兎にも角にも全てが全て、これから起こる事は初体験である。落ち着いていられる訳が無い。まだ日本だと言っても飛行機の中はすでに日本人以外が相当いる。インド人っぽいのが結構いるようだ。自分のシートを見付けて一安心着いた所で窓際の人(日本人)が自分の通路側の席と代わって欲しいと言う。何の経験も無い僕には理由がさっぱり分からないし、断る理由も無いからOKした。シンガポール航空12便、PM6時45分、間もなく離陸だ。格安だったシンガポール航空。大丈夫だろうと思っているはずだが、心拍数はいつもよりはるかに早いのが気になる。滑走路に入り加速し出した時は興奮した。窓に鼻を付けてついつい「がんばれっっ、もうチョイだ!」なんてブツブツ言ってるうちに重たそうに機体が浮いた。“離陸”した。外はだいぶ暗いので余り景色が見えないのが残念だ。
ここで今回の経緯を書いておこう。まず、3ヶ月前に“しげ”がアメリカに旅立った。アメリカ横断の旅に出たのだ。僕は機会を待って、やっと準備が整った。そこでアメリカにて“しげ”と合流するのだ。カリフォルニア州のロスアンジェルスにある、ロスアンジェルス国際空港、通称『LAX』で落ち合う事になる。ロスでの宿泊先は、しげの日本での英会話教師の親友『CYRIL:シリル』のお家に泊めて貰える事になった。
しばらくして機体が安定して来た所でやっとシートベルトを外して良いと指示が出た。とりあえず映画でも見ようとチャンネルを回すも、グリーンマイルとか新しい映画があるのに字幕でも吹き替えでも無い為、面白くない。シンガポール航空の飛行機は、各座席に液晶モニタが備えついていて、ワイヤー付きリモコンを操作する事によって映画を見たり、フライト状況を確認したり、ゲームが出来たりするのだ。仕方なしにゲームをやる。“ニンテンドー”のソフトが幾つか出来るようになっているのだ。結局色々試したがテニスのやつが一番楽しくて、親指が痛くなるまで夢中になってやってしまった。そのうちにディナーになった。そこそこ美味しく頂いた。その後一気に明かりが落とされ、乗客は殆どが寝の体勢に入るのだが、興奮しているのか全く眠気が来ない。9時間のフライトの殆どをゲームで過ごし、ほんの少し寝たら朝食が出てきた。「インターナショナルorジャーパニィズ」と聞かれ、日本食を選ぶとご飯が不味い!それでも全部平らげ、ブラインドを上げると外は日が出そうで朝焼けしている。遙か下の方に海が見える。まだ高さが実感出来ない。速度は約1000km/h、高度は11300mって言われても。
やっとアメリカ大陸に差し掛かり、陸地が遙か下に見えるようになると、もう感動しまくり!人工物で見えると言えばかろうじて道路位、地図そのものって感じ。だんだんと高度を下げつつ空港のあるロスの街中に入ると本当に感激!!アメリカの道路はとにかく直線でそれが遙か彼方まで伸びてるし、道路同士も直角に交わってる。徐々に景色が近づいてくるが、まだ普通の家がミクロ位でダウンタウンの大きなビルだけが広い平地から飛び出ている。他の飛行機やヘリコプターがラジコンのように見える。家が見えるようになると車がミクロ。アリよりも小さい。良く目を凝らすとかろうじて砂粒ほどの車がいっぱい走っているのが分かる。もう、とにかく窓ガラスが割れるんじゃないかって位鼻とデコを押し当てて見ていた。窓ガラスが曇る曇る・・・。人が確認出来るようになって来た頃に着陸態勢に入る。いよいよアメリカ大陸に足を踏み入れる時が間近に迫って来たのだ。
