12    社長の不満

昭和55年、業界でも中堅に位置する地域スーパーを担当していた頃の話である。

高度成長経済と共に、スーパーマーケットは大きく発展した。それまでの「日本列島改造」政策等で個人の生活が飛躍的に豊かになり、消費が活発になった。新しい店を出し、新製品を陳列するだけで売れたと言ったら失礼だろうが、そんな風に見えていた頃であった。

社歴の浅いスーパーマーケットは、殆ど、創業者が"ワンマン社長"と言われながら頑張っていた。人に対するやさしさと大きなロマン、反面、強い自信と信念が特徴であり、お客様に頭を下げるのを厭わない"商人"の顔と大の負けず嫌いの面を兼ね備えている事も、共通した個性であった。その後、20年程この業界を担当し、多くの方とお付き合いが出来たことは、大きな財産を頂いたものと思っている。

E社の社長は、大変気さくで行動派、周りを何時も明るくする、大変ユニークな方である。ある日、一人で緊張しながら社長室に面談に行ったが、いきなり「俺の給料だ」と見せられた事がある。この予期しない明け透けな行動に、どう対応したらいいのかと、"冷や汗"ものだったが、この信じられない行動も、また、ユニークな社長らしい親しみだった。

そんな社長が、二人だけの時に漏らす不満がある。通常、外部に見せることの無い"従業員の万引き問題"であるが、この時だけは、社長の顔から、明るさが消えるのである。

この時の小売業のロスは、売上の約1%だったと記憶しているが、商品の破損と売れ残り/廃棄、そして万引きが3大要因である。万引きは当然、外部の人間が持ち出す事を言うのだが、社長の悩みは、一部の社員の行為を指しているのである。
この時に知った従業員の不正の手口を、一部紹介する。

@ 故障したレジと交換したレジ

お店では、購入した金額を計算し、紙幣を含むお金を管理する"レジスター"が必ず使用されている。お客さんには、レシートが渡され、代金がレジスターに納められる。最近は、商品名を表示したり、いつどんな商品が売れたか等を知るために、高機能POSシステムが導入さるが、このPOSシステムもレジ機能が基盤として組み込まれている。

このレジには、お客さんにお渡しした"レシート"と同じ内容をコピーした、ジャーナルと呼ばれるものが残される。このジャーナルは、まず、当日のお金の清算・照合に使われる。お金が合わない時は、この長いジャーナルを巻き戻して、取り消し等の操作を検証するのである。このように、ジャーナルは、レジと操作した人(キャッシャーと言う)、そして現金の受け渡し内容を確証として記録するもので、大変な役割を持っている。また、企業の売買情報の裏付けとして、法律では7年間の保存を義務付けている。

このレジは機会部分が多く、時々故障するが、使用中に起きた場合、急ぎ対応しなければならない。お客さんは、レジの前で待たされるのを最も嫌う為で、最優先で新しいレジに交換される。ただ、故障のレジを撤去するには、ケーブルをはずしたり、周りを片付けたり、狭い場所で作業を行わなければならない。なんと言っても、お客さんの前で搬出する失礼があり、イメージも良くないのである。したがって、閉店後に引き上げるのが通常となっていた。

しかし、これが初歩と言われ様な手口に繋がるのである。もし、故障が"ウソ"だとすれば・・・。手元に残っているレジは問題なく動作するのである。この後のお客さんの商品から、故障(だったはず)のレジと新しいレジで、交互に扱う。何れのレジでも、お客様には正しいレシートと商品が渡されるので、何の問題もないのである。そして、当然ながら、新しいレジのジャーナルと現金だけを、当日売上分として報告する。故障レジのジャーナルは、証拠を残さないように、捨てれば、全く、判らなくなるのである。

A 反物生地の品だし

お店の検品作業は、最も重要な作業の一つであるが、また、最も煩雑な作業とも言える。したがって、納品をロット単位で工夫したり、ケースを標準化したり、欠品率を公表したりと、会社は様々な対策を打っているが、最終的には"担当者の作業の部分"が発生するのである。

