くぬぎの手紙
岩田修良 令和四年九月二十八日(水)二十時二十七分 二百二十六通
受験エリートに馬鹿にされてゐる
 スガにせよ 岸田にせよ 弔辞文は 官僚の誰かが書いてゐる筈だ おそらく東大卒ではないか 彼らには ものすごいエリート意識があり 今の国民なんかバカばかりだから ちょっと歴史的な話を入れて文章を着飾れば バカは ものすごく納得する 想像するに こんな思ひで 弔辞文を書いたのではあるまいか▼各社新聞を読んでみても 評論家の話を読んでみても 今 私が書いた史実に少しでも触れながら 大した弔辞文ではなかったと バッサリ斬る論は どこにもない 当日の気分に醉ひしれたものばかりであった▼受験エリートにバカにされてゐるのがわからないのだ バカにされても無理もない 私たちは 史実を全く知ろうともしないし 史実を知って居るつもりになってゐる たとへば 満州事変 全く知らないのに この歴史用語を知ってゐるだけで 知ってゐるつもりになってゐるのだ▼だから 私たちは そこを深く掘り下げて 調べ抜く必要がある そこで くぬぎの手紙の「史実文学」が登場 最近 しばらく昔の日の丸縁起物ばかりだったので 明日から 大東亜戦争を再び語り始めたい 

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色葉


   天地

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只ヽ文字 令和四年三月九日 午前八時五分 二百二十六通
岩田修良 令和四年九月二十八日(水)二十時零分 二百二十五通
伊藤博文暗殺
 そこで日本は 韓国から外交権を奪ひとり 「間島地方」を中国領土とする案との引き換へに 義州ー奉天間の「軽便鉄道」の修復を中国に認めさせた▼わかりやすく言ふと たとへば 朝鮮が日本の外交権を奪ひ そこで勝手にロシアと交渉し 北方領土をロシア領土と認めてしまった こんな事件が起きた▼安重根親子は これに憤慨した 安重根の父親は それまで親日派であったが 日本の韓国支配を疑ひ始めた こんな経緯で 伊藤が安重根に暗殺された訳だが その伊藤の国葬の時に 山縣が詠んだ歌を 真っ赤な嘘月の国葬で詠んだ▼おぞらく 今の無知な日本人に 伊藤が暗殺された経緯を知る者はほとんどゐない 韓国の一右翼青年に暗殺された悲劇の人 これくらゐしか知らないから 堂々と 山縣を登場させたのだらう 私も含めて 日本人は 極めて歴史に無知だから とんでもない男たちを維新の英雄として讃へる印象操作に 一瞬にしてひっかかってしまふ▼山城屋和助事件 樺戸集治監の苦役本分論 外交権を奪って勝手に朝鮮の曖昧な朝鮮領土を中国領土にしてしまった これらの悪事を 私たちは知らない だから 簡単な印象操作でイチコロだ 

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色葉


   天地

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只ヽ文字 令和四年三月九日 午前八時五分 二百二十五通
岩田修良 令和四年九月二十八日(水)十九時四十分 二百二十四通
伊藤博文暗殺
地図
 朝鮮半島北部ー中国の国境線

 この国境線をイメージしていただきたい そして 今の朝鮮半島北部 つまり北朝鮮と中国の国境線に着目して いただきたい その国境線の中国側の東部 そこを「間島地方」と言ひ 中国側ではあるものの朝鮮人が多く住んでゐて 国境線問題が 中国ー朝鮮で絶えず起こってゐた場所である 朝鮮半島を合法的に分捕って行く時 必然的に 日本の領土拡張に抵抗する朝鮮側の独立義勇軍がゐる その独立義勇軍の勇士たちが 間島地方に集まってゐた▼安重根親子も ここに居住してゐた そこには 教会や学校が沢山あり 学校では 朝鮮独立のための歴史が施されてゐた 国境線の問題は まだ 曖昧だったから 朝鮮人は 間島地方に沢山居住してゐた▼この時 日本は大きな問題を抱へてゐた それは 北朝鮮の北部の西の義州から奉天に繋がる線路幅の狭い「軽便鉄道」である この鉄道は 日露戦争の時に作られたものであったが 線路幅が狭く 列車が そのまま満州鉄道に乗り入れが出来なかったのだ 

