2019/09/29 ATEM 第1回特別東北研究会に参加して
ATEM(映像メディア英語教育学会)東日本支部主催の第1回特別研究会が東北大学川内キャンパスで開催され20人ほどが参集し、午前中はビデオ作成の発表が3件、午後はユーチューブや映画コーパスを活用した発表などが4件、あわせて7件の発表が行われた。
東北での新しい試みを、この記事では、再現性をキーワードにレポートする。
再現性(reproducibility)とは、実験を繰り返した時に同じ結果が得られる度合いに関わる考え方で、研究結果を科学的に検証するための必須要件である。たとえば、素材Xに熱を加えてY度をA分間保つと新しい物質zがmグラム生成したとする研究報告を同じ条件で再実験したところ、物質zができなかったら再現性はないとされる。また、そもそも発表において再現実験に必要な情報が提供されているかも問われる。
こうした科学的手法にならって教育における授業再現性を定義した。つまり、発表された教育実践を見聞した教員が自分の授業に取り入れられる可能性、および同程度の成果が期待できるかを示す概念である。たとえば語学クラスXにA分間の処遇Yを一期繰り返したところ読解力がm伸びたとする研究報告であれば、それを知った先生が自分のクラスでも同じ処遇を実現可能か、そして同程度の読解力の伸びが期待できるかと言うことである。
教育系学術団体としては、参加者の満足度と明日への意欲に関わるからである。
杜の都と言われる仙台の小高い山の中にある川内キャンパス
もくじ
本格的な映画プロジェクト
宿題としての自己紹介ビデオ作製
多言語環境での自然な外国語習得を目指す
テレビCMを批判的に読み解く
フォント種による読解効率の比較
ユーチューブを字幕付きで視聴する処遇
映画の気になった表現をコーパスで深掘りする
10:30~11:00
深井陽介、ベルトラン ソゼド(東北大学)
主体性・コミュニケーションを育む:東北大学映画プロジェクトの試み
ユーチューブで公開している作品を紹介する深井氏
ガチンコの説明をするベルトラン氏
本格的な映画製作を通じてフランス語の実践的な習得を目指している。
作成したビデオ(約20分)はユーチューブに投稿し、さらにフランスやスイスとの文化交流にも意欲的に取り組んでいる。
プロジェクト名は「Qui Suis-Je? わたしはだれだ? 」。
第1作
フランス人探偵と女子大生が入れ替わる?!
大学生がつくるフランス語ドラマ!
VIDEO
ユーチューブのページはこちら
⇒https://www.youtube.com/watch?v=K9EwzbKvDCw
分類:
方法:
授業プログラム、作業手順、および使用器具が丁寧に明示された
生徒の言語:
対象言語:
特徴:
クラス一体となってビデオを作成し、国際交流につなげる
利点:
難点:
脚本を作成し、撮影機材を使いこなして撮影し、ビデオを編集する人材確保が困難
企画にみごとにはまる生徒(2割)がいる反面、乗り切れない生徒(1割)も
再現性:
専門性の高さや準備作業の多さなどで、一般授業での導入は難しい
質疑:
Q こうした映画作成課題を通してどのような成果が上がったかのデータはありますか?
A テストで何点上がったかと言うようなデータはないですが、フランス語検定の受験者と合格者が増えたりしています。
Q セリフを2週間で覚えさせるのに、どのような指導をしたのですか?
A 覚えきっていなくても、うまくしゃべれるまで何度も撮影を撮り直したりしました。
感想:
完成度の高さに圧倒された。ABUロボコンにみられるような国を超えた大学ごとの対抗戦として発展するとおもしろうそうだ。
11:00~11:30
張 立波 (東北大学)
ビデオ制作を通した課題型学習:中国語授業の実践を中心に
発表中の張氏とスクリーンの一コマ
伝統的な語学教科書による授業で、7週間の発音指導の後にようやく文章が使われ始める。そこの課題が「家と家族 」であったことから、「自己紹介ビデオ 」を作成し、Google フォームに投稿する課題を与えた。
分類:
方法:
生徒の言語:
対象言語:
特徴:
自分や家族を紹介するビデオ(数分)を作成し、中国語のナレーションと字幕を入れる
利点:
生徒各自がそれぞれ可能な方法(スマホ、パワポなど)でビデオを作成して提出
難点:
制作するビデオのひな形を見せることができれば、特段の困難はないと思われた
再現性:
教員の指導がなくても、生徒はすでに動画編集に慣れていたので、様々な授業での導入が可能であろう
質疑:
Q 生徒によるビデオ制作をどのように指導したか?
