「先輩の楽器っていくらぐらいするんですか?」 コンクールの最中のある日、練習を始めようとしてトランペットを準備している時に香穂子にそんな事を聞かれて火原はきょとんっとしてしまった。 「あれ?聞かれてなかったっけ?」 「え?はい。聞いたことなかったですけど。」 「そっかー。よく聞かれるからもう香穂ちゃんにも話したと思いこんでたよ、俺。」 だから驚いちゃった、と言って笑う火原に香穂子は納得してうなずいた。 『その楽器いくらするの?』という質問はMy楽器を使っていると割と頻繁に聞かれる事なのだ。 「私もよく聞かれるんですけど値段なんてわからないし・・・・」 「リリからもらったって言うわけにいかないしね。」 言葉の先を引き取って言うと香穂子は困ったように笑った。 「そうなんですよね。適当にナイショとか言って切り抜けてるんです。」 「そうなんだー。うーんと、こいつはねケースを除いて80万ぐらいだったかな。」 「80万!?」 思わず悲鳴のような声を上げてしまった香穂子に火原は至極まじめに「うん」とうなずく。 「俺のは金管楽器にしては高い方だけど。安いのなら5、6万からあるよ。けどやっぱりそういうのは音が駄目なんだ。だからかなり頑張っていいのを買っちゃった。」 「そうなんですか〜。」 「でもヴァイオリンなんてそれこそ天井知らずでしょ?管楽器は純粋に楽器だけならどんなに高くても万は3桁までだけど、弦楽器は4桁以上も平気であるしさ。」 「・・・・4桁・・・・」 なぜかものすごく遠い目をしている香穂子に苦笑しながら、火原は自分の楽器に軽く息を吹き込んだ。 「でもさ」 そう呟いてピストンをカタカタ鳴らす。 ちょうどいい反発の感じで、今日は相棒はご機嫌がいいらしいとわかる。 「こいつを買った時、本当に嬉しかったんだよ。中3で買ったからもちろん全額なんて出せなくて、半分だけだったけど、楽器屋でいろんな楽器を吹いて試してこいつを見つけて・・・・。もうずっとわくわくしててさ。最初に吹く時なんてドキドキしたよ。期待通りの相棒になってくれるかなーって。 もちろん、最高の相棒になってくれたけどね。」 買った時の事を思い出しているのか、くったくない全開の火原の笑顔に香穂子もつられたように微笑む。 「いいですね、そういうの。」 「でしょ?でもさー、最近ケースが傷んできちゃって困ってるんだよね。」 「ケースがですか?」 「そうなんだ。もともとこの楽器を買った時は楽器だけで予算オーバーだったからあんまりいいケースは買えなかったから最近あっちこっちガタがきてて。 でも大事な相棒だしなあ。いいケース買おうかなあ。」 「ふーん・・・・」 何か思案したように香穂子が黙り込んだことに、火原は気がつかなかった。 ―― まさか、その会話があんな事を引き起こすきっかけになるとは、その時の火原は夢にも思っていなかった・・・・ Syncopation 〜やっかいなもの〜 ―― 数ヶ月後・・・・ 「う〜・・・・香穂ちゃん、遅い〜〜」 音楽科の練習室で火原和樹はくさっていた。 原因は日野香穂子、校内コンクールで伝説のヴァイオリン・ロマンスのごとく結ばれた火原の最愛の恋人である。 その彼女が放課後一緒に練習しようと約束したのになかなか来ないのでくさっている・・・・と言えばまるで香穂子が悪いようだが、実はそうではなかったりする。 なにせ今の時刻は3時半、5時限目が終わってまだ20分もたっていない。 普通科の校舎から音楽科の練習室までゆうに15分はかかるのだから、はっきり言って火原の「遅い」は理不尽以外の何者でもない。 だいたいお昼は一緒に食べていたくせに何故そんなに急いで会いたがるのか、などと聞いてはいけない。 聞こうものなら「俺は香穂ちゃんと1分1秒でも多く一緒にいたいの!」