誰かのことを知りたいと思う ―― そんなことは初めてで、戸惑ってばかりだ。














アーフタクトのスタートで














「はあ・・・・」

音楽科棟の屋上の一角にあるベンチに座って譜読みをしていた俺は無意識についたため息に、はっとした。

我に返って初めて自分が譜読みをしているつもりで、全く視線が譜面の上を滑っていただけの事に気がつく。

(何をやっているんだ、俺は。)

今度は明確に自分の意志でため息をついた。

志水君ほどとは言わないが、わりと音楽についてのことなら他に何か気がかりがあったとしても没頭できる方だと思っていたが、そうでもなかったらしい。

否、今までは確かにそうだったんだ。

他に何か考えていたことや憂鬱な事があっても譜面を見れば曲の世界に引き込まれていたし、ヴァイオリンを弾くことを考えれば余計なことは考えずにすんだ。

だというのに。

「・・・・はあ」

不意に思い出した出来事を回想して、再びため息をついた時、急に影が降ってきた。

「?」

「随分浮かない顔だね、月森。」

顔を上げた俺の前に立っていたのは、加地葵。

日野のクラスの転校生だと言っていたが、気まぐれに色んな所に現れる奴だ。

しかし同じ普通科の土浦に比べると妙に音楽科を敵視するようなこともなく、割と話しやすい。

「加地か。」

「や。お邪魔するよ。」

「何か用があるのか?」

「ん?ないよ。」

さらっと言われて俺は首を捻る。

用がないのになんで話しかけてきたんだ?という俺の疑問を読み取ったかのように加地は肩を竦めて笑った。

「別に用はないんだけど、珍しく月森がぼーっと譜面を眺めてたからどうしたのかなって思って。それとも譜読みしてた?」

「いや、そういうわけでは・・・・」

言いかけて、俺はしばし加地の顔を見た。

急に聞いてみたくなったのだ。

今、俺の中に燻っている感情がなんなのか。

もしかしたら、答えではなく話したかっただけかも知れないが。

「加地。」

「何?」

「君は・・・・誰かの事をひどく知りたいと思ったことはあるか?」

「え?」

ひどく意外な事を聞いたように目を丸くする加地をみて、急に俺は恥ずかしくなり俺は視線を外した。

「いや、少し聞いてみたかっただ」

「あるよ。」

言いかけた言葉を加地の声が遮った。

「あるよ。僕も。ある人の事が知りたくて知りたくて仕方なくなったこと。」

「あるのか?」

「うん、月森はそういうことなかったの?」

「俺は・・・・初めてだ。」

口に出して、そうか、と納得する。

そうだ、初めてだ。

音楽に没頭できないほど何かの事が気になって仕方ないと言うことが。

ああ、そうか。

彼女が言ったからこんなに気になっているのか。

・・・・だが、そもそもそれ自体も気になってはいるのだが。

「?月森?」

「・・・いや、だか・・・・」

「おーい、月森?」

加地に呼びかけられて俺は顔を上げた。

この際だ、彼に聞いてみるのも・・・・いや、やはりそれはあまり良い考えには思えない。

「どうかした?」

「あ、いや・・・・加地。君はその知りたいと思った時どうしたんだ?」

「また、唐突だね。僕は、調べたよ?なにせ本人には認識もされてなかっただろうし。」

「そうなのか?それは大変だっただろう?」

「まあ、それなりに。でもちゃんと調べられたし、今はすっかり仲良くなれたから。」

にっこりと笑う加地の顔を見れば、その知りたい相手との関係が見て取れる気がした。

少し羨ましいと思ったのは何故だろうか。

・・・・ともかく、今は彼女の事、そしてアレの事だ。

「調べるというのは悪くないが、だが、しかし・・・・」

「あれ、また考え込んじゃった?」

加地が何か言っているが、考え込んだ俺の耳には届かない。

気になるのだから調べるというのは自然なことだが、そもそも俺はソレがどういうものかもわからないし。

「・・・・合わせても問題はない物なのか?だが・・・・」

「?音楽の事?」

双方おかしな物ではないから、それでもいいのか?

だがしかし・・・・

「・・・・・・・・・・・・・・・キムチはどうなんだ?・・・・・」

「は?キムチ?」

きょとんとした加地の声が聞こえた気がしたが、あまり耳には入らなかった。

ただ無意識で手近にあった楽譜を片付ける。

「・・・・キムチもたこ焼きも食べ物だが・・・・・・しかしマヨネーズをかけるのはどうか・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」

「すまない、加地。助言に感謝する。では。」

「ああ、じゃあ・・・・・」

―― 考えに没頭したまま屋上を後にした俺は、その後、下校放送が流れるまで加地がそのまま固まっていたらしいことなど気がつかなかった。
















その夜、散々考えても結局結論が出なかった俺はとうとう本人にメールを出した。

他に気になることもあったというのもあるが、何度もけしては打ち直して、やっと送ったメール。

その数分後届いた返信メールを見て俺は知らず知らずのうちに笑っていた。

『件名:そんなに気になったの?

発信者:日野香穂子

本文:昼間の事は全然気にしてないから大丈夫。月森君、こそ気にしてない?
    それから、キムチたこ焼きがそんなに気になったなら、明日の放課後食べに行こうよ。
    他にも色んなたこ焼きがあるから、一緒に食べてみよ。                       』





















                                            〜 Fine 〜















― あとがき ―
相変わらずクラッシュしすぎですね、私(泣)
私が書くとギャグがギャグにもほのぼのにもなりきれずに沈没するようです。

タイトルのアーフタクトは普通に使うと思いますが、小節の頭からではなく1拍とか2拍早く入る奏法です。
・・・・すごく滑りやすいので、この創作にはピッタリかと思って(- -;)
まあ、一応恋と自覚する半歩前みたいな意味も込めていたり・・・・いなかったり。

なんのフォローにもなっていませんが、おまけSSSはこちらから。