2ケ月半後の5月1日、CIDはジェフリー・マクドナルドを殺人容疑で告発した。ところが、予備審問はCIDの思惑通りには行かなかった。憲兵隊による初動捜査が如何に杜撰であったかが次第に明らかになったのだ。
まず、十数人の憲兵が現場を土足で踏み荒らし、手袋もつけずに室内を触りまわったおかげで、足跡や指紋等、マクドナルドに有利に働いたかも知れない証拠が台無しになってしまった。
また、コーヒーテーブルは隣接する椅子にぶつかれば横倒しになるし、植木鉢も当初は倒れていた。では、CIDが現場検証した時にはどうして倒れていなかったのか? 実は、或る几帳面な憲兵が元の位置に戻してしまっていたのだ。杜撰にもほどがある。
更に、マクドナルドが運び込まれた病院では、彼が着ていたパジャマのズボンが廃棄処分にされていた。これも重要な証拠の筈なのに。
弁護人のバーナード・シーガルは、こうした杜撰さを指摘する一方で、侵入者が実在したことを立証しようとした。事件の晩、何人もの住人がヒッピー風の若者(うち1人はブロンドの女)を付近で目撃していたのだ。
例えば、ジョン・ミルン中尉はこのように証言した。
「あの晩は土砂降りの雨が降っていました。私は自宅でプラモデル作りに熱中していました。真夜中近くに小止みになったので、気化した接着剤を戸外に逃がすために窓を開けました。数分後、窓の外から声が聞こえてきました。こんな時間に誰だろうと戸外を覗くと3つの人影が見えました。彼らは白いシーツを身にまとい、真ん中が女で両側が男。全員がロウソクを捧げるように持っていました」
3人はマクドナルドの自宅があるキャッスル・ドライヴ方面に向かっていたという。
また、通報を受けて現場に向かった憲兵の一人、ケネス・マイカも途中でフロッピー・ハットを被った若い女を目撃している。つまり、事件の晩、マクドナルドが供述した通りの怪しげな若者たちが付近をウロついていたことは事実なのだ。
加えて、ヒッピー村に住むウィリアム・ポージーは「フロッピー・ハットの女」と思われる人物について証言した。名前はヘレナ・ストークリー。ブロンドのかつらとフロッピー・ハットを好んで被っていたという。
「事件があった晩の午前4時頃、目を覚ました私は浴室に向かいました。すると1台の車が私道を猛スピード走り抜けて、隣りの家の前で停まりました。やがて男たちの高笑いが聞こえました。気になった私は玄関のドアから顔を出すと、マスタング・マック1から降りるヘレナの姿が見えました。他には少なくとも2人の男がいたと思います。
それから1週間後、ヘレナが警察に尋問されたことを聞きました。2月17日の朝は何処にいたのか訊かれたそうです。彼女は『メスカリンでラリっていたので何も憶えていない』と答えてやったわと云っていました」
この後、ポージーは彼女と事件を結びつける重要な証言をする。
「マクドナルド家の葬儀が行われた日、ヘレナは黒いドレスに身を包み、黒い靴を履き、ヴェールで顔を覆い、自宅のドアに葬送の花輪をかけて、喪に服していました」
これが事実ならば、彼女が事件と無関係とは思えない。
では、ヘレナ・ストークリーたちの犯行であったとして、その動機はいったい何だったのか? この点、フォート・ブラッグの医療施設に勤務するジェイムス・N・ウィリアム大尉はこのように証言した。
「マクドナルド大尉はドラッグ常用者たちのグループ治療カウンセラーをしていました。そして、これは下士官の一人から聞いた話ですが、彼らは仲間たちがドラッグ常習のかどでCIDに密告されていると信じ、マクドナルド大尉がその情報を提供しているという噂が流れていました」
このことはつまり「密告者への復讐」という動機があり得たことを示唆していた。
弁護人のシーガルは極めて優秀だった。CIDが作り上げたシナリオをことごとく論破し、真犯人が他にいる可能性を立証してみせたのだ。唯一「パジャマの繊維」の件だけは論破出来なかったが、それでも十分だった。「疑わしきは被告人の利益に」の原則からすれば、以下の裁決は当然だ。
「ジェフリー・マクドナルド大尉に対する告発及び起訴事由は、真実と異なる故に却下するものとする」
かくしてジェフリー・マクドナルドは自由の身となった。1970年11月13日のことである
|