和服の反物生地は、1ケース10本単位で、直接検品を兼ねて陳列棚に運ばれる。高額商品という事から不良品が無いようにと、1本1本丁寧に、目で確かめながら棚に収められる。この小形で高額な商品が、狙いにされたのである。

ここで行われた不正行為は、9本だけを棚に陳列し、残りの一本を、入ってきたダンボールの中に、ガムテープで隠すものである。そして、他のダンボールと一緒に空ダンボールとして捨てる。誰も、山済みになったダンボールに疑問を持つ人など居ないのである。

暫くすると、今度は掃除専門のおばちゃんが、ダンボールを片付けに来る。掃除のおばちゃんは、毎日同じ段取りで、何事もない様にダンボールを運ぶ。但し、打ち合わせた日だけは、目印のある特定のダンボールを選別して持ち帰るのである。こうして、検品者と掃除のおばちゃんの"山分け"が続いていた。何時も、売上と在庫数合わないことから、不信に思った同僚がこれらの事実を掴み、内部告発したものである。

B物々交換でグループ7人が逮捕

スーパーの創業者は、良く店を巡回する。自らが、商品を仕入れ、お客に売ってきた経験があるから、店を回る事で状況を掴む事が出来るのであろう。この社長は、1日2回の本店巡回を日課として続けていた。従業員の万引きの殆どは内部告発であるが、この一件は、この社長の巡回から始まった事である。

いつもの様に地下B1の食品売り場を歩いていると、掃除のおばちゃんの声が聞こえた。「あの人、また、レジの所のビニールを取りに来ている」と。たったこれだけの話から、大きな事件に発展した話である。

社長が振り向けば、確かに4Fの子供売り場の店員である。最初は気にも止めなかったそうだが、歩いて行く中に段々気になってきた。戻っておばちゃんに確認したところ、週2回ぐらい、ビニールだけ取りに来て、戻って行くと言う。どう見ても、変だと感じていたらしい。

直ぐに社長は、ある人に監視するように指示を出したが、その後も、この女性はビニールを取り続けていると報告があった。今度は、4Fの売り場を監視するように、指示を出した。暫くして、万引きの現場を発見したと報告があったと言う。

この頃のスーパーでは、従業員の退社する時に、持ち物検査が行われていた。この検査では、流石に弁当箱までは、開けないそうだ。この持ち物検査を逃れる為、小さく丸めた商品を、大きな弁当の中に押し込んで持ち出していたのだ。そして、弁当の中で汚れ無いように、ビニールが必要だったと言う。弁当箱に詰めているところを、遠くから確認されたのだ。

この話は、ここで終わらなかったのが、この社長の鋭い感である。
社長は、この店員が独身であることから、子供服売り場の商品を頻繁に持ち出すことに疑問をもったようで、更に、監視を続けさせた。退社後の尾行である。すると、ある大きな喫茶店に立ち寄る事がわかった。そして、喫茶店内まで入って行って驚いたらしい。

数名の女性がたむろしていたが、品物を出し合って物々交換を始めたと言う。女性の中には、以前会社の店員として働いていた女性が何人かいたようだが、現在は、別の会社で働いている人だ。ある女性は、化粧品売り場の店員として、またある女性は、男性売り場の店員として、である。そこで、持ち出した商品を、必要とする人と交換しているのである。

この報告を聞いた社長は、社内の店員だけの処分にしようか、かなり迷われたようだ。しかし、数日後、「複数のスーパー・デパート店員グループ7名が、万引き商品を物々交換で逮捕」と言う記事が載った。

一生懸命働く社員が居る中で、僅かの、心無い店員のために店のイメージが悪くなる。従業員を信頼している社長は、"どうしたら良い"と寂しく独り言の様に、問いかけてくる。




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02/7/20