ヘドヴィグ・サミュエルソンの遺体
ヘドヴィグ・サミュエルソンの遺体
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サミーを解体したのは、おそらく「ブラウン先生」だろう。左写真を見ていただければ判るかと思うが、縫い合わせて原形を再現できるほどに綺麗に解体されている。シロウトの技とは思えない。増してやルースは左手を負傷していたのだ。
なお、「ブラウン先生」ことチャールズ・W・ブラウンは1933年6月に心臓発作で死亡したが、遺体の右手には包丁が握られていた。自殺しようとして、その精神的ストレスから発作を起こしたのではないだろうか? だとすれば、どうして自殺しようと思ったのか? ルースを陥れたことへの自責の念ゆえではなかったか?
とにかく、2人の遺体はアンの大きなトランクに詰められた。最初はトランクは1つだったのだ。ハロランはルースに云った。
「これを持ってロサンゼルスに行け。駅にはウィリアムスという男が待っている。後は彼が始末してくれるから」
しかし、トランクが重過ぎて運送屋が受け取ってくれなかった。これでは列車に乗せられないと。仕方がないのでルースがバラバラの方を自分のトランクとスーツケースに分納した。この際に「何か気持ち悪いものが落ちた」。おそらく内臓である。このことはサミーの内臓に足りない部分があったことと符合する。
どうにか駅まで運び、ロサンゼルス行きの夜行に乗ったルースだったが、駅には誰も待っていなかった。彼女は2時間もうろうろした挙句、已むを得ず実弟に助けを求めた。朝にロサンゼルスに着いたにも拘わらず、トランクを取りに来たのは正午過ぎだったのはそういうわけだったのである。
つまり、ルースはハロランにハメられたのだ。ウィリアムスなどという男はハナからいなかったのである。
以上がルースが語る「真相」である。矛盾が一つもない。一方、検察の主張は矛盾だらけだ。にも拘わらず検察の主張が通ったのは、前述の通り、弁護人が起訴事実を争わなかったからである。
ちなみに、ルースの弁護人ポール・シェンクを選定し、費用を支払ったのは新聞王としてお馴染みのウィリアム・ランドルフ・ハーストだった。彼がどういうつもりでそんなことをしたのか不明だが、なにやら胡散臭いものが感じられるエピソードである。
とにかく、掘り起こせば掘り起こすほど胡散臭い事件である。
例えば、事の発端になったルシール・ムーアは、裁判中にフェニックスから逃げ出した。電話で脅迫されたらしい。
「お前はしゃべりすぎた。フェニックスを出ろ。その方が身のためだ」
また、陪審員の中にも疑惑の人物がいる。ダン・クライマンというアリゾナ州メイサの市長も務めたことがある人物である。陪審員たちはルースが一言も証言しないことに不満を抱いていた。共犯者がいたと確信していた彼らは、そのことをルースの口から聞きたかったのだ。だからクライマンのこんな提案に乗ってしまった。
「彼女を死刑にしようじゃないか。そうすれば彼女もしゃべらざるを得なくなるだろう」
つまり、陪審員は検察側の主張を信じたから死刑を評決したわけではないのだ。疑問に思っていたから死刑を評決したのである。無茶苦茶な話である。
ルースは1933年2月7日に処刑されることになっていた。しかし、クライマンに騙されたことを悟った陪審員をはじめとして、多くの市民が死刑判決に疑問を抱いていた。全国から何千通という減刑嘆願書が寄せられた。その中にはルーズベルト大統領夫人やヘンリー・フォードの名前もあったという。結果、再審が実現したわけが、事前の審問ではあんなに冷静に「真相」を語っていた彼女は、法廷では理性を失い半狂乱だった。
「ジャック・ハロランのくそったれ! あいつの頭を叩き割って、脳ミソをオートミールみたいにぶちまけてやる!」
彼女は「心神喪失」と認定されて、精神病院に送られた。
一方、遂に共犯者として起訴されたハロランだったが、判事は驚くべき判定を下した。
「ミセス・ジャッドの行為は正当防衛である。故に、これに加担する行為は如何なる犯罪も構成しない」
つまり、ルースの裁判においては正当防衛が認められなかったにも拘らず、ハロランの裁判では正当防衛が認められたのである。かくしてジャック・ハロランは無罪放免となった。まったく無茶苦茶な話である。
「虎の女」ことウィニー・ルース・ジャッドはその後、実に7回も脱走し、そのたびに世間を大いに賑わせたが、それらはすべて何らかの抗議に基づくレジスタンスだった。たいていは数日で自ら病院に戻っている。「ただいま!」とか云いながら。
1962年10月8日の最後の脱走が最も長く、逃亡生活は6年半にも及んだ。この間、彼女は裕福な老婦人の介護役として住み込みで働き、おそらく生涯で最も優雅なひとときを過ごした。そして、この時期の交友関係が釈放運動へと繋がり、1971年にようやく自由の身となった。マリアン・レインと名を変えた彼女は、事件については貝のように口を閉ざしてしまった。もう思い出したくもないという。そうだろう。39年も閉じ込められていたのだから。そして1998年10月23日に死亡。93歳だった。
最後に、この事件には更なる疑惑があることを付記しておこう。それは「本当にルースが殺したのか?」という疑惑だ。
サミーはルースが殺したとして、アンはハロランが来た時にはまだ息があったのではないかという疑惑があるのだ。というのも、当初の新聞の報道では、サミーの銃創は25口径だったのに対して、アンのものは32口径とされていたのである。それがいつの間にか25口径で統一され、裁判では口径については一切触れられなかった。当初の報道が真実ならば、アンは別の人物により殺された可能性があるのだ。
また、そもそもルースは誰も殺していない、という説もある。彼女は自分が殺したのだと信じ込まされたのだと。この説を補強するのが、アンとサミーに対して行われていた不明瞭な「経済援助」である。酒を飲む場所を提供するだけで「経済援助」したりするだろうか? ひょっとしたら麻薬取引か何かに利用されていたのではないか? それとも、他の何か、例えば違法な堕胎手術を斡旋していたのではないか? ハロランが握っていた「ブラウン医師の弱み」とはこのことではなかったか? そして、アンとサミーは口封じのために殺されたのではなかったか?
謎の多い事件である。ただ、本件に「町の有力者」が関与し、そのことの隠蔽工作が行われていたことだけは紛れもない事実なのである。
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