――避けろ。決して拳で弾こうとするな。

 四方から迫る弾幕を一瞥すると、ランサーは忌々しげにそう言った。
 唐突な戦闘再開に、バゼットはテンションを張り直し、ランサーの忠告に反射的に従った。
(弾速が遅い。隙間も多い……!)
 ステップワークに集中し、うねるように迫る魔弾群の隙間とタイミングを見切る。
 鮮やかな光弾を横目に、紙一重で避ける――瞬間、背筋にぞわりと嫌な感覚。
 第一波をやり過ごすと、一拍の間を置いて再び四方八方から迫ってくる魔弾群へと相対した。
「っ、ランサー!」
 混乱し、焦りそうになる思考を冷却。回避に専念しつつもバゼットはランサーに情報を求めた。
 ランサーは魔弾を一目見ただけでその危険性を看破したのだ。敵に心当たりがあるに違いない。
 そう考えたバゼットが弾幕の谷間にランサーに視線を送ると、ランサーは実に憮然として言った。
「不肖の、我が妹だよ」
 妹? と言葉ぶりとは裏腹の酷く親密な関係にバゼットは戸惑うが、余計な思考を挟むだけの余裕は決してない。必要な事だけを聴いていく。
 フランドール・スカーレット。悪魔の妹。
 ありとあらゆるものを破壊する程度の能力を持つ、吸血鬼にして魔法少女。
 推測される該当クラスは七騎全て。
 特にバーサーカー適性が高い、が、この場合、その可能性は低い。
「何故?」
「今のところ理性をトばした様子がない」
 そして気配が掴めない。だからキャスターかアサシン。感触では特に後者の可能性が高い。
 空を飛びバゼットよりも回避に余裕のあるランサーは、魔力を霧のように広げて周囲に探りを入れて、その感触に確証を得た。
「相手はアサシンだ。居るくせに、見つからない」
 奴はこの場に居る。気配はある。だがその姿はない。
「……性質が悪い」
 素直にバーサーカーにでもなっていればいいものを、とランサーは毒づいた。
 隠れ鬼のスペルは気配遮断と合わさり、二人はアサシンを全く捕捉できない。
 攻撃が始まって既に四十秒。激しくなっていく攻撃が止む様子はない。
 終わらない弾幕に苛立ちを堪えながら、バゼットは状況を打破すべく思考を巡らせる。
 一度、バゼットはランサーに断ってから、躱した後の魔力弾を魔術で固めた拳で軽く叩いた。
「――本当に、性質が悪い」
 憮然としてぼやき、バゼットは左手の革手袋を外し、胸ポケットから予備を取り出した。
 たった一発、魔弾の尻尾を追うように叩いただけで、加護のルーンを刻んだ革手袋が使い物にならなくなったのだ。
(しかし、なるほど)
 魔力弾を殴った感触としては、その特性はともかく、魔術としてのランクはそう高くないし、魔力の密度もそこそこといった程度。
 キャスターではなさそうだ、とバゼットも確信した。
 しかし逆に疑問も生じている。マスター殺しを主眼に置くアサシンなら、この包囲攻撃は回りくどい。
「遊んでいるんだろう」
 とランサーは言い、また、アサシンが持つ一撃必殺の能力は、
「使えない事情でもあるんだろう。回数制限とか」
 という言葉を、あながち間違っていないとバゼットは判断した。
 あまりに無茶な能力はサーヴァントの枠内に収まるように調整される。
 ランサーがそうであるように、アサシンもまたそうなのだ。
