染 凍てつく空気が刺すように皮膚を痛ませたけど。 でも、平気。 私は、じっと立ち止まって、空を見上げた。 「千尋・・・?」 聞き慣れた、少し掠れた声。 私は振り返って、声の主に笑ってみせる。 「なんですか?忍人さん」 彼は、つかつかと歩み寄ってくると、腕を伸ばして、私の体をそっと包み込むようにした。 優しくて、でも、強い、腕の力。 嗚呼―― くらくらしてくる。 幸せが沸点に達した。 「何を考えている?」 「・・・ううん、何でもないの」 そうっと、彼の腕に手を重ねて、そう答えた。 「星が綺麗だなって」 そして、もう一度空を見上げて。 だって言える訳がない。 夜空を見ながら―― この深い 考えていたなんて。 「千尋」 耳元で名前を呼ぶと、くすぐったそうに首を竦めて、笑い声を立てる。 軽やかな声だった。 「冷えてしまっている」 吐く息が白い。 夜になって、ぐっと下がってしまった気温に、彼女が凍えてしまわないように、と抱き寄せる。 何の疑いも無く、腕の中におさまる小さな体。 そんな君の寄せてくる信頼が。 何よりも嬉しい。 「君は・・・どこにいても、すぐわかるな」 思わず声にしていた。 それは千尋だけが持つ 例えば、世界が闇に染まってしまったとしても。 彼女の髪の黄金色、その瞳の蒼色・・・全て彼女を構成している色は、決して褪せる事は無い。 何より、彼女の心が放つ色は――凛として眩しく、どんなものよりも美しくて、いかなる存在でも侵す事の出来ない色。 そんな君の持つ、君だけの色に、自分は惹かれて止まないのだから。 彼の呟きが耳に入ってくる。 「君は・・・どこにいても、すぐわかるな」 それは・・・やはり、私は異質という事だろうか。少しだけ心細くなって顔を上げると、こちらを見つめる真摯な瞳とぶつかった。 「そういう事じゃない」 その声が真剣で。 僅かに慰められる気がする。 「君は何者にも染まる必要がないんだ」 俺と同化して――同じ色になってしまいたいと君は言うけれど、そんな事は出来ないと思った。 心細そうな瞳を、安心させようと抱きしめて、言葉を探す。 「君は何者にも染まる必要がないんだ」 まるで印をつけるかのように、君と俺が同一の存在になってしまえば――そうしてしまえば。 誰の目にもわかりやすく、彼女が自分だけの存在だと言ってしまえれば、この心に宿る闇が消えるのかもしれないが。 そうしたら、君の持つ「君らしさ」が、君だけの持つ輝きが、きっと消えてしまう。 考えただけで、恐ろしさに震えた。 私を傷つけないように。 自分の気持ちを言葉にしようとしている目の前の人が、心底愛しいと思った。 「忍人さん」 両腕を彼の首に回して、引き寄せる。これ以上隙間が無いくらいぴったりと。 「好き」 そう言って、笑って見せた。 「大好き」 「大好き」 そう言って笑った後。 君はするりとこの腕から抜け出した。 そうして、その場で、踊る時のように、くるりと一周回って見せる。 ささやかな星明りにも、その髪が輝くのがわかった。 「それに」 こちらを見つめる、真剣な瞳。 「あなたが綺麗だと言ってくれる髪も目も――何より私自身が、大好きで」 誇れる、と笑った千尋は。 酷く綺麗だった。 |