A 自己紹介の課題を出しただけで、技術指導は何もしていない
感想:
始まったばかりの取り組みで、授業案例として確立できれば、多くの現場での活用が期待できる
スマホ世代とも言われる今どきの学生諸君は、中高生のころから日常的に動画を扱っているようで、編集力と共有技術(メディア・リテラシー)があり、教員の負担が少なく、このような授業が盛んになると予測される
課題達成度(質と提出率)を高める工夫を尋ねたところ「期末試験の平常点に加算する 」と告げたということであった
CALL指導者からは「今どきの生徒はマウスの使い方も知らない 」との声が多かったが、生徒が得意なスマホを活用することが新しい教授法に加えられつつあることを実感した
11:30~12:00
関口美緒 (筑波大学・メリーランド大学)
日本語・英語使用によるビデオ制作活動での自然言語獲得
発表直前の関口氏(左)と司会のスプリング氏
あるグループはドイツ語1人と中国語2人で、3人が同時に会話できる言語は、まだたどたどしい日本語だけ。英語が使える生徒が2人いたので、日本語と英語と中国語とドイツ語を織り交ぜてなんとか意見交換しながら作業しているうちに、ビデオ制作に必要な語彙や表現を相手の言語で習得していく様子が報告された。
分類:
方法:
多言語クラスで、数人のグループごとにビデオ(数分)を作成
生徒の言語:
対象言語:
特徴:
多言語環境で、試行錯誤しながら意見交換を工夫しつつ、相手の言語を習得する試み
利点:
留学生が増えている状況で、多言語交流から言語習得の自然な流れを促せる
難点:
既存のクラス授業運営に収まりにくいので、他クラスや大学の協力が必要
再現性:
担当クラスによっては、再現可能だが、一般的だとはいいがたい
質疑:
感想:
日本語を習得した留学生の多くは、授業外での日本語母語話者との交流が多いという成功事例を授業に取り組む試みはすばらしく、大学にとどまらず地域社会や企業でも導入することが望まれる。
13:30~14:00
吉牟田聡美 (活水女子大学)
コマーシャルを用いてメディア・リテラシーを育む
60秒のCMを4つに区切って説明する吉牟田氏
マスメディアの一方的な宣伝をいかに批判的に視聴するのかについて5つの視点(Literacy for the 21st century)を提示した。
Literacy for the 21st century
さらに多くの映画の筋書き(beginning, middle, end)がCMにもあるとして分析する手法の説明がされた。
さらに、各シーンで使われた小道具が何を象徴しているのかについての分析(たとえば日本兵が打ち込む矢とアメリカ兵の撃ち出す大砲は双方の英語力の差違)も示された。
VIDEO
Japanese Ad Nissin Cup Noodles 2013 日清カップヌードル CM
ユーチューブのページはこちら
⇒https://www.youtube.com/watch?v=q_iDfoy1v5g
分類:
方法:
テレビコマーシャル(CM)を批判的に読み解き議論する
生徒の言語:
対象言語:
特徴:
利点:
1分ほどの短いビデオを素材とすることで、議論や学習の時間を確保できる
難点:
CMの選定と、そのCMの時代背景やなどの全般的調査あれば、より深く探求できるが、現状ではCMコーパスのような便利なものが見当たらない
再現性:
CMは長くても数分なので、1回の授業で使い切ることができるので一般の授業でも導入しやすいことから、使いやすいCMのリストとそれぞれの利用案内があれば再現性は高い
質疑:
感想:
映画1本見るだけで授業時間が全部つぶれてしまうので、10分ずつ小分けにして10回の授業にする手法があるが、1回完結を望む声も多い。
田淵は映画映像コーパスで10数秒のピンポイントシーンを使う道を選んだが、発表者はCMを選んだと言う。
合理的な選択であることから、今後、CMの紹介を含む授業案例の取りまとめを期待する先生も多いと思われる。
終了後に塚田氏と発表者が意見交換する場面があり、塚田氏の「日清のこのCMは好きではないが、会社の歴史を踏まえることが大事 」だと蘊蓄を話されていた。
14:00~14:30
Eric SHEWACK (Tohoku University)
The effect of font type on readability and comprehension of texts in an EFL setting