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色葉


   天地

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只ヽ文字 令和四年三月九日 午前八時五分 二百二十四通
岩田修良 令和四年九月二十八日(水)十九時二十四分 二百二十三通
山縣有朋
苦役本分論
 山縣は「苦役本分論」を書き 集治監の苛酷な強制労働を支持した それは「囚人たちは 政治犯にせよ 刑事犯にせよ 悪いことをして収監されたのだから 二度と悪いことをしない様に 徹底的に苦しい仕事をさせるべきだ」といふもの▼これと同様な意見に 金子堅太郎の意見がある 「囚人たちは 収監され たとへ強制労働といへども お国のために働いてゐるから 良いことをしてゐるのだ また 苛酷な労働によって 早死にすることになっても その分食費が減るわけだから これまた お国のためになってゐる」 こんな内容の意見を吐いてゐるが これが当時は 正論として通る世情でもあった▼さて 伊藤博文も暗殺され そして国葬となった この事実に着目して 真っ赤な嘘月大将の弔辞文が作られたと思ふが 作者は 多分 伊藤博文暗殺の経緯を知らないだらうから 伊藤博文暗殺の経緯を カンタンに次の手紙で書き記して置きたい

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色葉


   天地

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只ヽ文字 令和四年三月九日 午前八時五分 二百二十三通
岩田修良 令和四年九月二十八日(水)十九時八分 二百二十二通
山縣有朋
樺戸集治監
 北海道の札幌の北 当別村の北にある月形町 ここに政治犯・重刑の囚人を収監する「樺戸集治監」があった 発案者は伊藤博文 それまで北海道の開拓は 黒田清隆発案の十年計画 この計画は 政府が一千万のお金を投資して 鉄道・炭鉱・工場等の官営企業をつくり 北海道を開拓するといふもの▼この計画が終はる頃 官営企業の払下げ問題が起きた 黒田は薩摩だから薩族に格安 たしか三十万円だったと記憶するが 払ひ下げた その一例に幌内鉄道が挙げられる 社会科の教科書で 何気に出て来る明治の炭鉱 史実がわかって来ると その炭鉱労働者を収容する施設が近くに必ずある 集治監である▼発案者は 伊藤博文 外遊して 囚人を格安の低賃金で苛酷な労働に使ふことを学んできたのだ その頃 政治犯は四万三千人とも言はれ 脱獄が絶えなかった そこで伊藤は 広大な北海道に どでかい集治監を建設し その囚人を使って北海道を開拓を提案 かうして 囚人を労働者として北海道の開拓が始まった 囚人道路で検索すれば 囚人たちが牛馬の様に こき使はれた史実がわかる 山縣はこの時…

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色葉


   天地

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只ヽ文字 令和四年三月九日 午前八時五分 二百二十二通
岩田修良 令和四年九月二十八日(水)十八時四十五分 二百二十一通
山縣有朋
山城屋和助事件
 山城屋和助は 長州・奇兵隊の一人で 陸軍卿・山縣有朋とは 昔の仲間 山縣は 陸軍の消耗品・備品等 卸問屋となった和助に注文 結果・山城屋が儲かる その利益の一部を長州閥に流す これで長州族が潤ふ 今言ふ「安倍友」又は「ズブズブの関係」▼その和助が 確か 生糸のさきもので大損 そこで山縣に泣きついて 山縣がなんと陸軍の予算の二割だったか かなりのお金を和助に回す 和助は そのお金を持ってフランスに飛ぶ しかし 株はやらずに豪遊してしまふ▼この時 岩倉使節団が パリに到着すると ものすごい日本人がゐると パリで噂になってゐる男がゐて 調べてみると なんと山城屋和助であった▼陸軍内部からの告発もあって 山縣は窮地に立たされたが 山縣は 山城屋和助一人に罪を着せた 恨んだ和助は 陸軍省の前で割腹自殺 告発した陸軍の役人も 今と同じ様に どこかに飛ばされた▼この山縣有朋を弔辞で読んだ 弔辞の作者は 勿論和助事件を知ってゐるだらう しかし 山縣を取り上げた 今の日本人で 和助事件を知ってゐる奴は 万に一人もゐない 国民の無知を見抜いてゐたのだ

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色葉


   天地

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只ヽ文字 令和四年三月九日 午前八時五分 二百二十一通
岩田修良 令和四年九月二十七日(火)二十時八分 二百二十通
平安の歌
如何で我が
心の月を
現して
闇に惑へる
人を照らさん

 まづ 大きな大きな認識の相異 それは 貫之が「白日」を「大空の月」と認識してしまったこと これより純真無垢な日の丸は 「心月」「満月」となってしまった▼この歌のポイントは 「心月」が何を照らしてゐるか そこがポイント 作者は「闇に惑へる人」を照らすといふ では ぞの「闇に惑へる人」とは誰か? そこだけがポイントである これは以下…
闇…八身=眉
 つまり 作者は「八身に惑へる人」を照らしてゐることになる▼そこで 古人の人の本性を考へたい 眉である 人の本性を今は「脳」ですかね 恐らく「脳」と考へてゐますが 古人は「眉」 ここに現代と古代の人間観に 大きな違ひがあります