なんて、聞いた者がバカを見る答えしか返ってこないのだから。 「ちぇ〜、香穂ちゃんも音楽科に転科してくればよかったのに〜」 そうしたら10分休みだって会いに行ける・・・・という火原の音楽とは全く関係のない希望(妄想?)とは別に、転科の話はあったのだ。 コンクールではあまりいい成績を収めなかった香穂子だが、音に魅力があると言って彼女を音楽科にと言ってくれた教諭も1人2人ではなかった。 が、他にやりたい事があるからと至極あっさりと香穂子はその申し出を断ってしまったのである。 それでも音楽は続けたいし、火原もいるからと毎放課後音楽科の棟に香穂子が通ってきてくれるので、まあしかたがないか、と諦めた。 (それに意志の強いところも好きだしね。) そんな事を考えて、やっぱり香穂ちゃんが好きなんだなあ、俺・・・・と一人実感して火原が照れ笑いを浮かべたその時 がらっ! 練習室のドアを勢いよく開けて一人の女の子が飛び込んできた。 深緑のセーラーベースの普通科の制服に、黒いヴァイオリンケースを背負った女の子、香穂子である。 「香穂ちゃん!」 「先輩、ごめんなさい!」 飛び込んできた時の勢いそのままにぱんっと顔の前で手を合わせた香穂子に火原はびっくりした。 いつもなら挨拶と一緒にとびきりの笑顔を見せてくれるはずなのに・・・・ しかし次に香穂子の口から飛び出した言葉に火原はますます驚かされることになるのである。 「ごめんなさい!約束してたのに今日、用事ができちゃったんです!」 「え?」 「えっと、それからしばらくは週に何度か一緒に帰れなくなるかもしれません。」 「ええ??」 驚くというより展開について行けない火原を尻目に香穂子は自分の腕時計に目を落としてわっと声を上げる。 「時間がっ!本当にごめんなさい、先輩!じゃあ、明日!」 がらっ!ばたばたばたばた・・・・・ 廊下を先生に目撃されたらお説教をくらいそうなほど勢いよく駆け抜けていく音が徐々に遠ざかって、嵐が去ったように静寂が戻る。 そして待つこと数秒。 「ええええええええええーーーー!?」 やっと事態を理解した火原の声が音楽科の校舎に響き渡ったのだった。 それから火原の苦悩の日々が始まった。 ・・・・というのは絶対大げさだと周囲は思ったが。 別に香穂子の態度が急に冷たくなったとかそういうわけでは全然なく、朝は一緒に登校するし、お昼も相変わらず一緒の仲のいい恋人同士のままなのだから。 ただ週に3日程度香穂子が授業が終わるとすぐに帰ってしまうようになったぐらいだ。 しかし、周りがなんと言おうともこの「ただ週に3日程度・・・・」が火原には苦悩だった。 理由は、いくら聞いても香穂子がその「週に3日程度」どこで何をしているのか教えてくれないからだ。 別に香穂子を疑うわけではないが、少しずつ不安になるのだ。 もしかして、俺と練習するのが嫌になったのかな、とか。 もしかして、彼女を束縛しすぎたかな、とか。 もしかして、他の誰かと会ってるんじゃないのかな、とか。 こういう時、マイナスにしか思考がいかないのがある意味恋の魔力だと火原は思った。 もっといい方向に解釈することだってできるはずなのに、気がつけば落ち込むような想像しかできなくなっている。 前と変わらず香穂子は笑ってくれるのに、そのたびになんだか苦しくなる。 どこか自分の知らない誰かが彼女の笑顔を、自分の知らない時間に見ている。 そう思うと妙に悔しいような悲しいような気にさせられるのだ。 (なんだろう・・・・この嫌な感じ・・・・) 「何を眉間に皺なんか寄せているんだい?火原らしくない。」 ぴしっと額を指で弾かれて火原はのろのろと顔を上げた。 見れば半ば呆れ、半ば心配と言った感じで柚木が見下ろしていた。 「もう、放課後だよ?