カランッカランッ 可愛いドアベルの音にカウンターで紅茶を入れていた苺は顔を上げた。 そして入ってきた長身の青年を見て首をかしげた。 「お帰りー、どうしたの?貴行くん。」 聞かれて、なんともバツが悪そうな表情のまま千頭はカウンターに座った。 もちろん店内に客の姿が無い事を確認しての事だ。 そうでなければ彼も店員の一人。 さっさとライダージャンパーから制服に着替えてこなければならない。 しかし店長である苺はそれをとがめもせずに入れ立ての紅茶を彼の前に置いた。 「お疲れ様。ちゃんと日野さんに渡せた?」 「おう、渡せたけど、よ。」 「・・・・なんかあった?」 「ちょっとな。あの子の彼氏に立ち話してる所を見られちまった。」 「あ、っちゃー。」 苺もしまったというような表情に顔を歪める。 「しかも貴行くんのその顔を見るに、ただ立ち話を見つかっただけじゃないね?」 「ああ。なんだか知らねえけど、彼氏の方が引っ張っていっちまったんだよな。」 「・・・・それは拗れたね。」 「だよな。」 はあ・・・・ 二人分のため息が落ちた。 「面倒なことになってないといいけど。」 日野さん、彼氏さんのためにバイトしてるって言ってたし・・・・と心配そうに呟く苺を見て、千頭の中の悪戯心が珍しく頭をもたげた。 ―― ところで、世の中には「墓穴を掘る」という言葉がある。 この時の千頭の悪戯心はまさしくこの言葉に相応しかった。 すなわち、ちらっと苺の横顔に目を走らせて呟いたのである。 「いいんじゃねえの。ちゃんと説明すれば・・・・俺には俺の相手がいるってよ。」 「へ?」 びっくりしたように振り返った苺の表情に、千頭は一瞬にして「しまった」という気分になった。 かなり自己満足的に呟いたつもりだったが、しっかり聞こえていたらしい。 「何なに?貴行くん、今なんて言ったの?」 カウンターから身を乗り出して聞いてくる苺は目が輝いている。 (う・・・・) 千頭はとかく、この苺の表情に弱かった。 こういう苺の表情を見ていると、柄にもなくなんでもしてやろうなんて気になってしまうからだ。 とはいえ、端からどうみても恋人同士の二人でも実はまだちゃんと意思表示をしていない関係である。 告白する時はちゃんとした場所で、ちゃんとした言葉で・・・・等と考えている千頭は見事窮地に陥ってしまった。 「だから、何て言ったの?」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 「ねー?貴行くんー?」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 「・・・・貴行くんがそういう態度だと、私も町谷くんとデートしちゃうぞ?」 「!それは・・・・」 ひやりとさせる苺の言葉に、千頭が思わず口を開き、苺が目を輝かせた瞬間 ―― カランッカランッ 「お邪魔します」 「ああ、いらっしゃいませ。」 ドアベルを揺らして入ってきた風音の姿に、千頭は勢いよくカウンターのイスから立ち上がった。 そしてきょとんとしている苺に向かって一言。 「この話はまた今度な。着替えてくるぜ、店長。」 さっさと休憩室の方へ消えてしまった千頭を見送って、代わりにカウンターに座った風音は少しだけ困ったように言った。 「もしかして、本当にお邪魔でした?」 「あ、いえ!いいんです。」 慌てて手を振って答えた苺は風音のオーダーを受けて厨房に入る。 そしてほんの少しだけ熱を持った頬に手を当ててぽつりと呟いたのだった。 「・・・・まだまだ、これから。」 ―― 千頭が観念して(?)苺に告白するのは、それから半月ほどたってからだった。 〜 END 〜 |