 属性、概念としての破壊は、明らかにサーヴァントの枠を超えている。いやその枠すら壊しかねないといったほうが適切だ。
 ただでさえアサシンのクラスは召喚されるはずのサーヴァントが決まっている。
 一体、いくつのイレギュラーが重なっているのか。既にサーヴァントという枠から外れかけている、と考えた方がいいのかもしれない。
(……自滅するか? それとも?)
 アサシンはランサーの妹であり、能力こそ違えど存在は同種。
 ランサーはバゼットのサーヴァント。アサシンが同種だというのなら、その酸いも甘いもわかっている。
 ランサーには吸血鬼としての長所がある。真祖や死徒とは違う、妖怪、悪魔としての吸血鬼。
 元々が人間ではない存在故に、並の英霊以上に肉体に依存せず、サーヴァントに匹敵するスペックと、並外れた耐久力。
 便宜上、技能としてカテゴライズされている吸血鬼というスキルは、怪力や自己改造といった魔物や、あれば正純な英雄から遠ざかるスキルを内包し、そして、日光、流水、果てはニンニクなどの伝承通りの弱点を備えている。
 だが、実際にマスターでなければわからない欠点がある。
(サーヴァントとなった吸血鬼は、致命的に――燃費が悪い)
 パスを通じた魔力供給の効率が、著しく悪い。
 技術や使い方の問題ではなく、バゼットが魔力を送っても、ランサーが即運用できるのは二割か、良くて三割程度。
 種族の違いか、エネルギーの質の違いか。魔力を変換する工程が、召喚時に生まれたパスには組み込まれており、唯一、吸血によってのみ、効率的に魔力供給が行えた。
 しかしその手段も、ランサーは小食、アサシンは吸血行為に不慣れ、ということで字面ほど容易いものではないのだ。
 ゴーストライナーとして容量も出力も申し分ない反面、一度使うと補うのに手間が掛かる。
 バゼットは吸血鬼のサーヴァントに対し、そう結論づけている。
(こちらは連戦。だが、アサシンの魔力消費もそう少なくないはず)
 仮にスペックを同等だとすると、既に魔力消費量はアサシンの方が大きい。
 ランサー曰く、妹は手加減が下手だということであるし、ランサーより極端に節約上手ではないだろう。
 このまま持久戦が続けば相手は自滅する。その可能性は有り得る。
「…………いや、違う」
 要素を繋ぎ合わせたその仮説を、バゼットの感覚が否定した。
 それは願望だ。有り得る最も無難な可能性を望む、楽観的な心の動き、それは一つの要素を無視していた。
(――相手のマスターの存在)
 聖杯戦争に於いて、この要素を決して無視してはいけない。
 バゼットの無意識下の考慮が、有意識上に浮上する。
 もし相手マスターが無類のスペック、あるいは先の対戦者である遠坂凛と同等の魔術師ならば、今この戦いは両者にとって消耗戦ではない。一方的な牽制であり、均衡状態。
 魔力の運用効率が悪くとも、豊潤に魔力を持っていれば無茶が利く。魔力の蛇口を壊すように魔術回路を酷使することになるが、無理ではない。
 そしてクラス補正も無視できない不確定要素で、そもそもランサーとアサシンの魔力効率が同等という保証もない。
(状況はプラスとマイナスがイコール。――そう考えた方が賢明だ)
 思考がループする。確認を終えた現状にバゼットは密かに、冷ややかに落胆する。

