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三木秀夫法律事務所
このページは最近話題になったニュースを題材にして、そこに関係する各種法令もしくは
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ニュース六法目次
家賃滞納者の鍵交換「追い出し屋」提訴(2008年12月06日)自力救済の禁
○敷金、礼金がない代わり、家賃を滞納すれば鍵を交換して閉め出す「ゼロゼロ物件」などの強引な追い出しに対し、大阪、兵庫両府県の入居者ら4人が5日、「暴力的言動で退去を迫られ、精神的苦痛を受けた」として、家賃保証会社などに1人当たり140万〜110万円の損害賠償を求める訴訟を大阪簡裁に起こした。
 
原告は大阪市と大阪府枚方、柏原両市、兵庫県宝塚市にある賃貸住宅の入居者や元入居者。被告は、滞納家賃の支払いを肩代わりする家賃保証会社と不動産会社計5社と家主1人。訴状によると、原告4人のうち、ゼロゼロ物件だった枚方市内のアパートに4月に入居した派遣会社社員の男性(22)は、9〜11月の家賃を滞納。家賃保証会社の社員から「今すぐ出て行って」と迫られて退去。ドアには別の鍵を取り付けられたという。記者会見した男性は「滞納時、求職中だったが、社員に『こんな家賃も払えんのか。異常だな』と言われた。憤りを感じる」と話した。 (2008年12月6日 読売新聞)

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○このニュースは、賃貸住宅の家賃を滞納した際に違法な手段で退去を迫られた入居者らが、家賃保証会社や家主らに慰謝料などを求める訴訟を起こしたという話である。代理人弁護士によると、「『追い出し屋』の違法性を追及したい」とのことである。

「追い出し屋」というのは、広くは不法占拠者を退去させるために工夫を凝らして成功させる者をいうが、ここでは、賃貸住宅の借主を合法的な手段ではなく、なかば強引に追い出してしまうことを業とする者を指している。この手は借り主の連帯保証を請け負う「家賃保証会社」が多いといわれている。家主や管理会社が直接に行う場合もある。 最近は、リーマンショックも重なって、会社を解雇されて収入がなくなったために家賃を滞納した途端に、玄関の鍵を突然に換えられたり、年利換算で数百%のもの超高利の損害金を支払わされたりするケースが目立つようである。家賃を払わないのが悪いという声もあるが、法的な手続を経ないで強引に追い出してしまう手口は、違法な自力救済であって、権利保護という観点から、極めて違法性が強い。

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○自力救済(じりききゅうさい)とは
司法手続きによらず、自力でその権利を実現することをいう。自力救済は、原則的に不法行為となる。この点、民法等に直接これを規定した条文はないが、解釈上、違法行為として禁止されている。こうした自力による権利の行使を広く認めると、「力が正義」ということになり、結果として新の権利性よりも力の弱い者の保護が侵害されかねず、社会秩序が混乱するおそれがあるため、国家の権力が確立された現代では、私権の実現は必ず司法手続きによって行うのが原則とされているからである。

ただし、法律に定める手続きによっていたのでは、違法な侵害に対して現状維持が不可能または著しく困難で、緊急やむをえないような特別の事情のあるときは、例外的に許される場合もある。

○家賃不払いによる鍵の交換
賃貸人や賃貸管理業者から、比較的よく受ける相談に、「借家人が家賃を滞納しているので、鍵を変えてしまって、入れないようにしてもよいか」というものがある。賃借人の賃料不払を理由に、勝手に部屋の鍵を交換した場合は、違法な「自力救済」として、賃借人に対する不法行為が成立するので、契約解除して立ち退き明け渡しを交渉し、自主的に退去しない場合は、明け渡し訴訟を提起して判決を取って強制執行しないとならない、というのが答えとなる。

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○自力救済に関する最高裁判例
これについては下記の昭和40年12月07日最高裁判所第三小法廷判決がある。
これは、使用貸借の終了した敷地上に建築された原判示仮店舗の周囲に、敷地の所有者(終了前の敷地使用貸主)が仮店舗所有者(終了前の敷地使用借主)の承諾を得ないで板囲を設置したところ、この仮店舗所有者がこの板囲を実力をもつて撤去したケースである。最高裁は、仮店舗所有者が旧店舗に復帰してすでに飲食営業を再開している等のこの事件での事実関係のもとでは、私力行使の許される限界をこえるものとしたものである。
昭和40年12月07日最高裁判所第三小法廷判決(民集19巻9号2101頁)
(昭和38(オ)1236占有回収等請求事件)
「使用貸借の終了した敷地上に建築された原判示仮店舗の周囲に、右敷地所有者(終了前の敷地使用貸主)が仮店舗所有者(終了前の敷地使用借主)の承諾を得ないで、板囲を設置した場合であつても、右仮店舗所有者が右板囲を実力をもつて撤去することは、同人が原判示の経緯で原判示旧店舗に復帰してすでに飲食営業を再開している等原判示の事実関係(原判決理由参照)のもとにおいては、私力行使の許される限界をこえるものと解するのが相当である。」

