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ナットクできない!








− 前篇 −



 朝から風が強かった。


 窓に映る雲の流れは早送りムービーのようで、見ていて飽きない。


 そんな日の昼休み。


 僕は教室で、友達と弁当を食べていた。

 ウチの学校は食堂が狭く、いつも大混雑。だから落ち着いて食べたい生徒は、僕のように弁当を持参する。学食で買うとしたら、自販機の緑茶かコーヒーくらい。

 放送部の流す軽音楽を聞き流しながら昼食をパクつき、テレビやネットの話題でテキトーに時間を潰す。

 今日の五限目は現国だ。昼寝タイムが約束されてるような授業だから、みんなもリラックスして・・・つまり際限なくだらけて・・・・昼を過ごしてる。

 今日の弁当は全体に黄色っぽかった。カボチャと玉子焼きとイエロー・プチトマトのせいだ。

 母上様、相変わらず何も考えてないメニューですネ。

 とはいえ食べさせて貰う身でワガママは言えない(言わせてもらえない)。

 気を取り直して、大きめのカボチャの煮物を口に入れる。


「・・・・・・・・・・・」


 何だかカボチャらしくない噛み心地がした。フカフカというか、スカスカというか・・・

 それに旨みも足りない気がする。

 なるほど。母さんが「今日のカボチャは外れねえ」と言ってた理由がわかった。

 ・・・・もったいないから食べるけどさ。

 僕の対面で弁当を突っついてたマサ・・・片岡将司(かたおか まさし)が、食べ物を呑み込んで、ぽつりと言った。


「ユウ。そのカボチャ、酸っぱいとか?」


「え?」


「ビミョーな顔してるぞ、お前」


「あ、いや・・・・別にー」


 酸っぱくないけど、ビミョーだ。

 不味いって一言で言い切れない味は、表現が難しい。これは・・・「気が抜けた」っていうのかな? ホント、微妙。

 マサに四苦八苦しながらカボチャの味を伝えていると、スピーカーから垂れ流されてる軽音楽に、高めの電子音が割り込んだ。

 軽音楽の音量が絞られ、澄んだ声が上乗せされる。


『学生のお呼び出しを申し上げます。学生のお呼び出しを申し上げます』


 放送部女子アナウンサーが定型文を読み上げた。

 何となく会話を中断する僕たち。


『生徒会室で惣右衛門(そうえもん)会長がー・・・あの、ちょっとー? ・・・・コレ・・・本当に言うんですかぁ?』


 アナウンサーの声が一オクターブ下がった。マイクから離れて何やら小声で話し始める。


「なんだ?」


「さあ」


 一人また一人と、クラスのみんなが放送に注目しだした。会話や食事を止め、興味深そうにスピーカーを見る。


「てゆーか、惣右衛門会長って言った?」


「言ってた」


「ふうん」


 惣右衛門会長・・・・”惣右衛門 あきら”さんは三年生で、ウチの高校の生徒会長だ。

 あ、勘違いされやすいんだけど、「惣右衛門」が姓で「あきら」が名前ね。

 その会長さん、成績優秀で運動神経もバツグン。仰々しい名字に負けない才能の持ち主だ。

 果断でありながら細かな気配りのできる性格は、リーダーとして非の打ち所がない。裏表のない言動に、凛々しい風貌ときりっとした雰囲気で、男女を問わず人気がある。

 地元の名家出身であり、学校だけでなく地域の有名人だった。

 ちなみに遺伝子XX(ダブルエックス)のれっきとした女性です、はい。


『ふぅ・・・・わかりました。でもいいですかぁ? 後でクレーム来てもアタシは知りませんからねーっ?』


 どうやら話がついたようだ。

 ふと周囲を見ると、教室がしんと静まっていた。いや、教室だけじゃなく廊下も。

 みんなの注目を集めてると知ってか知らずか、アナウンサーの女の子はわざとしらく空咳をした。


『オホン、失礼しました。えー、生徒会室で惣右衛門会長がお待ちです』


 どこか白昼夢のような静寂の中を、耳通りの良い声が広がっていく。


『二年D組、仁科 裕(にしな ゆう)くん。二年D組、仁科 裕くん。


 右の生徒は速やかに出頭して−』


 一拍おいて、アナウンサーは爆弾を投下した。


『生徒会長へ愛の告白をしてください!

 以上!!』


 最後をヤケになった口調で言い切ると、ブチッと耳障りな音がして放送が途絶えた。


 そして−









 静寂が訪れた。


 教室に。


 屋上に。


 体育館に。


 校庭に。


 ・・・・生徒たちへ舞い降りた、重い静けさ。


 悪い夢のような。






 やがて。


 沈黙の大地にひびが入った。


 亀裂は次第に地割れとなり、あちこちから呟きが沸き出でる。


 それは間欠泉のように生徒の口から吹き出して、すぐに窓を震わせるほどの地響きとなった。




「「「「ええええええええええええ!!??」」」」




 怒号と絶叫と興奮の大噴火のさ中。





 僕こと仁科 裕は−



 椅子から転げ落ちていた。











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