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色葉


   天地

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只ヽ文字 令和四年三月九日 午前八時五分 二百二十通
岩田修良 令和四年九月二十七日(火)十九時二十分 二百十九通
悪党自滅解体
悪党も
嘘月隠れ
今までの
力失ひ
自滅へ進む
 悪党たちを支援する嘘月に 悪党を支援する力は もうない しかし 悪党諸氏は 真っ赤な嘘月の効力が日に日に弱体化してゐることに気づかない だから 手を打つ しかし この一手が ことごとく自滅解体を促進することになる▼それでも 悪党諸氏は その自滅解体を防ぐべく 一手を打つ しかし この一手が ことごとく裏目に出て 自滅解体を促進させる▼正直 本物の日の丸には それくらゐの力があると 期待したい だから 私は ここ一・二年での 悪党自滅解体を期待する これ位のことが起きてこないと面白くないし 本物の日の丸とは言へないと思ふ
昔の日の丸縁起物
 本物の
 日の丸ならば
 この国の
 悪党滅ぼす
 威力を見せよ  

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色葉


   天地

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只ヽ文字 令和四年三月九日 午前八時五分 二百十九通
岩田修良 令和四年九月二十七日(火)十九時三分 二百十八通
昔の日の丸縁起物の足跡
令和四年八月九日
 イロハ掲示板…完成
 字母=イロハとする認識生まる
令和四年九月十七日
 国旗・昔の日の丸室内掲揚
令和四年九月二十日
 駐車場の看板完成
 絵ハガキ完成
 車のシール完成
 スマホ・自転車等のシール完成
令和四年九月二十七日 
 昔の日の丸縁起物と命名する
さて 着目したいのは
昔の日の丸が世に姿を出すことで
ホントに 世の中に変化が起きるのか?
起きるとしたら どんなことか?
私は 悪党の自滅解体を期待してゐる
多くの国民は 
まさか悪党が 自滅解体するとは…
全く考へてゐないだらう むしろ
悪党天下は 永遠に続くと思ひ込んでゐる
いやいや もう真っ赤な嘘月に
悪党支援する力無し さう考へたい
悪党も 嘘月隠れ 今までの
力失ひ 自滅へ進む

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色葉


   天地

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只ヽ文字 令和四年三月九日 午前八時五分 二百十八通
岩田修良 令和四年九月二十七日(火)十八時三十二分 二百十七通
昔の日の丸縁起物 
持てば徳
持たねば徳来ぬ
縁起物
持てば持つほど
福々長者

こんな戯れ言を詠んでみた
問題は「持てば持つほど」
ここは 真相とは異なる様に思へるが
今は これで良しとして置きたい
これを上回る真相認識が生まれたら
その認識に改めたい

わが国の
昔の日の丸
手にすると
昔の国が
恋しく思ほゆ

これは 昔の日の丸シールを
車に貼ったり 水筒に貼ったり
冷蔵庫に貼ったり 自転車に貼ったりすると
 なんとなしに 昔は こんな国旗だったのかなぁ と思へて来る そんな気持ちの歌

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色葉


   天地

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只ヽ文字 令和四年三月九日 午前八時五分 二百十七通
岩田修良 令和四年九月二十七日(火)十時五十分 二百十六通
昔の日の丸縁起物
何と名づけるか?
 清明心 …古い
 青天白日…古い
 天地之詞…古い
なかなかいい名前が見つかりませんでした
しかし 本日 HPを書いてゐると…
スッと「昔の日の丸縁起物」
これだ! と思ひました
令和四年九月二十七日
 真っ赤な嘘月とのお別れの日
そして 新たに登場した日の丸こそ
 昔の日の丸縁起物
令和四年九月二十七日
 嘘月から 嘘月さらす白日現る
 その名は「昔の日の丸縁起物」
今後の展開
 昔の日の丸縁起物が世に弘まる
 弘まれば弘まるほど
 今までの真っ赤な嘘が浮き彫りとなる
 それは現代に留まることはない
 細菌兵器全容しかり
 満州分捕り しかり
 朝鮮分捕り しかり
 異心革命政府の暴政しかり
 本日 真っ赤な嘘月が 昔の日の丸縁起物へと移行するめでたい日となった 

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色葉


   天地

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只ヽ文字 令和四年三月九日 午前八時五分 二百十六通
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