想像していた程の着陸の衝撃もなく、カリフォルニア州ロサンジェルス国際空港に降り立つ。これからは入国審査と言うのがあり、英語で質問されて答えなければならない。とりあえず人混みに流されてついていく。が、階段を下りてチェックカウンターがあるロビーで人の流れはピタッと止まる。チェックカウンターが幾つも並んでいるのに関わらず、開いてるカウンターが3つしかない。一人一人に「旅行か商売か?」「滞在期間は?」等々、質問をしながらの入国審査なのにこれではいつになったら自分の順番が来るのか分かったもんじゃない。1秒でも早く出たい気持ちは誰もが一緒。ロビーは僕が乗って来た飛行機の搭乗者だけではなく、他の飛行機に乗って来た人もいるから何千人という人がいる。僕は最初の1時間が過ぎたあたりでイライラしてきた。タバコを吸いたいけど無理。次の1時間が過ぎるとさすがに飛行機の中で寝れなかったのもあり、体力的な疲れも伴ってイライラはピークに達しようとしていた。
とにかくインド人が気に入らない。ものすごい圧力を掛けてくるのだ。3時間近く経とうしているあたりでお迎えのしげはチャンと待っていてくれてるのだろうかと不安がよぎり始めた。絶対に迎えにいくからと言ってたものの、まさか3時間も掛かるとは・・・。もししげがいなかったら一人で紙に書かれた「シリル」の住所を頼りにタクシーで向かうしかないな、と心に決め、相変わらず非常識なインド人に不満をぶちまけそうになるのを抑えつつ、順番を待つ。さすがに空港サイドも事態を何とかしようと、チェックカウンターの数も増えて来た。
ようやく先が見えてきた。前のインド人夫婦がチェックカウンターに進む、いよいよ次は自分の番だ。 と、後ろに居たインド人が僕を押し退けて、前のインド人と同じカウンターに進み出すではありませんか!!!全部で10人位。チェックカウンターで、「お前等はファミリーなのか?」と聞かれる。違うとインド人が言うと、「じゃぁ一緒には出来ない、ダメだ。」と言われる。すると後ろからシャシャリ出てきやがったインド人ヤロウ達は当たり前のように僕の前に並び直す。俺は怒りで我を忘れ、インド人に飛びかかりインドヤロウ達をカレーの具にしてやった!なんて想像をしつつ、拳を強く握って耐える。なんなんだこいつ等は!ホントにムカツク〜〜〜!!!
心身ともに疲れ果ててやっと入国審査を終えて、12時間ぶりに荷物を受け取り、しげが帰ってしまって無い事を祈りつつ出口へ急ぐ。出口を出るともの凄い数の人が自分を見つめている。出口の通路の手摺りから身を乗り出して、ガイドさんがツアー客を探してるのだ。まるでライブのステージに立った気分だった。名前が書いた看板を高々と掲げている人や名前を叫んでいる人がいっぱいいる。こっちから見ては探しきれない。しげはもう居ないだろうとあきらめ半分で、トボトボと通路を抜ける。すると聞き覚えのある声と共に肩を掴まれる。どうにかしげが自分を見つけてくれたのだ。3時間の間、二人共身動きが取れなかった為にとても疲れ果てていた中での久々の再会劇は感動的ではなく、テンション低めの苦笑いだった。インド人最低話をすると、しげが旅の途中で知り合った、世界中を旅してる人達の話を聞くとみんな口を揃えて「インド人最低」と言うらしい事を知った。
空港からバスでサンタモニカに移動する。サンタモニカも観光客が非常に多く、それ程まだアメリカに来たという実感が湧かない。メインストリートは路上芸人が沢山いる。日本人ぽいのも結構いる。プラダのリュックとかを背負っているのは99%日本人だ。とにかくお腹がすいていたので「ジョニーロケッツ」でハンバーガーを喰らう。これが本場のハンバーガーかっ!ボリューム満点大満足。店を出て、サンタモニカをフラフラと徘徊。人が行き交う通りだが、スケートをしてるキッズもいる。キッズだから許されるのか。軽やかにスケートで移動している人も見掛ける。ニヤっ。 あと目に付くのは犬。犬がファミリーって感じで家族と共に行動しているのだ。日本の犬より少し誇らしげに見える。