 ――――私では、現状を崩せない。





 東方Fate(仮)






 そうして、百二十秒もの時間が過ぎた。
(よく保っている)
 宙を浮かびつつ、いつもの感覚で弾幕を避けるランサーは、自らのマスターをそう評した。
 四十秒と耐えられない、いや、堪えられないと思っていた。
 宝具級のスペルではない、純度もそこそこといったこの包囲攻撃。
(……『クランベリートラップ』、『カゴメカゴメ』を混ぜて、実戦向けに再構成してあるけど、やはり『そして誰もいなくなるか』と考えるのが妥当かな。……時間無制限の耐久弾幕とは趣味が悪すぎる)
 いつバゼットが被弾しても良いように、既に強制解除(ディゾルブ)の準備はできていた。
 如何せん殺す気の弾幕なので正しく強制解除として魔力を喰うことになるが、ランサーとバゼットの二人では強引にスペルを破るしか手は無い。
(私がランサーじゃなければな……)
 制限された運命操作では、アサシンのスキルを越えられない。
 先手を取られたのがつくづく痛い。
 相手の存在を認めてからならば宝具で貫けたものを。
「…………」
 ないものねだりは仕様がない、と表には出さないが、ランサーは自分本位の吸血鬼。妹の手の平なぞ腹立たしいことこの上ない。
 しかし、耐える。バゼットが耐えているから。
(やれやれ)
 指示さえあれば、思いっきり魔力を放出して広域攻撃を仕掛けるつもりだ。
 それでアサシンのスペルを塗り潰す。姿を消しているだけならばダメージも通るし、そうでなくても燻し出す効果ぐらい付与できる。
 バゼットだって、これしか能動的な手段はないと気付いているはずだ。
(何を遠慮してるんだか……)
 確かにバゼットの技量なら、弾幕ごっこに初見で対応するのも難しくない。
 だが、このペースで長丁場に持ち込んでも真っ先に辛くなるのは人の身に過ぎないバゼットだ。
 それも彼女はわかっているのだろう。でもまだ大丈夫だから、と決断を先送りにしている。

 他者に頼ることを良しとしない、それは強さでもあり弱さでもある。

(……私にも責任があるかね。主従の触れ合いとやらも大事だったか)
 聖杯戦争が始まるまでの数日間、ランサーとバゼットはほとんど時を共にしていない。
 バゼットは昼に動き、ランサーは夜に動いていた。
 バゼットが拠点に戻り休息するまで、ランサーが覚醒し食後に外出するまで。
 二人の活動時間が重なるのは宵の口ぐらいで、それもランサーの補給――吸血による食事の時間だけだった。
 その僅かな時間ではランサーがマスターに抱く気持ち――好意など、想像すら出来まい。
 むしろバゼットにはランサーから認められたいという気持ちが強すぎる。
 これも悪魔の誘惑か。我侭かつ倣岸なランサーにはそれを裏打ちするだけの力があり、自らを弱い人間だと認めるバゼットはランサーのカリスマに惹かれていた。
(悪いモノに惹かれるタイプか。……だからこそ、私が手を尽くしたはずなんだけど)
 制限された、あるいは再現できなかった運命を操る程度の能力では、ただでさえ不確定な運命を律し、望む結果を導き出すことは難しい。
 運命を道に例えると、運命律が完全に発揮された状態は土木工事であり、そして今は一歩一歩踏み固める程度しかできない。
 そして既に在る運命を変えようとするならば、小石を置いたり窪みを作ってその道を行く者が方向を曲げてくれることを祈るしかない。
 その、酷くもどかしい作業をランサーは夜な夜な行っていた。

 大筋とは違う、脇道に過ぎない、これから数日の付き合いにしかならないであろうマスターの運命を、最悪のものにしないために。

 ……それも、果たしてどれほどの意味があったのか、とランサーは嘆息する。
 それらとは別に、ランサーは自身の都合以外に突き動かされていたのだ。
 運命を操る程度の能力を持つ故に、ランサー=レミリア・スカーレットは、このおかしな聖杯戦争の絡繰りの一端に触れて――担っていた。

