心の所在


橿原宮の中にこのような場所が。
歩きながら忍人は、半ば感心し、半ば怒りを覚えていた。

彼の主は、気さくで行動力があってーつまりは、無防備で思い立てばすぐどこかに消えてしまう。
その為か、周りが知らないような場所を知っていたりするのだ。
「何時の間に、こんなところに?」
先を歩いていく後姿に問えば。
「えーっと、この間、サザキ達が来た時に、久しぶりに王宮の上を飛んだんだけど、それで見かけて、後で確かめに来たの」
彼は思わず額に手をやった。
サザキが訪ねてきた事は聞いているが、空を飛んだ事は初耳である。またそんな真似を、と苦々しく思い、いや、空を飛んだ事よりも、その後、おそらく一人で抜け出した、という事の方が問題か、と考え直した。
千尋に甘い、従者の顔が浮かぶ。
他の面々も思い浮かべーそのどれもが彼女には甘いという結論に達しー忍人は微かに溜息をついた。

ー後で一言、言っておかねば

彼がそう思っているのを知ってか知らずか。
前を歩く千尋は、うきうきと足取りも軽く、どこかへ飛んでいってしまいそうなくらいはしゃいでいた。
久しぶりの二人きり。
水を差す必要もないか、と彼は、とりあえず、その事は、心の片隅に追いやる。
そんな風に、彼女の心を優先してしまう自分に、どこかで苦笑しながら。


細い小道を抜ければ、開けた場所に出た。
柔らかな午後の日差しが降り注ぐ草原は、確かに、彼女が好みそうだ、と彼は思った。
「那岐あたりなら、昼寝にぴったりとか言いそうでしょう?」
「・・・そうだな」
うーんと、気持ちよさそうに伸びを一つ。
全く衣装の事も気にせずに、ころりと寝転がるその姿に、くっくっと彼は笑い声を立てた。
「何笑っているんですか?」
「いや・・・相変わらずだな、君は」
「?」
きょとんとした顔で、忍人を見上げーやがて、ふわりと千尋は微笑んだ。
「私は私ですよ・・・変わる筈もない」
そして、忍人の服の裾をちょいちょいと引っ張る。
「忍人さんも、どうですか?一緒に・・・」

見上げれば、青い空に、筋状に軌跡を描く白い雲。
のどかな一時。
「こうして、空に流れる雲を見ていると、ああ世界って広いなぁって思うんですよ」
千尋は両の手を広げ、空を包み込むようにして見せた。
「私の手は小さくて・・・足りないなって・・・」
「そんな事はない」
忍人は、千尋の手を掴み、自分も同じように空へ向かって広げる。
「君の眼差しは日の光と同じ・・・何処にだって差し込むさ」
「もう・・・」
千尋は、くすくすと笑う。
「忍人さんは、私をその気にさせるのが上手ですね」
そんなに口が上手いなんて思いませんでした、と軽く睨んでくるが、勿論、怒っている訳ではない。
「・・・それは、誉められているのか?」
「誉めている事にしておいて下さい」

気を使う必要のない、他愛のない会話。
これまでの彼ならば、必要ないと斬り捨ててしまっていただろうそれこそが。
二人の間の、何にも代え難い時間になる。

やがて、傾いた日の位置に、この時間の終焉を知る。

「時間だな」
「ん・・・」
「千尋」
促し、その手を引っ張って起こす。
「うう・・・早い・・・」
渋々、といった風に起き上がってきた彼女の頭に手を乗せた。幼い子供にするように、一つ撫でて。
「また、今度来よう」
「約束ですよ・・・って、また子供扱いしてません?」
「まさか」
もうっ・・・と膨れた頬に、くすりと笑いを誘われて。両手でその頬を挟むと、彼女の顔を覗き込んだ。
「可愛らしいとは思うが・・・」
「なっ・・・!」
彼が呟いた言葉に、千尋は顔を真っ赤にして口をパクパクさせた。
「どうかしたのか?」
「何でも・・・っていうか、どうしてそんな涼しい顔してるんですかっ」
「?」
「いえ、もういいですっ」

先に立って、どんどんと歩みを進める彼女の髪が、その歩みにふわふわと揺れる。その隙間から見える耳が、赤く染まっているのを見て。
ああ、照れたのか・・・と、忍人は思いー
「千尋」
その手を取る。
「ゆっくり・・・戻ろう?」
こうすれば、彼女が花開いたように笑ってくれるのを、彼は知っているから。

「はい」
恥ずかしげに、でも嬉しそうに声がして。
千尋の歩みが、ゆっくりになる。


寄り添って歩く二人の後ろに、逢瀬の終わりを惜しむかのように、どこまでもどこまでも長い、影。














「花下酔」の朱夏さんにリンク記念として頂きました!
・・・というか、私が強請ったんですけど、予想を遙かに超えるステキ創作を頂いてしましました(><)
いつも朱夏さんの書かれる忍千は大好きなんですけど、この創作も二人の間に流れている空気がとても易しくて素敵です。
ありがとうございました!

朱夏さんのサイト「花下酔」さんはこちらからv