日野さんを迎えに行かなくていいの?」 「・・・・今日は香穂ちゃん、先に帰っちゃったよ。」 「あ・・・・」 ぺしょっと耳を垂れる犬のように再び机につぶれた火原に、柚木は一瞬バツの悪そうな顔をする。 しかしすぐに困ったように笑うと火原の頭をぽんぽんっと叩いた。 「じゃあ、たまには一緒に帰る?」 「んー、誘ってくれて嬉しいけど今日は個別レッスンがあるからさ。ありがと、柚木。」 「そう、ならいいけど。・・・・火原。」 重そうに腰を上げて楽器を背負ったところで火原は振り返った。 その顔を見て柚木はため息をつきそうになった。 (まったく、お前はすごいよ、日野。火原にこんな顔をさせるんだからな。) 心の中でこの場にいない香穂子に文句とも賞賛ともつかないことを思いつつ、柚木は言った。 「あまり心の中にため込まない方がいいよ。悪い考えは口に出さずに考え続けると余計に悪い結果を招くから。言ってみたら意外になんてことはなかった、なんて話、よく聞くでしょ?人の悩みの深さなんて言ってみないとわからないんだから。自分はたいしたことないから言わなくていいやと思ってたのに、相手はすごく深刻に受け止めてたって事だってあるんだから。」 言外に「ちゃんと話してみれば」という意味を読み取って火原ははっとする。 「そうだよな・・・・うん、ありがとう柚木!俺、香穂ちゃんにちゃんと言ってみるよ!!」 「そうそう、その調子だよ。そっちの方が君らしい。」 「おう!じゃ、レッスン行ってくる!」 「はい、いってらっしゃい。」 急に勢いずいて教室を飛び出していく火原を見送って柚木は苦笑した。 「まあ、単純なのが火原の美徳なんだけどな。」 そして誰も教室にいないのをいいことに、黒全開で肩を竦めて呟いたのだった。 「面白い暴走談、期待してるよ?火原。押さえ込んだ独占欲ほどやっかいなものはないからね。」 火原は走っていた。 個人レッスンが終わってすぐに学校を飛び出してきたからまだ夕暮れの明るさが残っている。 そんな街を勢いよく走って目指すはいつも送りなれた香穂子の家。 早くしないとせっかく柚木につけてもらった勢いが無くなりそうで追いかけられるように必死で走る。 走って、走ってこの角を曲がれば香穂子の家が見える、という角を曲がって・・・・ 瞬間、反射的に火原は曲がった角を戻った。 理由は香穂子の家の前に香穂子がいたからだ。 それも、自分の知らない男と向かい合って。 (な・・・・何・・・・?) 一瞬だけ光景を見てすぐに戻ってしまったので何がなんだかわからなかった火原は改めてそっと角からのぞき込んだ。 そこには、やっぱり見間違いでなく香穂子とバイクに跨った男が話していた。 どうみても火原より年上の、少し目つきの鋭い革ジャンとバイクがやけに似合う男だった。 そんな格好なので制服のままの香穂子とはちょっと不釣り合いなのだが、二人は知り合いらしく笑いながら話している。 その光景にずきっと胸が痛んだ。 ぎゅっと唇をかんで肩から背負った楽器のベルトを握りしめる。 そうでもしないと自分が何かとんでもない事をしそうだった。 (笑わないでよ・・・・俺の知らないところで、俺の知らない人と。) 勝手な話だとわかっていてもそう思うことを止められない。 その時、香穂子が見たことがないような悪戯っぽい顔で男に何か言った。 言われた男の方はちょっと面食らったように顔を赤くする。 ―― その瞬間の気持ちを、後に火原はこう語る。 『切れた』 「香穂ちゃん!!」 気がついたら角から飛び出して叫んでいた。 「え!?先輩!?」 二人が同時に驚いたように振り返ったが、目に入っているのは一人だけ。 妙に凄みのある早足で香穂子に近づくと空いていた片手を掴むなり、引っ張るようにして歩き出す。 「!?先輩!?どうしたんですか!?」 