村松定孝著『文學概論』
(1982年4月1日初版双文社出版、手元の版は1998年3月20日の11刷)

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 日本の言語文化概論という授業をするために、日本文学概論とか概説とかいう名前の本をあれこれ献本してもらいました。中でこれは割といい方かな、と思って読んだんですが、読み終わった今、ちと迷っています。

 この本のいいところは、構成がすっきりしていること、世界文芸思潮史という一章が設けられていること。全体が「総論」「各論」「展望」の3部に別れ、総論は「T 文学とは何か」「U 文学の起源」「V 文学の形態」「W文学の個人性」「X 文学の国民性」、各論は「T 小説について」「U 戯曲について」「V 詩について」「W 短歌について」「X 俳句について」、展望は「T 文学批評の諸問題」「U 日本文学の時代相」「V 世界文芸思潮史」となっていて、最後に付録として「文芸用語一覧」というのが付いています。これで中味を埋めれば、日本の文学について大体過不足なく説明できるような気がする。で、中には参考になることも一杯書いてあるし、あとがきを含めて263ページ。30枚の論文にしたら何本必要なんだろうか、というぐらい書かれているので、私が読めば参考にはなった。特に最後の章の「世界文芸思潮史」は、日本文学を世界の中で捉えるためには必要な視点だけれども、日本文学研究者はそこまで読んでないのが普通だから、他の文学概論類には見られない特色。

 が、読んでみて困ったのは、

1 誤字か誤植か、ともかく印刷物としての不体裁が多い。
例:「片仮名は漢文を読む際の付属文学として」(p15)←たぶん「付属文字」なのでしょうな。

2 1文が長くて「が」を多用。要するに悪文が続くので学生達に薦めるのはどうかと思われる。

3 「さようなわけであるから」といった古めかしい文体。

4 総論のWとかXを見ると、思想的に右翼的な感じがする。日本を単一民族国家であるかのように捉えている。

5 各論は現代文学中心で、創作の心得として書かれているが、ちと古い感じがする。

6 連句という名称は出て来て俳諧も連歌もご当人は知っているように見えるけれども、余り解説がない。

7 展望Tの批評については、これもちょっと古くて最近の批評理論に触れていない。

 その他、まだあったと思うけど省略。特に1の点が非常に気にかかります。1例挙げましたが更に挙げると、世界文芸思潮史の中に「フロベール(Guestave Flaubert・一六二一〜八〇)の『ボヴァリ夫人』("Madame Bovary"・一八五七)は」云々とあります。17世紀の人がどうして19世紀の作品を発表しているんだろう?と不思議ですが、これはフローベールの生存時期、「一六二一」はたぶん「一八二一」の誤りなんでしょう。こういう例がしばしばあって、これは訂正がしやすい例だけれども、私もよく知らない人の場合、間違っていても間違いとわからないところもあるだろうと思います。こういう例があちこちに見えて、推敲とか校正とかをどれだけやったのだろうかと疑われます。

 折角献本していただいた双文社さんには申し訳ないのですが、これは使えない、というのが結論。もう少し本としての体裁を整える努力をした上で出版してほしいです。(2001/02/12)


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