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○鍵の変更に関する自力救済判例
賃借人の賃料不払を理由に建物の鍵を交換した賃貸人の行為が、違法な「自力救済」として不法行為が成立するとされた判決がある。(下記東京地裁平成16年6月2日判決:判例時報 1899号128頁)(ただし、この判決では、賃借人に損害が生じたとはいえないとして、損害賠償請求自体は棄却されている。)

この判決の事案は、賃借人が3か月分の賃料支払を遅延したため、賃貸人が4ヶ月目に、事前催告をしたうえで、不払いの場合は貸借契約を解除する旨の意思表示をするとともに、その場合には本件建物の鍵を交換する旨通知したが、賃借人からは期限までに支払いがなかったため、本件賃貸借契約が解除となった後、賃貸人がこの建物に赴き、鍵の交換を行ったというものである。これに対して賃借人が、鍵の交換行為は違法な自力救済であり、これによって営業ができなくなったとして、債務不履行又は不法行為に基づき損害賠償を求めたものである。

この判決は、鍵交換の予告はされていたものの、建物内の動産類の持出しの機会を与えることなく、賃借人が事前事後において、承諾ないし容認したものとは認められないことからすると、「私力の行使は、原則として法の禁止するところであるが、法律に定める手続によったのでは、権利に対する違法な侵害に対抗して現状を維持することが不可能又は著しく困難であると認められる緊急やむを得ない特別の事情が損する場合においてのみ、その必要の限度を超えない範囲内で、例外的に許される」との上記最判昭40・12・7の示した一般的基準を引用したうえで、本件鍵交換は未払賃料債権等の履行を促すために行われた、賃借人の占有権を侵害する自力救済に当たり、緊急やむを得ない事情は認められず、不法行為が成立するものと認められる、とした。

○平成16年6月2日東京地方裁判所判決
平成14年(ワ)第20632号損害賠償等請求事件

事実及び理由
(略)
第二 事案の概要
本件は、被告から別紙物件目録記載の建物部分(以下「本件建物」という。)を賃借していた原告が、賃貸人である被告に対し、被告が、原告の賃料未払を原因として賃貸借契約を解除することを通知し、本件建物の鍵を取り替えたことにより、原告が本件建物を利用することができなくなってしまい、本件建物内における原告の業務を遂行することができず、損害を被ったとして、債務不履行又は不法行為による損害賠償請求権に基づいて、2600万円及びこれに対する(中略)年五分の割合による遅延損害金の支払を求め、保証金返還請求権に基づいて、保証金510万6566円の支払を求めている事案である。
(中略)
第三 当裁判所の判断
(中略)
二 争点(1)(本件鍵交換の違法性の有無)について
(1)前記一(1)認定の本件賃貸借契約の約定及び同(4)認定の本件解除通知の経過に照らせば、本件賃貸借契約は、本件解除通知及び平成一一年六月四日の経過によって、原告の債務不履行(賃料等不払)を理由とする解除により終了したものと認められ、原告は、本件鍵交換当時、本件賃貸借契約に基づく使用収益権限を失い、被告に対し、賃貸借契約終了に伴う目的物返還債務を負うに至ったものと認められる。しかしながら、原告が 本件建物に対する占有権を有していたことは論を俟たないところ、前記認定のとおり、本件鍵交換は、被告において、原告の実質的経営者である太郎が身柄拘束中であり、本件建物明渡の要否について判断することが困難な状況にあることを了知した上でなされたものであり、本件解除通知において予告はされていたものの、本件解除通達到達から僅か六日後に前に具体的な日時の指定をなすことなく、本件建物内の動産類の持ち出しの機会を与えることなく、たまたま居合わせた原告の関係会社の従業員を立ち合わせて行われたものであり、前後の経過に照らせは、原告代表者がこれを事前事後において、承諾ないし容認したものとは認められないことからすると、本件鍵交換は、未払賃料債務等の履行を促すために行われた、原告の占有権を侵害する自力救済に当たるものと認めるのが相当である。そして、自力救済は、原則として法の禁止するところであり、ただ、法律に定める手続によったのでは、権利に対する違法な侵害に対して現状を維持することが不可能又は著しく困難であると認められる緊急やむを得ない特別の 情が存する場合において、その必要の限度を越えない範囲内でのみ例外的に許されるにすぎない(最判昭和四〇年一二月七日民集一九巻九号二一〇一頁)。この点、被告は、原告の賃料滞納を理由に原告との間の本件建物に関する賃貸借契約を解除する旨の通知をしたが、原告から連絡もなく、家賃の支払もなされなかったため、鍵を交換した旨述べる。しかし、前記のとおり、本件賃貸借契約か解除され、その後の原告による本件建物の占有が権限に基づかないものであることを前提にしても、単に本件建物の鍵を交換して原告による利用を妨害することは、現状を維持して原告の権利を保護することにはならないし、本件においては、法律に定める手続によったのでは権利に、する違法な侵害に対して現状を維持することか不可能又は著しく困難であると認められる緊急やむを得ない特別の事情は何ら認められない。したがって、本件鍵交換は違法な自力救済に当たり、不法行為が成立するものと認められる。(以下略)
                                            弁護士 三木秀夫

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