「いいから!ついてきて!」 「ええ!?あ、あの・・・・ごめんなさい!」 ほとんど引きずられるようにして歩きながら、香穂子はなんとか振り返ってバイクの青年に頭を下げる。 その様子すら気に入らなくて、ますます早足になる火原に小走りになりながら香穂子は必死でついて行く。 そんな調子でしばらく歩いて、もう人もいなくなった小さな児童公園に入ったところで火原はやっと止まった。 ほっとしたのも束の間、香穂子はぎゅううううっっと火原に抱きしめられた。 「せ、せ、せ、先輩!?」 慌てた香穂子の声すら愛おしくてますます火原は香穂子を抱く手に力を込めた。 そして思う。 「・・・・嫌だ・・・・」 「え?」 「絶対!絶対誰にも香穂ちゃんを渡さない!!」 「!?」 腕の中で香穂子が硬直するのを感じながら、火原は唐突に理解した。 あの嫌な感じ、あれは・・・・ (独占欲だ。香穂ちゃんの事で知らないことがあるのが嫌だったんだ、俺。) 妙に納得していると、おずおずと香穂子が問いかけてきた。 「あの・・・・もしかしてとんでもない誤解をしてませんか?」 「え?」 「さっきの人は・・・・バイト先の店長さんの恋人で・・・・」 「ええ!?」 (バイト??店長さんの恋人???) 「あの・・・・全部説明しますから・・・・ちょっと、離してください。く、くるし・・・・」 どうにかこうにか、そこまで絞り出してくてっと火原の胸に頭を預けてしまった香穂子を見て、我に返った火原は自分が容赦なく力一杯香穂子を抱きしめていた事を思い出して慌て彼女を解放した。 「ごめん!!」 「はあ・・・・あ、いいえ。大丈夫ですよ。」 やっと、と言う感じで息をついた香穂子は慌てふためく火原を見て苦笑した。 「あの、先輩座りませんか?ちゃんと説明します。」 「あ、うん。」 促されるままにベンチに座ったところで、火原はおかしな事に気がついた。 朝一緒に登校した時は持っていたはずのヴァイオリンケースを香穂子が持っていないのだ。 持っているのは鞄だけ。 「香穂ちゃん、ヴァイオリンどうしたの?」 「うちに・・・・って、いうことは火原先輩、本当にさっきから見てたんですね?」 「え?」 何のことだかわからなくて首をかしげる火原に香穂子はゆっくり説明を始めた。 「実はついこの間から天羽ちゃんの紹介で喫茶店で演奏のバイトをさせてもらっていたんです。」 「バイト?」 「はい。放課後、1時間ぐらい喫茶店でヴァイオリンを弾くっていうのを週3日。」 『週に3日』というキーワードに火原がぴくっと反応する。 「それってもしかして」 「そうです。先輩と帰れない日はそのバイトの日だったんです。でもお金もらって演奏するなんて初めてだったんで、思ったよりずっと神経使っちゃったみたいで、今日もボーっとして帰ってきたらヴァイオリンだけ持って帰ってきちゃってて。」 そこでほんの少し照れ笑い。 久しぶりにまっすぐ届いた笑顔に鼓動がはねる。 「家に帰ってヴァイオリンを置いたところで鞄がないって気がついたんですよ。慌てて取りに行こうと思ったらバイト先の店員さんがバイクで届けに来てくれたんです。それで少しだけ立ち話をしてたら先輩が・・・・」 そこまで話したところで、さっきの火原の行動を思い出したのか香穂子は赤くなって黙ってしまった。 つられて火原も赤くなる。 (柚木の言う通りだったかも。うわあ、俺恥ずかしい・・・・) さっきまでの独占欲の固まりみたいだった自分が恥ずかしくなったものの、もう1つ聞いていないことがある事に気づいて誤魔化し半分に火原は言った。 「で、でもさ、なんでバイトなんか始めたの?別に今まではそんな事しなかったでしょ?」 「うっ!・・・・気がついちゃいました?」 「気がついちゃった。どうして?」 