愛の証明 02


「ねえ、エリオット」
 時間帯が切り替わり、仕事が終わったエリオットが部屋に戻ってくると、アリスは付箋をつけておいた
雑誌を開いて見せた。
「あのね、ここへ行ってみたいんだけど……」
「ん? 店か?」
 それは同僚から借りたもので、この国で評判の店をジャンルごとに紹介していた。
 アリスが広げたページでは「パンが自慢のカフェ」を特集していて、付箋は塔を越えた先、やや遊園地の領地寄りにある店にマークしてある。
「うん。どのメニューも美味しそうで気になっちゃって。他にも気になったお店はいくつかあるんだけど、ここ、行ってみたいなーって……」
 じーっと、エリオットを見上げる。
 行ってみたいなー、って。
 だめ?
 ……あからさまだ。しかもズルい。エリオットは私に甘いから、こういうのは割と大概聞いてくれる。
 それを知っていてやっている。ああ、なんて私って性質の悪い女なのかしら。
 でも、それもこれも全部エリオットのせいなのだ。放っておけばエリオットはまた、この間と同じように一面のオレンジにんじん料理を用意させ、自分はじっと耐えに耐えて我慢し続けるに違いない。
 それなら、とアリスは考えたのだ。
 なら、にんじんとは無関係なお店に誘って出かけてしまえばいい。それでもにんじん料理の贈呈がゼロになる事は無いだろうが、それによって少しでも頻度が下がってくれれば、お互いに辛い思いをする回数が
確実に減る。
 根本的な解決にはなっちゃいないが、まずはここから。その上でまた更に対応を考えればいい。
 アリスは借りた雑誌をエリオットのベッドに転がって読みふけりながら、そう考えたのだった。

 店のチョイスは実際にアリスが行きたいと思った場所なので、決して嘘だというわけでもない。掲載されているメニュー、説明、店の雰囲気いずれも、アリスにとって魅力的に映ったのだ。
「うーん……」
 だがエリオットは珍しく、アリスが出した雑誌を手にすると、紙面を睨みながら唸った。
 珍しい。普段なら「あんたが行きたい場所ならいくらでもいいぜ!」と満面の笑みで応じてくれるようなエリオットなのに。
「……嫌だった?」
「まさか! 嫌じゃねぇよ。ただ、ここは……」
 ぶんぶんと首を振るエリオットだが、後半は煮え切らない。声をくぐもらせて黙り込んでしまう。
「嫌ならいいのよ? 無理にとは言わないわ。すごく残念だけど……」
 エリオットが渋る理由がよくわからない。だからアリスは心底残念そうに、自分にうさぎ耳があるなら、しゅんとしょげ返っているのがありありと分かるような、あからさまな態度で呟いた。
(……他の人を誘って行くわ……まで言うと、やりすぎかしら?)
 その内心でこんな事を考えているんだから実に姑息だ。計算高い嫌な奴である。
 自覚はある。でも、エリオットを連れ出したいのだ。にんじんがどうとか、うさぎがどうとか、そういう細かいことを気にせず2人きりで楽しめる場所へ。

「……。わかった、行こうぜ」
 アリスがそんなことを考えている間に、こちらはこちらで何かを考えている様子だったエリオットが頷き返す。ただし、やはりその表情は、いつもの人懐っこいうさぎさんとは少し違う。
 違和感。でも、その理由までは分からない。
「俺、次のちゃんとした休みは8時間帯後だ。それに合わせて休み取れるか?」
「聞いてみるわ。多分大丈夫だと思う」
 エリオットとアリス、どちらがより休みを取りやすいかといえばアリスの方だ。
 エリオットの休みは仕事の都合に沿って取るから不定期だったし、急に仕事が流れて時間が空くこともあれば、反対にトラブルやアクシデントで休みが潰れてしまうような事もままある。
 それに、代わりのいない仕事が多いエリオットに対し、アリスの仕事は誰かに頼んで代わって貰う事ができる類のものだ。更に同僚達は皆、自分とエリオットの関係を知っている。――なにせ、あのエリオットの反応だから、ただ漏れの筒抜けなのである――から、休みの時間帯を揃えてデートがしたいのだと言えば、誰かしらが仕事を変わってくれる。いつもやる気なく、だれている彼らだが、そういう所はとても優しい。
 今回もきっと、大丈夫だろう。
 その予想通りに快く同僚の1人が仕事のシフトを変わってくれ、アリスは無事に休みを確保する事が出来た。エリオットの方も多少慌しいアクシデントはあったらしいものの、時間帯が変わる前には何とか片付き、2人は無事、予定通りに8時間帯後の休暇を迎えた。

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