メインストリートをふら付いて、ビーチの方に行った。ベンチに腰掛けると疲れがドッと出る。ビーチに出る為の橋はこれまた多くの人が行き交っている。大荷物を持ってビーチに出るのは気が引けたので少し休憩したら「シリル」の家に向かう事にした。
シリル邸まではバスで2時間以上掛かる。バス代は一律1ドル35セントで一直線なら何処までも行ける。乗り換えは25セントを払えば次のバスも電車も乗れてしまう。なんて合理的なんだ! バスに乗って驚いた。日本では降りたい時はボタンを押すのだが、向こうではバスの窓にそってひもが引いてある。それを引っ張るのだ。それが運転席の方まで伸びていて引っ張ると「次止まります」の看板が光るのだ。このシステムだけは何だか時代と合ってない気がした。バスを降りる時のドアは自分で開ける。バスは日本のバスの1.5倍位長い。バスの運転の荒さもかなりビビった。急発進 急停止だし揺れる揺れる。音もデカイ。車内は落書きだらけで、とくにガラスは刃物か何かで引っ掻いた落書きで外が見えにくい程だ。運転手は特に「次は○○〜」なんて事は言わない。自分で窓の外を見て、ここだっ!って思ったらひもを引っ張るのだ。
最寄りのバス停でバスを降り、ジュースを買う為にスーパーに立ち寄る。店内に入るとまず目に飛び込んできたもの、それはパン!パンの数、種類がとにかく多い!!クリームパンとか惣菜パンのようなのでは無く、食パンやバターロールのようなモノが数十種類ある。さすが主食!野菜が置いてある棚もめっちゃくちゃデカイ。なのにチャンと計り売りが出来るシステムになっている。ジュースもデカイ。肉もデカイ。カートもデカイ。とにかく全てがデカイ。デカ過ぎるって位デカイのだ。日本だと間違えなく「商業用」と書いてあるサイズかそれ以上。で、バカ安。コーラ3リットル100円切る位。もう見るモノ全てが驚きで、一人小声で「うぁっ」とか良いながらチビっ子がおもちゃ屋さんを走り回るように店内をグルグルと回っていた。
とりあえずジュースを買ってシリルの家まで歩く事にした。途中のファーストフードのお店のドライブスルーでSK8をしているキッズ達を発見。ジロジロ眺めてやる。こんな場所でやっていてよく怒られないなぁと思いつつ、しばらくお手並み拝見していたがとても上手だった。去り際に「ハァイ」と声を掛けるも、不審なアジア人の声に固まってた。バス停から徒歩10分程で、1週間お世話になるシリル邸に到着した。シリルは家に居て、緊張の初対面となった。お礼やら初めてのアメリカの感想だのを色々と伝えたいのだが、何も言葉が出てこない。しげも久々の対面とあって、色々と旅の報告をしている。とりあえずお土産の日本酒、けん玉、おせんべいを渡す。けん玉を昔持っていたと聞き、少し残念。
向こうの家は玄関先にスペースがあり、そこでビールなどを飲むのが習慣のようで、それにならって玄関先でビールを飲みつつぎこちない話をする。向こうの家の造りは大体どの家も前の道路から階段を少し登り、そこにベンチやテーブルが置いてあるスペースがあり、その奥に玄関の扉がある。ロスのダウンタウンからバスで15分位しか掛からないのに、この辺はとても静かでとてもリラックス出来る。近所の人も同じ様に庭先で飲んでいるのか、音楽と混ざって時折笑い声が響く。やっとアメリカに来たという事を感じる。シリルの家の中からもラジオだろうか、少し大きめの音楽が聞こえてくる。心地よい。時間がとてもゆったりと流れている気がする。隣人が散歩しているのを見掛けて軽く挨拶を交わす。景色こそ都会だが、雰囲気は古き良き日本の風景だ。余りに心地よく、疲れた体にビールが染み込んでいく。
シリルは本当に人が良さそうだ。とても分かり易い単語を使ってゆっくりと喋ってくれる。しばらくぎこちない会話を続けていたが、眠気に勝てずに撃沈。シリルにおやすみを告げ、アメリカチックなふっかふかのデカイベッドで就寝。