2019/10/19 ATEM 第25回全国大会に参加して
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ATEM(映像メディア英語教育学会)第25回全国大会が京都女子大(京都東山)で開催され100名ほどが参集し、1つの講演、6つのシンポジウム、32本の発表が行われた。
キャンパスに続く道がプリンセスロードと呼ばれる閑静な地域の一角にある
会場棟入り口に設置された大きな案内板が頼りだ
6つの教室に分かれていた参加者が 全体シンポ会場に集まってきた
この記事では、TEDとコーパスと批判的思考の3つをキーワードにレポートする。
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もくじ |
- TED に関する発表
- コーパスに関する発表
- 批判的思考に関する発表
- 批判的思考についての主張と実践
- コーパスについての研究
- コーパスと批判的思考
- 批判的思考のための3大要件
- 批判的思考のための3大要件の実際
- まとめ / 3大要件の土台となる資料収集
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TEDは毎年アメリカで開かれるプレゼンイベントを核としながら、それと同じスタイルで世界各地で開かれるTEDxなどの総称である。プレゼンはほぼ英語で行われ、それが世界中の言語に翻訳され字幕付きでウェブ公開されている。
公開はクリエイティブ・コモンズとして行われていることから自由にダウンロードしたり、教材に取り入れることが可能になっている。
優良な言語資源として英語教育に活用する人々が増加中である。
TED を扱った発表としては、1つのシンポジウムと、1つの研究発表があった。
- The Power of Ideas: Engaging students with TED Talks
- TED で発想力と英語を磨く
- KLAPHAKE Jay (Kyoto University of Foreign Studies)
- MCGREGOR Angus (Kyoto Gaidai Nishi High School)
- RAMSDEN Takako (Kyoto University of Foreign Studies)
- SHIOMI Kayoko (Ritsumeikan University)
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- 映画『ボブという名の猫』(2016)に観るプロット交差点と回転軸
- ― 極めゼリフをコーパスで深層学習 ―
- 田淵 龍二(ミント音声教育研究所)
- 塚田 三千代(翻訳・映画アナリスト)
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コーパスは、ある目的をもって収集された文物のことであるが、ここでは言語資源としてウェブ上に公開されているテキストや音映像の集合で、テキスト検索可能なものを指している。
特に近年は 大規模で信頼性の高い無料のウェブサイトが増えてきた。
これらを語学教育に使う機運も広がっている。
コーパスを扱った企画としては、1つのシンポジウムと、1つの研究発表があった。
- The TV Corpus を活用した英語教育
- 田畑 圭介(神戸親和女子大学)
- 松井 夏津紀(京都外国語大学)
- 井村 誠(大阪工業大学)
- 近藤 暁子(兵庫教育大学)
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- 映画『ボブという名の猫』(2016)に観るプロット交差点と回転軸
- ― 極めゼリフをコーパスで深層学習 ―
- 田淵 龍二(ミント音声教育研究所)
- 塚田 三千代(翻訳・映画アナリスト)
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批判的思考(Critical Thinking)は、相手(主にメディア)の主張を鵜呑みにしないで、一呼吸入れてよく考えてみる姿勢のことである。
批判的思考と言えばかつては、主にメディア批判(新聞やテレビの論調や広告を批判的に見聞する姿勢)であった。
ウェブとスマホの普及でみんなが情報発信者となったことから、権力による情報操作にとどまらず、フェークニュース(偽情報)やネット右翼にみられる情報の偏食などが問題視されるようになってきた。
それに加えて メディアを教育に取り入れる機会も増えたことから、語学教育現場でも批判的思考の重要さに留意する教員が増えてきている。
批判的思考に触れた企画としては、1つのシンポジウムと、6つの実践報告があった。
- The Power of Ideas: Engaging students with TED Talks
- TED で発想力と英語を磨く
- KLAPHAKE Jay (Kyoto University of Foreign Studies)
- MCGREGOR Angus (Kyoto Gaidai Nishi High School)
- RAMSDEN Takako (Kyoto University of Foreign Studies)
- SHIOMI Kayoko (Ritsumeikan University)
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- Multimedia Resources to Teach and Apply Critical Thinking Skills
- YAGI Keita (International Christian University)
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- Developing Students’ Media Literacy and Critical Thinking Skills within the University EFL Classroom