 ――この聖杯戦争にはシナリオがある。

 召喚された時に、それを既に識っていた。
 正史と呼べるモノ、そして、今回の異常のモノ。
 正史の中で、印象深い結末は五つ。それらに至る細かな違いはあれど、大半がその五つに収束し、また多くが世界の危機を迎え、それ以外の可能性は1%ほど残されていた。
 だがその中に幻想郷の面々が、少なくとも、このような形で聖杯戦争に参加するなど――何兆分の一の確率ですらありえない。
 つまり、黒幕が居るのだ。この異常には。
(いや、そんなことが出来る奴、幻想郷広しとは言え……)
 ……どういうつもりか知らないが、この聖杯戦争を“穏便に”進めたがっている奴が居る。
 そいつはランサーに役を与えたのだ。聖杯戦争が明確に始まる切っ掛けを正史通りに演出するために。
 気に食わない、と思いつつも、ランサーは己がマスターのために歯車とならざるを得なかった。
 シナリオに乗ることの報酬は不明だが、令呪めいた強制(ペナルティ)が働くと直感したし、その流れの中でもマスターを守ることは出来た。
(少なくとも、今夜までは、ね)
 そうして聖杯戦争が始まると同時に、ランサーに付き纏っていた強制力は消えていた。
 ここからは自由にやっていい、と。
 だが、運命を操る力は限らせてもらう、と。
 始まってしまえば、最初からおかしな事態だ。
 他の結末を迎える運命など、役に立たない。
 ランサーは一サーヴァントとして、戦うしかない。
「…………いや、それには文句無いけどさ」
 ――さて、そろそろ、マスターに助言してやるべきだろうか、とランサーは思考を切り替えた。
 スペル開始から二百四十秒。弾幕の激しさが狂気染みてきている。
 弾幕慣れしているランサーでも、余計な思考を挟む余裕が無くなってきた。地を踏むバゼットは言わずもがな。
 ランサーが視線を送ると、バゼットは息を切らし汗を流しながら、それでも魔弾を掻い潜っていた。
(そのまま幻想郷に放り込んでも、生きていけそうだな)
 と、ランサーは苦笑した。
 賞賛に、あるいは嘲笑に値する忍耐。
 それももう限界だ。既にバゼットは意地だけで耐えている。
 ここまで来ると、ミスするのは時間の問題で、呼吸や心拍、瞬き、あるいは足元の小石、そんな些細な要因で、この状況は詰む。
「潮時だよ、バゼット」
 彼女を知る者が聞けば驚くほど慈愛を含んだ声で、ランサーはバゼットに呼び掛けた。
 バゼットの反応は無い。その余裕が無い。
 ただがむしゃらに弾幕を避け続ける、その眼はまだ死んでいない。
(ああ、もう)
 その愚直さに笑い出したくなる気持ちを堪えて、
「いいか、バゼット――」
 ランサーは溜めていた魔力のトリガーに指を掛ける。

「――――マスターはサーヴァントを使うモノだ」

 勝ち目の無い戦いで足止めを命じられようと、サーヴァントは理不尽と思わない。
 それが信頼から来るものなら、サーヴァントは喜んで従おう。

 ――私はオマエを信じている。
 だから、オマエも私を信じろ――

 嵐のような破壊の魔力、その間隙。
 万感の想いを込めて、ランサーは告げ――










『――――咲 夜 の 世 界プライベート スクウェア



 そして、世界が一変した。






 世界が塗りかえられる。
 紅色の闇が、時の止まるセピアへ。
 現実が侵食されていく。
 弾幕を飲み込み、秒針が止まる音を幻視する。

「な――――!?」
 バゼットは突然の変化に驚愕する。
 事態が掴めないながらも、直接の脅威が消え脚を止めた。
 直前に響いた声はスペル宣言、宝具の真名だ。
 そして絶え間無く迫ってきた魔弾群が、眼の錯覚かと思わせるほど唐突に静止し、消失した。
 バゼットに助かったという実感は無い。
 何が起きたのかという困惑しかなかった。
「――――――」
 一方のランサーは、呆然とこの現実を理解した。
 もし、この時点での勝者を挙げるならば、それはバゼットだ。
 バゼットの意地は、無駄なんかじゃなかった。
 時間こそが、状況を変える鍵だった。
「ランサー、これは!?」
 色調を無くした世界で、事態を掴めないバゼットが焦りを含んで訊ねる。
 なにがしかのサーヴァントであろうことはわかる。
 しかし敵ではないのか。何故、私たちを助けるのか。
 ――バゼットも直感的に、この世界が純粋にランサーたちを助けるために構築されたことを理解していた。
「クッ……」
 ランサーから笑みが漏れる。
 そんなこと、分かりきっている。