読みやすさの測定結果について説明する Shewack 氏
言語を認知科学的に分析する場合、多くは脳内に取り込まれたテキスト情報の処理に焦点を当てるが、この研究ではテキストを脳に入れるために文字を視覚的に読み取る識字処理に焦点を持って行ったことが面白い。
英語教育でリーダビリティ(読みやすさ)と言うとテキストの言語的特性であるが、この研究では視覚的特性のとしてのリーダビリティに字体が与える影響を研究し、一般的な Times New Roman(serif)ではなく、ゴチック(Arial, sans serif)の優位性に注目している。
分類:
方法:
フォントの違うテキストでの読解性能(速さと正確さ)を比較
生徒の言語:
対象言語:
特徴:
英語教育でリーダビリティ(読みやすさ)と言うとテキストの言語的解析であるが、この研究では視覚的解析のひとつとしての字体である点が新しい
利点:
複数の字体のテキストで、同じ内容を読ませるなど、通常の読解授業に取り入れやすい
難点:
視覚的観点としてのリーダビリティには、字体のほかに、サイズ、字間、1行の文字数、行間、背景とのコントラスト、生徒の慣れなど、制御条件が多い
例えば フォントが異なると1行に収まる文字数(単語数)が変化したり、改行位置の違いにもなるが、これは一度に視認できる語数やチャンキングに影響を与える可能性もあるので、認知的に平等を保つ工夫が必要になる
再現性:
制御条件を整えることができれば、多くの読解授業で均質な研究を実施する可能性が高くなる
質疑:
感想:
見出しはゴチック、文章は times new roman の常識に挑戦した視点が面白い反面、結論を出すまでには、多くの環境要因の制御が必要となることから、粘り強い取り組みが望まれる。
視覚的観点としてのリーダビリティは、出版社などが長年にわたり切磋琢磨してきた領域ではあるが、テキストは Times New Roman、見出しはゴチックとの固定観念を打ち破れるかもしれない。
14:30~15:00
Sachiko NAKAMURA (Chuo Gakuin University), Ryan SPRING (Tohoku University) How Watching Subtitled YouTube Videos Can Help with Listening and Reading:
A Preliminary Analysis
発表中の中村氏(左)とスプリング氏
ユーチューブ(英語)の英語字幕付き視聴が、聴解と読解に及ぼす影響について、10週程度の授業外(宿題)処遇を、成果は期末試験に反映させると通知しておこない、前後テストとアンケートで評価したところ、読解で1割ほどの得点上昇がみられた反面、聴解ではあまり顕著な伸びは見られなかった。また、こうした処遇は楽しかったとしながらも、視聴量にあっては少ないと判定された。
分類:
方法:
字幕を見ながらのビデオ視聴の前後で学力の変化を測定
生徒の言語:
対象言語:
特徴:
ユーチューブビデオを視聴する際に、字幕を見るように要求した
利点:
難点:
実際にどのようにビデオを視聴したかについて確認する手段が自己申告に依存している
再現性:
授業外活動として課題を与えるのは容易で採用しやすいが、生徒の自律性への依存度が大きくて処遇状態の均質性保証が難しいことから、研究としての結果評価において再現性が主張しにくい
質疑:
感想:
映像鑑賞における字幕の是非についての意見は賛成反対に分かれる傾向がみられる。今回の処遇研究の結果もそうした議論の延長で解釈できるようだ。つまり、字幕があると注意資源が読解に傾くことから聴解がおろそかになりやすいとの意見を支持するものとなっている。
田淵他による字幕提示法研究によれば、課題に応じて字幕の有無や提示手法の選択をすることが大切で、今回の研究手法で見れば、読解効率(読解得点×速さ)の向上に貢献したと言えるだろう。
ただし、処遇対象者の学力をみると、聴解を苦手としているとともに、読みの速さも事前で70WPM、事後でも77WPMとかなり遅く、単語の拾い読みをしていることがうかがえることから、素材の選定と提示法を工夫することが必要ではないかと思われた。
ちなみに、生徒がよく見ていたとされる REACT チャンネルからの例を視聴すると、約180WPMの速さのしゃべりで、かつ話者が次々と変わっていく。
VIDEO
DO TEENS KNOW 2000s ANIME? (REACT: Do They Know It?)
