ることは無い。――特別、な時だけ。それはきっと、エリオットだって気付いてる。
「で、お店なんだけど……」
「ああ、大体なら分かるぜ。何度か近くを通った事があるからな」
 例の雑誌を開こうとするアリスに、そんなのいらねぇよとエリオットは笑いながら歩き出す。追いかけるようにして隣に並べば、エリオットは彼にしてはゆったりとした歩みでアリスに合わせてくれた。
 同じ一歩でもアリスとエリオットでは大きな差がある。最初こそ、エリオットのペースにつられて息が
上がる事も多かったが、アリスにとってエリオットのペースがいかに大変かを知った彼は、すぐにアリスに合わせて歩いてくれるようになった。
 アリスですら、ちょっと遅いかもしれないと感じてしまうくらいに、ゆったりとした歩み。じれったくはない。それこそがエリオットの気遣いの証だったし、それにそれは、それだけ一緒に過ごせる時間が増えるという事でもあったから。
 僅かな差。でもそれが嬉しいと思える日が来るなんて。
 少し前の自分ならば全く考えられもしなかった事態だ。
 その変化が、嫌じゃない。
「さっきの仕事、バタバタしていたみたいだけど大丈夫?」
「あー、ちょっと他所のファミリーとの関係がピリピリしてて、少し小競り合いがな……。ま、片付いたから何とかなるだろ。後片付けだけなら、俺がいなくっても何とかなるしな」
 少し気になっていたことを尋ねてみれば、エリオットは安心させようと満面の笑みを向けてくる。
 エリオットの仕事がいきなり忙しくなる原因はいくつかあるが、危険な理由が絡んでいる事も少なくない。エリオットは帽子屋ファミリーのNO.2だ、それは仕方が無い。仕方が無いと思えるくらいには、慣れてしまった。
 それでも心配と無縁でいられるわけじゃないのだ。とはいえ今のエリオットは怪我をしている訳でもないし、血塗れだという訳でもない。エリオットの言う通り、それほど大きな危険はなかったのだろう……エリオット自身には。
 それでいい。もっと詳しい状況や他の仲間のことも聞けば教えてくれるだろうが、それ以上を知りたいとは、アリスは思わなかった。
「そうだ。せっかく遠出したし、帰りに買い物でもしていくか?」
「あ、なら私、見たいものがあるんだけど」
「なんだ? 本か?」
「それなら屋敷の近くで十分買えるじゃない。ちょっと小物を見ていきたいのよ」
 アリスは余程エリオットから本好きだと思われているらしい。ブラッドの影響で、帽子屋屋敷のすぐ傍にある本屋はとても品揃えがいい。本が欲しいだけならそこで十分だと苦笑しながらアリスは言った。エリオットが、いかに本を読まないか、よく分かる話である。
「じゃあ前に行った雑貨屋でどうだ? あそこ、気に入ってたみたいだったろ」
「そうね。あそこなら色々ありそうだし……」
 前にエリオットと訪れた店内を思い返し、アリスは頷いた。その店ならちょうど、今歩いているこの道の近くにある。帰りに立ち寄るにはピッタリだろう。あとは、次の時間帯に変わるまでの時間が、少しでも長くなることに期待しよう。

 そんな風に、アリスとエリオットがあれやこれやと話しながら歩いていた時だった。
「あら、エリオットじゃない」
「……シモーネ?」
 通りの向こうから歩いて生きた女性が、ふとエリオットを見て笑うと手をあげた。エリオットがその顔を見て呟いたところを見ると、何かしらの知り合いらしい。
(綺麗な人ー……美人ー……)
 すらりとした長身と引き締まった体つき。それでいて、微笑む表情はふんわりとしていて愛らしさも感じさせる。頭から爪先まで、非常にバランスの整った美人だった。
 一体、どんな知り合いなんだろう……。
「そちらのお嬢さんは……最近、噂の子?」
「……知ってたのか」
 シモーネと呼ばれた美女の視線がアリスを向く。一体どんな噂だろうか。それよりも、それを聞いた途端にエリオットの表情が硬くなった事の方が気になる。
 なんだろう。まるで、アリスの事が知られては都合が悪いみたいに……。
「ええ。もうすっかり知る人ぞ知る噂になっているわよ? あなたが最近、すっかり入れ込んでいる娘が
いるって……ふぅん……その様子だと本当なのね。しばらくウチに来ないと思ったら……」
 艶めいた、余裕漂う意味ありげな大人の笑み。そう形容するのがピッタリな表情を浮かべて、女はエリオットに語りかけている。目の端にちらちらとアリスの姿を捉えながら。
(……まさか……)
 いやエリオットに限って、と思わないでもない。
 が、彼は間違いなくマフィアの一員であり、ファミリーのNO.2などという地位にある男なのだ。
 エリオットの人柄を考慮しなければ、まったくもって不思議な話ではない。現にブラッドだったら1人や2人、いや10人位いたって、きっと納得する。
(これは……『情婦』というやつなのでは……!)

次へ