 主人マスター従者サーヴァントを使うように、
 従者サーヴァント主人マスターを助けるのだ。



「――お待たせしました、お嬢様マスター
 瞬きの間に現れた銀髪の少女。
 誰、と疑問に思うことはない。
 何故、と問う必要もない。
 運命の紅い糸で結ばれた主従は、たとえ世界が変わろうとその絆を守る。
「いや、助かったよ。咲夜アーチャー
 尊大に、当たり前のようにランサーは言い、呼ばれたサーヴァントは頷き、そしてやはり当たり前のように二人の傍らに立った。





「さて、」
 とランサーは視線を転じる。
「――ここからが本番だ」
 ランサーとアーチャーが視線を向ける先。
 アーチャーの世界に飲まれたアサシンが、その姿を現させられていた。
「……………………」
 金髪に、歪な形の、宝石のような翼。
 感じるのは圧倒的な不気味さと不吉さ。
「――――――――」
 バゼットは息を飲んだ。
 あれは、良くないモノだ。それも段違いの。
 見るだけで、在るだけで、全てが崩れ落ちて壊れてしまう。
 居てはいけない。在ってはいけない。
 彼女に比べれば、ランサーは真っ当なサーヴァントだったのだと、今更のように痛感した。
「…………っ」
 拳を握り締め、震えを抑えた。
 まだ、距離もあり、アサシンの表情が見えないのが幸いだった。
 舞台に引っ張り出されたアサシンは胸を抱き俯いたまま、その顔は窺えない。
「……………………」
 そのアサシンの翼が、揺れる。
 微かに、少しずつ、震えが大きくなる。
「――――――――」
 くすくす、と泣き声のように小さな笑い声が、不吉な響きを耳に届けた。
 三人は警戒を強める。いつでも、動き出せるように。
 アサシンの笑いは大きくなり、ふるふるとした翼の揺れは、がたがたとした肩の震えとなって、彼女の危うさを助長する。

 ――――弾ける。

 そう直感する。張り詰めている何かが、もうすぐ。
 アサシン=フランドール・スカーレット。
 最凶のサーヴァントが、その本性を剥き出しにする――――



 アーチャー、ランサー、バゼットの三者で交わされた一瞬の目配せ。
 それ以上の時間は残されていなかったし、それ以上は必要でもなかった。

 アーチャーは迷わなかった。
 死地に至ると既に多くの覚悟を決めていた彼女に心を乱す要素など無い。
 ランサーは迷わない。
 蝶が羽ばたく単位で予想と願望を切り替えられる運命の悪魔は全ての布石を揃えた。
 バゼットは迷いを押し殺した。
 この場に居る唯一の人として力不足を感じながらも、先ほどのランサーの言葉を力に変えて。

 三者三様の心境でありながら、彼らは忠実にそれぞれの役目を果たした。
 足し算のように役者は揃い、引き算のように幕を閉じる。
 静止した世界に於いて尚、須臾。
 決着は、あっけないほどに。





「あははははははははははははははははははははははははははははははは――――!!!!」
 狂笑と共にバネ仕掛けめいた動きでアサシンの腕が跳ね上がり、閃光が放たれた。
 容赦など欠片も無い破壊の輝きが、音速で視界を埋める。
 回避不能――そうバゼットの頭脳が弾き出す、と同時にアーチャーの手が彼女の肩に触れ、