ユーチューブのページはこちら
⇒https://www.youtube.com/watch?v=0bYETPZXi7w
たとえば下の図の右上にあるような提示法(字幕リスト Transcript を表示させて閲覧する方法)は、聞き逃したフレーズや語彙を再確認しながらマイペースでの進行が可能であることから、自律的学習の効果が期待される。
15:00~15:30
田淵龍二 (ミント音声教育研究所)
コーパスを使った第二言語習得
映画の流れと、研究で取り上げたワンシーンの説明をしているところ
映画を使った英語の授業を、文化と言語の両面から深掘りする教授法を探求する研究の一例として、映画「On The Town(踊る大紐育)1949 」から、軍艦を下船し街に繰り出した水兵をタクシードライバー(女性)が誘うシーンの表現「Come up to my place. 」が持つナンパな気持ちを、「Come to my home. 」と比較しつつ、コーパスを使って解き明かしていく発表であった。
分類:
方法:
映画映像コーパスSeleafとTEDコーパスCORPORAを使って 映画シーンの英語表現の語感に迫る
生徒の言語:
対象言語:
特徴:
辞書の用例が映像で確認できるようになったと思えばよい
しかも 用例は使用頻度に応じてたくさん提供されるので、統計的な処理も可能
利点:
難点:
映像では多くの動作が連続して生起するので、どの動作に焦点を絞ればよいか(特に初級者には)わかりづらい
再現性:
質疑:
Q Seleaf でヒットした 13シーンと、CORPORA でヒットした 110シーンの違いは?
A Seleafでは映画のト書き検索なので、 come up to で表現された動作シーンが13あったということで、CORPORA では TED での字幕検索なので、講演者が自分の体験などを語るときに he came up to me and said ・・・ などと話した箇所が 110個あったということになります。
Q (発表者から英語母語話者へ) 発表で述べた come up to の解釈は当たっていますか?
A(母語話者1) 大丈夫です
A(母語話者2) come up to と来ると and が続くと思う
A(母語話者3) come up to my place と言われたことないから・・・笑い
Q come up には物理的に上へのような意味もありますね?
A はい、そうですね。映画「第三の男 」では、2階にいる人がテラスから身を乗り出して、道路にいる人に「Come up. 」と言うシーンがありました。come up to は多義表現ですね。
Q up は元来は上下の意味でしょうから、コーパスでヒットした中からそうしたものを除く必要があると思いますが、どうでしょうか?
A はい、その通りです。厳密には1文ずつの意味分析(人手)が必要になります。
(発表者としての)感想:
英語の語感に乏しい田淵が、映画で見たシーンの一つのフレーズ「come up to my place 」から感じたナンパな語感を確かめようとすれば、これまでは母語話者に尋ねるしかなかった。しかし 対訳コーパス・CORPORA ができてからは、自力である程度まで探求できるようになった。そうした手法で得た語感について、母語話者に尋ねて「大丈夫 」と答えてもらったので、とても喜んでいる。物語の文脈とCORPORAさえあれば、ある程度まで確度の高い語感に迫れることがわかったことは、ATEM特別東北研究会に参加した大きな成果であった。
各発表を 再現性の視点から 捉え直してみた。
ここで言う再現性の定義は
研究であれば 同じ方法で行ったときに同じ結果が期待できる
実践であれば 他の先生が同じ実践を行うことができ、同じ結果が期待できる
発表に再現性が担保されていたかを判定する要点は
方法や資源が公開されている
特に授業実践の場合には、入手可能な教材教具、環境であることが望ましい
実践においては、他の先生が手軽にまねできる、あるいは教訓化できる
研究においては、公開資料だけで、無理なく結果と考察を承認できる
レポートを書くにあたって「再現性 」がキーになると思ったのは、研究会の発表を視聴しながらレポートの下書きを兼ねてタイプしていた時だった。
実は、研究会前日の夜食会で横山会長や主催のスプリング副支部長など先輩諸氏のお話を拝聴しているときに浮かんだのが「再現性 」だった。このあたりはとても残念である。
学会を視聴しに来られる先生方が何を期待しているのかを考えたとき、発表する側の成果にとどまらず、明日からの授業のヒントになることが大切であるわけだから、面白そうだからやってみようと思った方が再現できる情報を発表の中に埋め込んでおかなければならないし、また、必ずしも研究者ではない先生でも実現できるように簡便な手法の提案や教訓も必要だなどと考えるうちに、「これは科学研究における再現性と同じだ 」と思った次第なのだ。
今回の東北研究会では、ハンドアウトを用意していたのは中村・スプリングと私田淵の2組だけだったし、他の学会で普通に見られる「予稿 」を準備したのは私田淵だけだった。
参加者目線に立って、再現性を高めることは、教育系学術団体にとって大切な要件ではないだろうか。そのように思っていたことから「再現性 」をキーワードにレポートをまとめることとなった次第である。
ご理解いただければ幸いである。
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2019.09.29 田淵龍二 TABUCHI, Ryuji