できれば聞かないでほしいというオーラを香穂子が出していることには気がついていたけれど、あえてそれには気がつかなかったことにする。 じーっと見つめれば、しばらくいろいろ考えていた香穂子が諦めたように口を開いた。 「理由は2つあるんです。」 「うん?」 「1つは、自分の楽器を買う資金にしたいな、と思って。」 「え?だって香穂ちゃんは・・・・」 「もう持ってるんですけどね。そうなんですけど、でもあの楽器はリリがくれたものだから。あれはあれでとっても大事なんですけど、前に火原先輩が自分で楽器を買った時の話をしてくれたでしょ?」 「え?・・・・あー、そういえばしたかも。」 「あの話を聞いて、私、とっても羨ましくなったんです。私もそういう喜びって味わってみたいなって。だからホントに細々となんですけど楽器用の資金も貯めてたんです。バイトもその足しになればいいなって。」 「そうなんだ・・・・」 答えながらだんだん嬉しくなってくるのを止められなかった。 自分が忘れたような会話もちゃんと香穂子が覚えていてくれて、それが彼女に影響をあたえていたなんて予想もしていなかったから。 しかし、続けて香穂子が言った事のほうが、ずっと予想外で、ずっと・・・・ 「それでもう1つの理由なんですけど、えーっと、その時に先輩、楽器のケースが調子が悪いって話もしていたでしょ?」 「うん、言った。」 「だから、その・・・・先輩の誕生日にケースをプレゼントしたいなって思ったんです。」 「・・・・え?」 「あ、でもケースって結構高いんですね。そんなにけろっと買えなくてそれで・・・・」 呆然と見つめられて香穂子は焦ったように言葉を足そうとした。 しかし妙に固まってしまっている火原に気がついて驚いてのぞき込んだ。 「先輩?どうしたんですか?」 「・・・・香穂ちゃん」 「はい?」 「手加減できなかったらごめん」 「え・・・・きゃあっ!?」 再びぎゅうううっっと抱きしめられて驚いてじたばたすると、今度はあっさり腕をゆるめてくれた。 ほっとしたのも束の間。 今度は唇がふさがれた。 ふれるだけのキスを、何度も、何度も。 そして唇だけじゃ足りない、とでも言うかのように瞼に、額に、頬に、鼻先にまでキスをして、今度は優しく香穂子抱きしめてぽすっとその肩に額を押しつけた。 「先輩・・・?」 「俺、もう駄目かも・・・・」 「ええ?ど、どうしたんですか!?」 素直に驚いてしまう香穂子が可愛くて吹き出しそうになるのをこらえながら火原は顔を上げた。 そして声の通りに少し心配そうな顔をしている香穂子の額に自分の額をくっつけて、告白した。 「香穂ちゃんが好き過ぎて心臓壊れそう。香穂ちゃんがいないと調子狂いまくりだし・・・・もう、ほとんど香穂ちゃん中毒なんだ、俺。」 「先輩・・・・」 真っ赤になりつつ、それでも綺麗に笑ってくれる香穂子にもう一度軽いキスをして火原は久しぶりに晴れやかな笑顔で言った。 「今度、香穂ちゃんがバイトしてるとこ見に行ってもいい?」 「えっ!?そ、それは・・・・」 「駄目?」 「うっ・・・・下手ですよ?」 「上手い下手じゃなくて、香穂ちゃんの音が聞きたいからいい。」 「先輩、それ微妙にフォローになってない。」 「そうかな?」 むう、っとむくれる香穂子に一足先に立ち上がった火原は手を差し出して笑った。 「本当は俺だけに聞かせてほしいんだけど、それは我が儘だから我慢する。」 「!こ、今度なら。」 「本当?じゃ、約束な。」 「はい。」 そんな会話をしながら、手をつないでゆっくり帰っていく火原と香穂子は、誰がどう見ても仲のいい恋人同士に戻っていた・・・・ ―― その後、めでたくプレゼントしてもらったケースを見ながらにやける火原が見られたとか、見られなかったとか 〜 END 〜 |