 ――光を、置き去りにした。

 唐突に座標がずれる。目前に迫った閃光は瞬く間も無く消え、アサシンの背後に回っていた。嘘か幻か、魔弾に晒される自身の姿すら幻視するほどに。
 それに戸惑いの声を挙げる間は無く、ランサーが――スカーレットシュート――これまでのお返しとばかりに魔弾を放った。
 弾幕を放った直後だ。背を見せていたアサシンに避ける術は無い。しかし間一髪事態に気づいたアサシンは咄嗟に翼を輝かせた。
 放たれた紅色の魔弾と、翼に込められた魔力が虹色の輝きとなって鬩ぎ合いスパークする。
 破壊の力は攻撃のみならず防御に於いてもその力を発揮する。対魔力を持たないアサシンは自身の魔力で強引に魔弾を相殺し、そして振り向きざまに再び魔弾を放った。
 充分な速度、致命的な破壊力を乗せた魔力弾。
 しかし、アーチャーの力をそれを凌駕する。宝具として昇華された、時を操る力。
「――――」
 束の間、バゼットは目にした。自己領域内に取り込むためにランサーとバゼットに触れているアーチャーの手が、薄く透けていることを。
 魔力不足だとしかバゼットには判らない。正規のマスターを失ったアーチャーは魔力提供を受けていない。その状態での宝具の使用、真名解放は既に取り返しの付かないレベルで彼女の魔力を削っている。
 だが彼女は厭わない。身を削ぐことこそが使命だと平静な態度を保ったままひたすらにランサーとバゼットをアサシンの破壊から守り、時を跳ぶ。
 ランサーはアーチャーの恩恵を受け、常に奇襲を仕掛けているようなものだ。だが決定打には欠けていた。アーチャーやキャスターのクラスであればこのような射撃戦でも充分な純度の攻撃を加えることが出来たであろうが、アサシンに通じるランサーとしての攻撃オプションは唯一つ。その必中必殺の威力を秘める槍は若干の溜めを要し、アーチャーの時空操作を以ってしてもアサシンの魔力を貫き、その核を潰すには僅かに足りない。
 一息。たった一息の間隙があれば事足りる。そして、その隙は――
「さぁぁぁぁああああああぁぁぁくやぁぁぁぁぁあああああ!!!!」
 理性をトばしたアサシンが自ら作り出した。
 空振りを続ける戦況に一度下がった沸点は容易にアサシンの理性を消し飛ばす。
(――――来る!)
 三人は飛びずさり分かれた。ただ目の前の障害を排除しようとするアサシンが錬り込まれる魔力は渦を成し、明確な形を――いや、概念を持とうとしていた。
 もはや狙いは明白。アーチャーは囮にならんとアサシンの正面に構え、それを見てアサシンは哂い、その手がアーチャーに向けられた。手に溜められた魔力は世界を軋ませながら、撃鉄が落ちるのを待っている。後はその概念に力を与え、真価を発揮する言の葉を以って、引き金を引けばいい。
 そして、この攻撃は躱せない、とアーチャーが直感すると同時に、



「――Over Cスターボウブレイク



 時間すらも貫く宝具はかいが、咲夜アーチャー世界ほうぐを粉砕した――――




 音無き音が世界に響いた。
 アサシンの宝具がアーチャーの宝具を破ったというその結果だけしかその瞬間には表れなかった。
 確実に何らかのスペル――それが真名を乗せた宝具であることは間違いない――を放ち、アーチャーの世界を破壊した。
 致命的な一撃。内界から崩壊するアーチャーは声一つ上げることなく潔く、残る二人に後を託して消滅した。

 ――バゼット!

 声無き呼びかけがバゼットに届く。パスを通した思念通話。
 身構えるバゼットの眼には虚空から零れ落ちてくる虹色の弾幕。異次元を貫いた破壊の余波が現れた。
「…………っ!」
 バゼットは反射的に下がろうとする身体を抑え込んだ。彼女は降り落ちて来る魔弾を見切り最低限の動きで回避しようとし、ランサーは――従者が作った好機を決して逃がさなかった。
 宝具を放った直後、蓄えた魔力が減少しているアサシン。
 その隙を逃がすまいと、ランサーは身に溜めた魔力を一筋の光へ集約する。
 紅い悪魔は運命を捉え――既に当たると定まった――槍を放つ。