- KAVANAGH Barry (Tohoku University)
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- Collaborative Vocabulary Build-up Practice with Word Cloud
- YOON Tecnam (Chuncheon National University of Education)
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- Teaching Media Literacy through TV Commercials
- YOSHIMUTA Satomi (Kwassui Women's University)
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- 批判的思考の「気づき」を促す映像活用法
- 映画批評を通して高める批判的思考力と発信力
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批判的思考に触れた発表は7つあった。これは今回の40近い企画の2割近くであり、関心の高さをうかがわせる。
以下は、発表を聞いたり、または時間の都合で参加できなかったものは要約を読んだりして得た筆者の感想的まとめである。
TED ビデオを言語教育に利用することで批判的思考を養う |
/ KLAPHAKE Jay |
/ 主張 |
TED ビデオの話者は、国・地域・人種・性別・階層・言語などが多様なことから、うまく使うことで批判的思考を養う教材になる可能性を持っている。
テレビ広告(CM)ビデオを批判的に観る方法について学ぶ |
/ YOSHIMUTA Satomi |
/ 実践報告 |
メディアを批判的に観ることは、粗さがしをしたり、悪口を言うことではないことを踏まえつつ、十数秒のテレビコマーシャルに凝縮された主張をきちんと理解するための分析手法を学ぶ。
DNA kit 販売をめぐって 対抗ビデオを視聴させる |
/ 清澤 香(公立諏訪東京理科大学) |
/ 実践報告 |
メディアを批判的に観る姿勢を養う目的で、DNA kitを数千円で買えばルーツ(自分の祖先)がわかると言う宣伝ビデオと、DNA解析の科学性と倫理性に疑問を投げるビデオを順に鑑賞させて、生徒の反応をアンケートで調べている。
結果は 概ね慎重派と購入派に分かれていたが、ビデオの視聴ごとに意見を変えたのは1割程度と見受けられた。
映画批評のグループ学習で 批判的思考を体験させる |
/ 塩見 佳代子 (立命館大学) |
/ 実践報告 |
メディア英語のグループ学習で映画批評文作成を課題とし、要約と批評の違いを学びながら、一枚のポスターにまとめ上げる過程を通して、批判的思考を体験する授業をおこなっている。
とんでも科学(ニセ科学)のビデオを使って、批判的思考の手法を学ぶ |
/ YAGI Keita (International Christian University) |
/ 実践報告 |
批判的思考の手法を学ぶために、7つの宣伝技法を学び、それらの技法のいずれかにあてはまるビデオを探す授業をおこなった。
広告制作を通して、広告を客観的に観る姿勢を育てる |
/ KAVANAGH Barry (Tohoku University) |
/ 実践報告 |
情報の受け手である生徒が、自分で広告を作る経験をする(発信者になる)ことで、逆に相手の主張からうかがえる本音と情報操作を見抜く力を養わせる授業をおこなった。
多く使われている単語を大きな文字で強調する技法を使って学習効果を高める |
/ YOON Tecnam (Chuncheon National University of Education) |
/ 実践報告 |
ワードクラウド(Word Cloud)はテキストマイニング(文章の特徴解析)の結果を視覚表示する方法の一種で、下図の下の方に並んでいる大小の単語の塊を指している。
左下の例からは、このビデオが drug について、medical 面から話題にしていると推測できる
こうした視覚情報を自分たちで作ることを通して、文章や単語を自分のものとして批判的に捉える訓練になるとともに、語彙表現の定着にも役立ったとしている。
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コーパスについての発表は2つあった。1つがシンポジウムで、1つが研究発表である。これは今回の40近い企画のうちの5%になる。
しかし、批判的思考にかかわる実践報告などを見渡すと、ビデオや記事を見つけるときになんらかのコーパスを使っていることが察せられる。
そういう意味では、コーパスの比率はおそらくもっと多くなるだろう。
大規模テレビコーパスを使って 言語表現の継時的、定性的ふるまいを知る |
/ 田畑 圭介(神戸親和女子大学) |
/ 松井 夏津紀(京都外国語大学) |
/ 井村 誠(大阪工業大学) |
/ 近藤 暁子(兵庫教育大学) |
/ 研究報告 |
世界最大規模の英語コーパスであるCOCAは、これまで汎用コーパスとして増殖してきたが、数年前から分野コーパスとしてのブラッシュアップが進んでいた。そうした分野別コーパスがこの春ごろから公開のされたことに合わせたシンポであった。
ニュース、テレビ、映画、雑誌など多彩な分野を含んだ English Corpora は基本無料のオープンサイトなので気楽にアクセスできるのがうれしい。ただし、研究者向けに設計されているので、一般授業に落とし込むには、それなりの技量と根気が必要になる。
シンポでは発表者の関心事に従って次々と検索+操作事例が紹介された。初見であった田淵の頭はオーバーフローしてしまったが、何ができるのかの全体像はしっかりとインプットされた。
