愛の証明 01


「さあ、どんどん食べてくれ!」
「う、うん……」
 アリスは頷くとフォークを取った。でも、すぐには手が動かない。
 目の前には一面のオレンジ色。
 にんじんケーキ、にんじんムース、にんじんワッフル、にんじんクッキー、にんじんドーナッツ、にんじんゼリー、にんじんマフィン、にんじんブラウニー、にんじんパフェ。
 そうそうたる人参メニューの数々だ。
 ドリンクも当然のように、にんじんジュース。
 甘いものばかりじゃなんだから、という気配りを見せて用意してくれた料理も、にんじんパスタ・にんじんサラダ・にんじんポタージュ・にんじんオムレツ・にんじんグラッセ・にんじんスティック……と、やはりオレンジ色のものばかり。
「? どうした、遠慮しなくていいんだぜ。これは全ッッ部あんたのために用意した物なんだからな!」
「あー、えっと、うん……ありがとう……。……でもこんなに食べられないわよ、私1人じゃ……エリオットも食べたら……?」
「ぐっ……! いいや、俺は食べない。あんた、俺の愛を試す気なんだろ……?」
「違う」
 頭が痛い、とアリスは額を押さえながら溜息をついた。
 今もそわそわと耳を動かして、明らかに料理の数々を気にしている様子なのに、断固として首を振るエリオット。理由は分かっている。先日の「もう、にんじんは一生食べない」宣言を彼は頑なに守っているのだ。
 ……食べればいいのに。
 こんなに、好きなんだから。

 エリオットがにんじんを食べようが食べまいが、それでアリスの想いが変わるわけではないというのに、エリオットはにんじんを食べなくなった自分を、本当にアリスが好きなままでいてくれるのか確かめるのだと、断固としてあれ以来にんじんを食べようとはしない。
 それでいて、アリスにはご馳走を振る舞いたいのだと、彼が帽子屋屋敷のシェフに言って用意させる料理は見事にんじん料理ばかり。耳をへにょっとさせて耐えながら、料理を勧めてくる姿は、とてもいじましいものがある……が。
 アリスとしては、こんなに大量に用意されても食べきれないし、毎度毎度こうもここまでにんじん尽くしでは、思わずうっとこみ上げてしまうものがある。胸焼けする的な意味で。
「……私、エリオットよりも凄く小食なのよ。こんな量を1人で食べきるだなんて無理だわ。食べきれずに残してしまったら勿体ないでしょう?」
 アリスもエリオットも食べなければ、この料理の行き先はゴミ箱だ。そんなの勿体なさすぎる。
 だから一緒に食べようと、もう一度誘ってみるが、エリオットは耳をふるふるさせながら首を振った。こういう時、エリオットは本当に我慢強いというか頑固だと、溜息をつくしかない。
「……あーあ。せっかくエリオットと一緒なのに、一緒に食べられないなんて」
 アリスは少々大げさに溜息をついてみせた。
「……ひとりで食べても、つまらないわ」
 小さく零しながらエリオットを見る。
 ぴくっと反応した耳が伸び、所在なさげにエリオットの視線がしばらく揺らいで、それからまた再び耳がしゅんと垂れていく。
 ああ、本当に分かりやすい反応だ。
 それでもエリオットは固く口を結んだままだ。
(ほんと、そこまで我慢しなくても……)
 もう、なんていうか、どこからどう見ても「食べたいに決まってんだろぉぉぉぉっ!」と今にも叫びだしそうな一歩手前のように見える。
 ……嫌だとは言わない。
 これはこれでエリオットなりに真剣に自分のことを思ってくれている証なのだ。実に馬鹿なことだとは思うけど。そんな必要なんて全然無いのに、と思うけど。
(……そうしないと信じられない、という事をしているのね。私)
 溜息をつきたくなるのは、エリオットが悪いからじゃなくて、自分の悪さに胸を締め付けられるせい。
 恋なんて二度としないと決めていたはずなのに、純粋な好意のはずがほだされて、気が付けばエリオットとの恋に落ちてしまった。
 でも愛情表現はストレートじゃないし、今更キャッキャウフフとはしゃぐような事もできない。だからこうしてその結果、エリオットを不安にさせてしまう。
 ……自分がまさか、愛を疑う側ではなく、愛を疑われてしまう側になる日が来るとは。
 本当に本当に、厄介なことになってしまったものだ。

 溜息ばかりの心境とオレンジ一色の光景と、エリオットの耳の様子にすっかりお腹はいっぱいになってしまい、結局にんじん料理はいつもよりも更に少ない量しか、胃袋に入っていってくれなかった。

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