「――――運命貫く紅魔の閃槍スピア・ザ・グングニル



 中空を彩る虹色を、紅色の閃光が貫き、
「――――ッ!!」
 アサシンの胸に大穴を空けた。だが――
「AAAAAAAAAAAaaaaaaaaaaaaa――――!!!!」
 絶叫を上げ、アサシンはその手に持つ杖を振り上げ、



 ――害為す魔杖レーヴァテイン――



 禁忌の真名を宣言した。

 ――ビキリ、と世界にヒビが入る。



 巨大な炎剣が闇を焼き尽くし、空間すら壊しながら、ランサーへ迫る。
「――――ちっ!」
 数瞬前とは逆の立場だ。宝具を放った直後への反撃。
 そうだとしても早すぎる。限界突破したアサシンは霊核を一つ潰されたことを無視し、さらには居るはずであるマスターすら意識の外に置いた行動は、確実にアサシン自身の存在を崩壊へと傾けていく。
「ぐっ――――!」
 辛うじて受け止めようとした左手を、破壊の炎が焼き尽くしていく。
 残った魔力を総動員して防御するが、炎剣はそんな抵抗を嘲笑うかのようにランサーの半身を焦がしていき、その破壊は心臓――二つ備え付けられた霊核の一つへ迫る。



後より出でて先に断つものアンサラー――――」



 バゼットの詠唱の声。アーチャーが拾い、残していったバゼット必殺の神秘ほうぐ
 魔力が込められ術式が稼動し始め、帯電する鉛色の球はその形を短剣へと変える。
 遥か昔から受け継がれてきた現在に残る宝具の現物。後より出でて先に断つもの。
 時間を逆行し運命を覆す、相手の切り札に対する究極の迎撃礼装。
「――首を狙え!」
 ランサーの声に、バゼットが応え、

「――――斬り抉る戦神の剣フラガラック!!」

 一閃が、アサシンの首を貫いた。





 そして、バゼットは愕然と表情を変えた。
「―――――!?」
 止まらない。運命を覆す力が発動しない。
 最後の一欠けらの力がランサーの心臓へ至る。
 消える霊核。止まらない炎剣。運命すら破壊するアサシンの力。
「やれやれ。――とんだ妹だよオマエは」
 ランサーは左半身を焼き尽くす炎に、右手を当てた。
 ――それがどんな意味を持ったのか。
 捻じ曲がろうとし、そして砕け散ろうとした運命の乱す呪いは、辛うじて踏みとどまった。







 そうして、公園の荒地にはバゼットとランサーの二人が残された。
 アサシンはフラガラックと“引き分け”、二つの核を潰されたことで消滅した。
 無傷なのはバゼットだけだ。ランサーは魔力をほとんど使いきり、左腕から半身を焼失してしまっている。心臓に当たる霊核まで潰され、並のサーヴァントなら消滅してもおかしくない消耗だ。
 魔力供給によって回復するにしても、この聖杯戦争中に全快することは望めない。
 ランサーは、まあいい、と納得することにした。おそらく一番厄介な相手を倒せたのだから、と。
 一方のバゼットも無傷とはいえ疲労が大きい。長時間にわたる緊張状態から開放され、大きく息をついた。
 呼吸を整えるまで数秒。ふと、宝具の使用によって焼け焦げた右手の手袋に気づいて、取り替えた。
 今夜はもう戻りましょう、そう告げて、ランサーは快諾。
「しばらくは戦え――――」
 戦えない。しばらくは回復しよう、とランサーが答えようとして、

 ――二人は現れた気配に再び集中の糸を張り巡らした。

「サーヴァント!?」
 無傷であることで矢面に立つバゼットに、ランサーも異を唱えない。
 だが、ランサーはその相手に気づくと、はっ、として、



「――――駄目だ、バゼット!!」



 ――手遅れだということに気づきながら、ランサーは欠乏する魔力を削り、バゼットを残った右腕で抱えると、なりふり構わず公園を飛び去り逃げた。





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