例えば、表現 Here you are. は近年では Here you go. に取って代わられてきたことを、経年的かつ地域的なグラフで一目瞭然に示された時には、ひたすら感動してしまった。
そこで、習ったばかりの手法で以下の3つの挨拶表現の変遷を調べてみた。結果ともに記す。
青い枠部分が1950年以降の10年ごとの経年変化で、赤い枠部分がアメリカ(左)とイギリスの比較である。数値の単位は100万語分のテキストに Here you are などが幾つあったかを示している。
- nice to meet you
この60年で16倍に増えていて、特にアメリカでの変化が激しいように見える
- how are you
目立った変化は見られない
- how do you do
この60年で20分の1に減っている
実は田淵も 英日対訳コーパス CORPORA と 論文コーパス NaCSE で同様の仕組みを取り入れているのだが、量の多さと表示性能において圧倒された。
特徴を比べると、COCAは英語だけなのに対し、CORPORAは英語+日本語(訳文付き)であること、COCAは研究ベースであるが、CORPORAは学習向けであることだ。
ここでは表現 here you are と here you go をCORPORAのSeleaf(映画コーパス)とTEDコーパスで検索した様子を紹介する。
CORPORA / Seleaf で here you are を検索した様子
結果をまとめたのが次の表だ。
表. here you are と here you go の出現頻度
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表現 | Seleaf(映画) | TED Talks(講演) |
時代 | 1940年代前後 | 2010年代前後 |
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here you are | 8 | 9 |
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here you go | 1 | 7 |
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テレビでは here you are と here you go の頻度はこの70年で逆転し、here you are は絶滅寸前に見えたが、講演(TED Talks)では here you are が健在であることがわかった。
これは、テレビに比べて TED Talks の方が古い言語表現をまだ引きずっているとも言える。
あるいは、時代の変化をいち早く取り込みやすいテレビの性質が反映されたのかも知れない。
あるいは、公式な場では here you go は憚られているのかもしれない。
少なくとも、同時代に生きていても講演とテレビでは言語表現様式が同一ではないことを示したと言えるだろう。
映画『ボブという名の猫』(2016)に観るプロット交差点と回転軸 |
― 極めゼリフをコーパスで深層学習 ― |
/ 田淵 龍二(ミント音声教育研究所) |
/ 塚田 三千代(翻訳・映画アナリスト) |
/ 研究報告 |
この研究発表は、iPadとプロジェクタの接続異常により、途中からスクリーンなしで行われた。
映画を使った授業で「文化と言語」を同等に扱えるようにするために、同一の映画を研究者が分担して「文化面」あるいは「言語面」を専門的に別々に研究し、最後に統合する手法を取った。
田淵は言語面を担当し、物語の転換点を象徴するシーンのセリフ「luckily for me I had some very important companions to help with my second chance / ボブのおかげで・・・」を取り上げて深掘りした。
方法
- 「help with」 の一般的訳語、および訳語「おかげ」の一般的な英語表現を抽出して比較した。
結果
- 「help with」 は主に、助ける、支援する、手伝う(カバー率 40%)と訳されていた
- 「おかげ」の元の語彙は主に、because, thank, give(カバー率 32%)であった
- 拡大 拡大
「help with」 と 「おかげ」(右)の検索結果を対訳フィルタで調査した様子
考察
- 「ボブのおかげで別の人生もあるって」は、物語のキーワードを的確に日本語にした名訳ではないかと感心させられた。
- 映画全体を通して、周囲の人々(ペットも含め)の手助けに感謝し、力を得て、自力で解決する努力が実を結ぶとのメッセージが伝わる訳になっている。
- こうした言語面での解析結果は、塚田による文化面の解析結果(原作にある一節 we are all given second chances every day of our lives)と符合した。
この研究発表での配布文書はこちらから入手できる。
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ここまでの記事で扱ったコーパスを列挙する
いずれも名前に「コーパス」を含んでウェブ公開されている。
しかしコーパスと名がついていなくても所望の記事やビデオを見つけるときに使うウェブ検索も、機能としては「コーパス」と差異はない。
たとえば検索サイト「Google」や「Yahoo」や「YouTube」もコーパスだ。分野を問わず検索できるの「汎用コーパス」の一種だ。「Google Scholar」や「IMDb」や「映画と文化データベース(MCDB)」は「分野別コーパス」と言えるだろう。
こうした広い意味でのコーパスの視点に立つと、批判的思考を扱った発表(実践報告)の多くが、コーパスを使っていることが見えてくる。
ただ残念なことに、授業で使ったり発表で紹介したビデオや記事をどのようにして見つけてきたのかについての言及が(少なくとも要約文書には)ない。視聴者(先生たち)が発表に触発されて授業運営を構想するとき不可欠となる情報の欠落である。
また、利用した検索手段の公開は、批判的思考を習った生徒が自ら資料を探すときの手助けともなる。自律的探索行為を可能とする情報提供こそ、批判的思考が空念仏にならないための指南車であり必須要件であろう。
このあたりは今後の課題と思われる。
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今回のATEM全国大会を振り返って批判的思考について改めて考えなおしたところ、次の3つが批判的思考を実現するための核となることが見えてきた。
- 資料
- 理論
- 動機
批判的思考の応用でもあるメディア批判(Media Literacy)を例に考えてみよう。
まず、批判対象としての記事や放送やビデオ(=メディア)が資料として対象化されることから始まる。
次に、それに対する意見(=資料)を対抗情報として対象化する。これによって批判する論点を明確に対比させることが容易になる。
対比された資料を、どのような基準や方法(=理論)によって検討していくのかをはっきりさせる。これがなければ手前勝手な我田引水になる恐れがあり、説得力を失うだろう。
対抗的資料を収集するにしても、理論的に詰めていくにしても、エネルギー(=動機)がないとできないだろう。やれと強制されていいものは期待できない。
また どれほど動機が強くても資料の収集に手間取ったり、論点が不明確であれば、精神的に疲弊し、思考をあきらめてしまうことになりかねないことから、わかりやすくて使いやすいコーパスが求められる。
批判には土俵(=資料)とパワー(理論)とエネルギー(動機)が不可欠なのだ。
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3大要件がそれぞれの発表でどのように具体化されているのかを調査した。
たとえば YAGI 氏は「プロパガンダの7つのテクニック」(=理論)を学ばせたうえで、いずれかの技法をつかった具体例をスピーチやコマーシャル(=資料)を探す実践を課している。
たとえば 塩見氏は生徒に映画批評のポスターを制作する実践を課すことにより、要約と批評を区別する分析ポイント(=理論)を提示している。
たとえば YOSHIMUTA 氏は「basic principles proposed by Len Masterman」の方法論(=理論)を提示している。
たとえば KAVANAGH 氏は生徒に「メディアを評価する方法」(=理論)を教授したうえで、「広告を作る」実践を課すことで、方法論を体得させようとしている。
たとえば清澤氏は、民族的偏見を気づかせる効果を持つDNAテスト紹介ビデオ(=動機)、批判対象のビデオコマーシャルと対抗ビデオ(=資料)を鑑賞させることで、心理的変化を体験させようとした。
批判的考察で利用する資料(メディア)は3つに分類できるようだ。清澤氏はこれらを巧みに収集していた。
- 対象メディア: 批判的に考察するメディア
- 対抗メディア: 対象メディアと異なる主張を持つメディア
- 全般メディア: 話題全般の教養的情報を提供するメディア
発表中の清澤香氏
参加できなかった発表についてはプログラム掲載の要約に依拠したことから、情報の欠落や誤謬があった場合にはご容赦の上、ご連絡願いたい。
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今回のATEM全国大会で多くの発表者が注目した批判的思考をキーワードに、批判的思考のための3大要件を視座に振り返りをおこなったところ、「資料」への踏み込みがもっと欲しいと思った。
- 発表者(先生)は、どのようにして批判対象のビデオや記事を探し当てたのか?
- 発表者(先生)や生徒は、どのようにして対抗的内容を持つビデオや記事を探し当てたのか?
- そしてそれらは、無料で素早く容易に入手できるのか?
これら3つは、発表を視聴した参加者(先生)が自らの授業運営を構想するうえで不可欠な情報であるし、生徒自らが批判的思考を実現するうえでも最重要な情報であろう。
たとえばある学会(外国語教育メディア学会 LET)は発表者が執筆する要項原稿(当日配布の印刷物)に次のような指導をしている。
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拡大 |
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図表、データ、写真等は、できるだけ「要項原稿」に掲載してください。 |
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当日参加できない方にも充分意を尽くせるよう、 |
仮説、方法、経過、結論まで明記するようお願いいたします。 |
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LET関東支部 「要項原稿執筆依頼及び執筆要項」(2019)より抜粋 |
著作権処理や人事や査読、運営委員会の不適切な運用やハラスメント・ガバナンスにおいて何かと不備がある学会ではあるが、要項原稿の質向上やPDF化とそのWeb公開など、会員の利便性と社会的貢献を配慮した先進的取り組みには感謝している。
先月の記事で 教育における再現性について触れたが、今大会で注目度の高かった批判的思考においても、再現性を高めるために資料への踏み込みを期待したい。そうした取り組みがなされるならば、参加会員の満足度も大いに高まることであろう。
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2019.10.23 田淵龍二 TABUCHI, Ryuji
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